前日譚1
男はマフィアだった
といっても裏世界に入ってから三年目の新入り、しかし今一番脂の乗った時期の若者だった
ある日先輩に賭けを申し込まれた
ある人物のいる部屋で三時間過ごせたら美味いものを食わしてやるというものだった
どうやらこれはいわゆる洗礼というものらしくこれができたものは出世するというジンクスもあるらしい
男はすぐさま快諾した
もとより断る選択肢などなかったが出世欲に塗れた男にとってもこれはチャンスだった
そして部屋に入る
先輩に「楽勝ですよ」と自信満々に言い放って入った
男が部屋に入るとまず迎えたのが一呼吸で肺の中を血一色に染めるほどの濃厚な血液の匂いだった
次に目に入ったのが拘束された子供のエルフだった
(これが…ブラッティローズ……?)
男が扉を後ろ手で、音が出ないようにゆっくりと閉めるとエルフの耳がピクリと動いた
足首は後ろの壁に繋がった鎖で繋がれていて、手は後ろで括られている
包帯で目をぐるぐるに巻かれており視界、四肢の自由を奪われているエルフ
一応体が清潔に保たれているが髪は無造作に伸びているエルフ
腕にチューブが刺されていて血が抜かれているエルフ
けれどそんな姿でも美しく感じてしまうエルフ
男の所属しているマフィアは薬、誘拐、売春など幅広く商売の手を広げておりその商売道具の一つがこのブラッティローズと呼ばれている王族に連なる血筋のエルフの少年だ
魔力を多く含んだエルフの血液は魔術の大半が失われた現代においても多岐に渡り使用される、ポピュラーなもので言えば薬に混ぜて中毒性を上げる、そのまま摂取して寿命を伸ばすなどといったものだ
当然ただのエルフの血液ではダメだ、魔力総量の多い、高貴な血筋のものほど効果が高い
そのためこのエルフの少年はマフィアにとってまさに金のなる木なのだった
(まだガキじゃねえか、しかしなんでこいつこんなに拘束されてんだ?目隠しなんてしなくて良いだろ、……しかし血の匂いがキツくて嫌だが三時間程度余裕だな)
男がマジマジと少年の顔を覗き込み、手を目の前で振ったりして反応を見る
そしてなぜこんな簡単なことが洗礼になっているのか不思議に思いながら床に座る
しかしそんな男の疑問はすぐに晴れることになった
ーーー
マサムネが時間通りに部屋に入るとすぐにいつもより賑わっていることに気づいた
「どういう状況だ?」
すぐ近くで賭けの胴元をやっているチンピラ上がりの後輩に状況を尋ねる
「マサムネさん、おはようございます!
今オキのやつが洗礼をやってるんですよ、今部屋に入ってから十五分ほど経っています」
マサムネはため息をつく
またか、と
とりあえず一服と言わんばかりにタバコをふかす
(結局いつもトラウマを植え付けてるだけじゃねぇかよ)
数ヶ月に一回のペースで行われるこの洗礼
といっても本当に名ばかりで先輩たちの賭博対象にされているだけなのだ
胴元の持った大きな丸時計の長針が五度音を刻んだ時、ちょうど扉が開いて中から口元を押さえた真っ青顔のオキが出てきた
七対三の怒声と歓声が響く、大金を賭けていたらしくガラスの割れる音もした
マサムネは床に座り込んで水を飲ましてもらっているオキの隣を通って部屋の中に入る
そしてオキがブラッティローズの拘束が解かれているないことに安心し、扉を閉めてから声をかける
「……あ、マサムネか」
「さっきのやつ汗だくで今にも倒れそうだったぞ?何を言ったんだ?」
目隠し越しに見抜かれたことに驚きもせずに正面に座るマサムネ
そして鉄分とタンパク質だけを摂ることを考えられたスティクのようなものを取り出す
ちなみに持ってきたマサムネでも何が原材料なのかわからない
「態度が少しムカついたから年齢と家族構成、出身地に今の家族の住んでる街を当てただけだよ」
「そりゃ怖い、俺の未来も当てて欲しいくらいだ」
「マサムネが未来を知ってるなら可能だけど」
軽口を交わしながらスティックを口に突っ込むマサムネ
そして溜まった血液を取り出して新しい容器をセットしてからタバコに火をつける
「シャーレ、体調は?」
「ダメかも、手足が動かせないし目も見えない」
「問題なし、と」
口頭での確認に加えて一応だが脈や体温などを測る
何も問題がないことを確認してからその場に座り込む
「……君にはいろんなことを教えてもらったから教えてあげるけど明日か、それとも明後日か、はたまた今日かもしれないけどグラントファミリーは壊滅するよ、どさくさに紛れて僕は逃げるつもりだ」
「そうか、……何人死ぬ?」
「さぁ?けど僕も手段を選ぶつもりはないから、この建物にいる限り危ないと思うよ」
それを聞いて胸から写真を取り出すマサムネ
色のついた写真、まだ若いマサムネの隣に16歳くらいの女の子が一緒に写っている
不貞腐れたマサムネに少し照れて様子で袖を握っている女の子
それを大事そうに胸にしまって寂しげに笑う
「いつ死んだって文句は言えない。けど死んでやるつもりもあんまりない、だが不思議なことにそれを聞いてもここから出る気にはならない……なんでだろうな」
答えを求めてはいない、けれど問いかけるマサムネ
「そういう時もあるかもね、まぁ生きてたらいつか会えるから」
「いや、生きてても……いや気にするな」
そう言って立ち上がり扉に手をかけるマサムネ
その足音を聞いてシャーレも部屋から出て行こうとしているのを察する
「まぁ生きてたらまた会えるかもな」
そう残してマサムネは部屋から出た




