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12/22

Case 12:Unstoppable Youth

 「今日だけは、かたき同士だね…」






 かつての…、いや、今でも「友」だと信じて疑わない友加里が、高校生音楽コンクールで、愛莉達のバンドと敵対することになる強豪グループ”フェミレイト”の一員として立ちはだかった。





 その突然の対峙に、当惑を隠せない愛莉、隆太、あきら。





 あきらは思わず友加里に詰め寄りこう言った。





 「おい!友加里!どういうことだよ!!俺達を裏切って、他所んバンドに加入するとかなんのつもりだよ!!俺達の友情って------」








 ------その会話を折るように愛莉が間に入った。








 「やめて、あきら…。きっと、友加里にも思うところがあってのことだと思うわ。だって、ずっと離れ離れだったし、友加里はガチで、作曲家目指してる…。人生の価値観とか違ったって、文句言える筋合いじゃないよ…。」





 「だ…だけどよりによって…!!」











 今にも泣きそうな友加里と、今にも彼女をぶっ叩きそうなあきら。





 その様子を見かねた、フェミレイトのリーダーであるユズキが、穏やかな口調と共に二人の会話に割り入った。








 「…その…、伺った様子からだと、友加里とあなた達は親友だったってことみたいね。そうなんでしょ?友加里?」





 「はい…。でも、、、あの…。。。」








 ユズキは、当惑のあまり何も話せないでいる友加里に代わり、彼女がなぜ、フェミレイトにいるのかを説明した。








 「…説明すれば長くなるんだけど…、元々”フェミレイト”は、学生だけど音楽と真剣に向き合いたいっていう意志を持った者同士が集まったチームなの。フェミレイトは私達が入学する前から存在するチームで、代々、メンバーが入れ替わったり、臨時の要員が入ったり。今の私達は、3代目にあたるのよ。つまり、フェミレイトっていうのは、その名前を冠する存在そのものだとも言えるわね。私達も最初は、私ユズキと、ナナコの二人だけ。それに、ユイカとナツが加わって、バンドもそれなりに安定してたんだけど、私達には、ボーカルがいないの。…で、たまたま私達を見たっていう友加里が、本当は不本意だけどボーカルとして参加してみたいって話持ち掛けて来て、今回、彼女の実力はもちろん、この”フェミレイト”が、今でもどこまで人や世の中に通用するのか、確かめる価値はあるって思ってね。」





 ユズキは、楽器を少し淋し気に眺めながら、話を続けた。








 「私達は今でこそ、多くの人に支持を得ている存在かもしれないわ。けれど、元を辿れば無名の下手くそバンド。コンテストの入賞どころか、街中で演奏してれば、おひねりの代わりに石を投げられるなんてこともあったわよ。…でもね!そんな悔しさに負けたくないからこそ、私達は必死に、真剣に音楽の質を磨いたのよ!私達の代で、フェミレイトの血筋が途絶えたら…って思うと、この名前で最初に頑張ってくれた先輩達に申し訳ないじゃない。コンテストでの賞歴よりも、私達は、今しかない青春を、音楽という存在で花咲かせようとしてる。だから、友加里は一流の作曲家を目指すっていう中で、ボーカルも経験のうちだって言ってたし、実際、歌わせたらびっくりするような声質だったわ。」





 「…友加里の真剣さと、私達の描く理想のバンド像…。それが合致したからこそ、臨時ではあるけれど、友加里を招き入れたのよ。」











 愛莉と栞は、互いに向き合ったまま、何も言えなかった。





 悔しい経験は自分達もしてきたつもりだ。しかし、フェミレイトの面々は、自分の何倍もの悔しさを抱いて来た。





 愛莉はまだ、いちバンドを背負う人間としては、未熟者の烙印を押されても仕方のない身分だ。そもそも音楽を本格的にかじるようになったのは、水泳で活躍するという夢を奪われ、仕方なく…といったニュアンスが大きかった。そんな中で栞と出会い、彼女の貧困を救うためにも音楽で名声をあげて、即物的だが収入が得られるなら手段も体裁も選んでいられない…。





 だが、そこは、フェミレイト…いや、友加里との考えに齟齬が生じていた。





 フェミレイトは、今しかない青春を音楽で楽しもうとする志の持ち主が集まったもの。





 対して、あいりぃらば~ずばんど♪は、ある意味、愛莉が無理矢理メンバーを集めて、形だけのバンドを組んだようなもの。表現は悪いが、言い換えれば愛莉が、自分で果たしたい夢と引き換えに選んだだけの音楽活動。心の中には水泳選手になりたいという未練は十分にあった。しかし、叶わない夢であることを甘んじて受け入れ、今に至る。





