4人の共犯者と、ラムネの泡沫
「おい、蓮からLIME来たぞ。『どこ行った、はぐれた』ってよ」
屋台の陰に隠れてから数分後、拓海がスマホの画面を見ながらニヤリと笑った。
僕のスマホにも、全く同じ内容のメッセージが届いている。
「どうする?」
「もちろん、未読無視一択でしょ。今頃二人でドギマギしてるはずなんだから、邪魔しちゃ野暮よ」
僕の問いに、莉奈さんが深緑の浴衣の袖で口元を隠しながら即答した。
満場一致の決定だ。僕たち四人はスマホをポケットにしまい、あいつらが自分たちの足で関係を修復してくれることを祈りつつ、踵を返した。
「俺たちも、そろそろ花火の鑑賞場所の確保に行くか。堤防沿いまで出れば、よく見えるはずだ」
僕の提案で、四人は河川敷の堤防を目指して歩き出した。
その道中、氷水の中でキンキンに冷やされた瓶が並ぶ屋台の前で、咲良がパッと目を輝かせた。
「あ、ラムネだ! 私、これ飲みたい!」
「おっ、いいな。屋台のメシばっかで喉渇いてたし、全員分買うか」
拓海がまとめて四本分のラムネを購入し、僕たちは堤防沿いの斜面に空いているスペースを見つけて腰を下ろした。蓮たちを残してきた場所からはかなり離れた、花火を見上げるには絶好のポイントだ。
「それじゃあ、作戦成功を祝して……って、あれ?」
咲良がラムネの瓶の蓋(玉押し)に体重をかけて押し込もうとしているが、ビー玉がびくともしない。
「これ、すっごい固い……」
「私もだめね。どうやったら開くのよこれ」
莉奈さんも、朝顔柄の浴衣を汚さないように気をつけながら眉をひそめている。
「ぐぬぬ……男の力を見せてやる……!」
隣では、拓海も顔を真っ赤にして親指で押し込んでいるが、なぜか苦戦しているようだ。
僕は自分のラムネの玉押しを手のひらの付け根に当て、少しだけコツを意識してグッと体重をかける。ポンッ、と小気味良い音がしてビー玉が落ち、シュワシュワと炭酸が湧き上がってきた。吹きこぼれる前に一口飲み、喉を潤す。
「おっ、一ノ瀬すげえ! どうやってやったんだよ」
「コツがあるんだよ。貸してみろ」
僕は咲良のラムネを受け取り、同じように手のひらの付け根でポンッと開けて渡してやる。
「わあ、ありがとう春斗くん!」
「ほら、莉奈さんも貸して」
続いて莉奈さんの分も開けてやり、「はい」と渡したちょうどその時だった。
「おっしゃ開いたァ!」
プシュァッ!!
拓海が力任せにビー玉を押し込んだ瞬間、勢い余ってラムネの炭酸が噴水のように吹き出した。
「うわっ!? ちょ、冷たっ! べたべたする!」
慌てて瓶に口をつける拓海だったが、時すでに遅し。ライトグレーの甚平の胸元と手に、しっかりと甘い炭酸の飛沫が飛び散っていた。
その情けない姿に、僕と咲良、そして莉奈さんの三人はお腹を抱えて爆笑した。
「あははは! 拓海くん、何やってるの!」
「あーあ、せっかくの甚平が台無しじゃない」
「うるせえ! お前ら笑ってねえでハンカチとか貸せよ!」
わちゃわちゃと騒ぎながらラムネを飲み干す。瓶の中でカランと鳴るビー玉の音が、夏の夜に涼しげに響いていた。
ラムネの空き瓶を持った拓海が、少し焦ったように立ち上がる。
「あー、手がベタベタして気持ち悪ぃから、向こうの水道で急いで洗ってくるわ。あと空き瓶も捨ててくる」
「おう、いってら」
「花火始まるまでにはダッシュで戻るから、お前らは絶対にそのスペース死守しとけよ!」
そう言い残し、拓海は堤防の斜面を登り、足早に暗がりの中へと消えていった。
「……トイレも水道も今頃は長蛇の列だろうに。あいつ、最初の何発か見逃すかもな」
「自業自得よね」
残された僕たち三人は、拓海の不器用さを笑いながら、河川敷を吹き抜ける夜風に当たっていた。
それから五分ほどが経過し、花火の打ち上げまで間もなくというアナウンスが周囲のスピーカーから流れ始めた時だった。
隣に座っていた莉奈さんの帯の間に挟んであったスマホが、ブーッと短い振動音を立てた。
「……あれ?」
画面を見た莉奈さんが、小さく眉をひそめて申し訳なさそうな顔を作った。
「ごめん、ちょっと急ぎの電話みたい。……ここじゃ周りがうるさくて聞こえないから、少し離れたところで出てくるわ」
「えっ、すぐ花火始まっちゃうよ?」
「なるべく早く戻るわよ。春斗くん、咲良のことよろしくね」
咲良が心配そうに声をかけるが、莉奈さんはスマホを耳に当てながら、足早に人混みの薄い方向へと小走りで去っていった。
「……行っちゃったね」
「ああ……」
残された僕と咲良は、顔を見合わせた。
人が密集している河川敷の中で、僕たちが座っているスペースの周囲だけが、ぽっかりと切り取られたように静かだ。
隣には、深紅の浴衣を着た咲良が、膝を抱えるようにしてちょこんと座っている。
あいつらが「死守しろ」「咲良をよろしく」と言って急いで離席した以上、僕たちがここを離れるわけにはいかない。
拓海や莉奈さんが戻ってくるまでの、ほんの数分間。
たったそれだけの短い時間だと分かっているのに。
急に訪れた『偶然の』二人きりの空間に、さっきまでの賑やかさが嘘のように、気恥ずかしい沈黙が落ちた。
夏の夜風が、彼女のうなじからほのかに甘い香りを運んでくる。
見上げる夜空は、間もなく始まる特大の花火を待ちわびるように、深く、静かな藍色に染まっていた。




