夜空の明かりと、儚い光
ドーンッ!
腹の底を直接揺さぶるような唐突な爆発音が、夜の河川敷に轟いた。
「ひゃっ!?」
「うおっ!?」
不意打ちの特大音に、僕と咲良は肩をビクッと跳ねさせて驚いた。
目を見開いて互いの間抜けな顔を見合わせた瞬間、どちらからともなく「ふふっ」「あはは!」と笑い声がこぼれ落ちる。
結局、花火の打ち上げが始まっても、拓海と莉奈さんが戻ってくることはなかった。
シュルルル……と甲高い音を立てて空へと昇っていく火球が、頂点に達した瞬間、夜のキャンバスを乱暴に引き裂くように弾け飛んだ。
ドンッ、パラパラパラ……という遅れて届く破裂音と共に、色鮮やかな光の華が視界いっぱいに咲き誇る。
ストロンチウムの燃えるような深紅、バリウムの鮮やかな緑、そして銅の涼しげな青緑。
高校の化学の授業で暗記させられた無機質な『炎色反応』が、夜空という巨大なキャンバスと火薬の魔法にかけられることで、これほどまでに人の心を打つ芸術になる。
論理や理屈では説明のつかない圧倒的な美しさが、そこにはあった。
しかし、その眩い輝きは、ほんの数秒で重力に引かれてしだれ柳のように垂れ下がり、最後はチカチカと瞬きながら夜闇に溶けるように完全に消え去ってしまう。
次々と打ち上がり、そして散っていく光の粒を見上げながら、僕はぼんやりと思考を巡らせていた。
美しいものは、いつも一瞬だ。
それはまるで、儚い人生のようであり、そして絶えず形を変えていく人間関係のようでもある。
ふと隣を見ると、夜空を見上げる咲良の横顔があった。
次々と打ち上がる花火の光が、彼女の白い肌を様々な色に染め上げていく。中でも、ひときわ大きな赤い花火が上がった瞬間、ストロンチウムの放つ強い光が彼女の深紅の浴衣と同化し、息を呑むほど妖艶な影を落とした。
綺麗にまとめられたうなじの白さと、そこに揺れるピンク色のガラス細工。
夜風に乗って漂ってくる、ほのかに甘い香り。
いつまでも、この咲良の隣にいたいと強く願う。
けれど、この先、本当にずっとこのままでいられるのだろうか。この花火のように、いつかふっと消えてしまう関係なんじゃないだろうか。
永遠に続くものなどないのだと、花火の儚さに当てられて、ひどく感傷的な不安が胸をよぎる。
「……綺麗だね」
空を見上げたまま、咲良がぽつりと呟いた。
その瞳の中には、色とりどりの花火の光が小さな星のように反射して煌めいている。
僕は、空の花火ではなく、彼女の横顔からどうしても目を離すことができなかった。
どんな化学反応よりも激しく、僕の胸の奥で火花を散らしているこの感情を、なんと呼べばいいのだろう。
「……ああ、綺麗だな」
花火に対して言ったのか、それとも彼女に向けて言ったのか。
自分でもよくわからないまま、僕は彼女の横顔を見つめ続けてそう返した。
言葉は少なくとも、二人で並んでこの特別な時間を共有しているという事実だけが、確かな熱を帯びて僕の胸に刻み込まれていった。
***
ついには、幾つもの花火が連続して打ち上がる最後のスターマインが夜空を埋め尽くし、割れんばかりの拍手と歓声の中で、今年の花火大会が幕を下ろした。
「終わっちゃったね……。二人とも、結局戻ってこなかったね」
「……どうだろうな。ちょっと連絡見てみるわ」
立ち上がり、浴衣の裾を払う咲良の横で、僕はポケットからスマホを取り出した。
画面には、二十分ほど前に拓海から届いていたLIMEの通知が表示されていた。
『悪ぃ、俺は適当にブラブラしながら帰るわ。お邪魔虫は退散しといてやるから、あとは残ったメンバーでゆっくり楽しんでくれ』
その文面を見た瞬間、僕は思わず天を仰いで苦笑した。
……やられた。
手がベタベタになったのも、きっと気を利かせて消えるための芝居だったのだ。
「あ、莉奈からLIME入ってた!」
隣でスマホを見ていた咲良が、少し残念そうな声を上げた。
「『ごめん! 急用が長引きそうだし、はぐれちゃったから今日はこのまま帰るね。春斗くんたちと楽しんで!』だって……」
なるほど。
拓海からのメッセージと、莉奈さんからのメッセージ。
二人が事前に口裏を合わせていたのかどうかはわからない。だが、それぞれが別々の口実を作り、結果的に僕たちの前から完全にフェードアウトしたのだ。僕たちがつい先ほど、蓮と結衣さんに対して仕掛けた鮮やかな手口と、全く同じように。
「せっかく最後まで四人で一緒に見られると思ったのに、残念だなぁ」
僕たちがまんまと陥れられたことなど微塵も気づいていない咲良は、スマホの画面を見つめながら寂しそうにぽつりと呟いた。
その無防備で純粋な横顔を見つめながら、僕はそっと息を吐き出す。
「そうだな。……でも、また来年、みんなで見ればいいさ」
そう言いながら、僕は心の中で、感謝の言葉を唱えていた。
(ありがとう、莉奈さん。……拓海もな)
火薬の匂いと熱気の残る夜風が吹き抜ける河川敷で、僕と咲良は、ほんの数ミリだけ距離を縮めて、駅へと向かう人の波にゆっくりと混ざっていった。