 実際、愛莉は未だに曲を書くことも十分ではないし、楽器の演奏も覚束ない点が多い。














 ユズキ「そうそう、愛莉さん。一言言っておくけれど、もし、本気で一流のバンドになって売り込みたいとかいうんだったら、必ず私達を倒してくださいね。私達を越えられない先に、あなた達のバンドの未来はありませんよ。厳しい言葉で申し訳ないですが、それが現実です。私達だって、常にプライドを懸けて、一曲一曲を大切かつ真摯に演奏してきたのですから…!!」





 愛莉は戸惑ったが、こんな言葉が口を突いて出た。





 「そ、、、そんな…。一線で活躍してるバンドでもないのに、いきなり”フェミレイト”を超えるだなんて、前例がない…」











 すると、ユズキが眉をつりあげてこう反論した。





 「愛莉さん、あなたもやはり、前例に拘る人間なのですか?どうして誰もが、何かを成し遂げようとする時に”前例”を気にするんですか?もし、自分の果たしたいことに前例がないというのなら、自分がその前例になってやろうとすればいいじゃないですか!若い今だからこそ、自分がなれる”前例”があるはずですよ!」





 …傍で聴いていた隆太やあきらも、この一言が強く胸に響いた。

















 そして大会は幕を開けた。





 今回、東京のこの会場へ集まったバンドは、50組。演奏の順番は抽選で決定され、フェミレイトは、9番手となった反面、あいりぃらば~ずばんど♪は、33番手と、大きく順序の差が開いた。





 愛莉達は、真剣な眼差しでコンクールの行方を見守った。自分達の糧になる要素は何一つ漏らすまいと、一組、一組の演奏や歌をしっかりと見て、聴いて、取り入れようとした。











 しかしながら、50組それぞれの披露する音楽のジャンルやパフォーマンスは、全てバラバラ。





 自由な形式でのコンクールなので、その点はやむを得ないのだが、英語の歌を流暢に披露するグループもあれば、ほとんど雑音にしか聞こえないような、けたたましい音を鳴らすグループまで多種多様だった。





 だがそれらは全て、「音楽の個性」であり、人間にもそれぞれ性格の違いがあるように、楽曲にだって、表現のされ方は十人十色なのだ。





 愛莉はそれを頭でわかっていたつもりだが、心が受け止められずにいた。





 (…何よ。あんな演奏だったら、私達の方が断然いい成績とれるに決まってるわ。)




 そしてステージでは、9番手となった”フェミレイト”の出番となった。






 フェミレイトの面々も、演出や衣装にはお金をかけられないため、見た目そのものはやや地味な印象だったが、整然とした演奏準備、下手な飾りっ気を見せない素直さ等々、それまでの出場グループとは一線を画す何かがあった。








 壇上で友加里が簡単な挨拶を披露した。








 「みなさん、今日は私達”フェミレイト”の音楽をお聴きくださることを、心から感謝申し上げます。私達”フェミレイト”は、今しかない青春の全てを音楽に託して、心の丈を歌と音、そして、奏者全員の団結力で伝えていくことをモットーにしております。私達のかけがえのない、一瞬の青春を音楽で表現することは、決して容易いことではありませんが、どうか今日は、いま、私達の思ってる胸の内をすべて打ち明けるつもりで、全身全霊、魂を込めて演奏させて頂きます。」








 …場内にも緊張が走る。最近の音楽世界で、じわじわと実力を見せつけつつある”フェミレイト”の演奏のほどを、しっかりと見届けたいという者ばかりだ。








 「では、聴いてください。”フェミレイト”で、”Unstoppable”(アンストッパブル)…」














 ♪ Unstoppable 立ち止まれないさ この青春の時間ときは 一瞬なのだから ♪





 ♪ Unstoppable 泣いたっていいさ 心の涙がいつか 花を咲かせてくれるのだから ♪





 ♪ 譲れない夢 護るために 失うことを 恐れたけれど もう ♪





 ♪ 引き返せないさ 僕の後ろに 残ったものなんてないんだから そう 歩みを止めないで ♪





 ♪ 躊躇うのなら 僕は君だけの花になり 君だけのために咲いてあげよう ♪





 ♪ 向こう見ずでも構わない 今日より若い明日なんてないんだから ♪











 ♪ Unstoppable 止まってはくれないよ きみはどうして 膝をついてしまうの ♪


 


 ♪ Unstoppable 強くなくてもいい 信じてくれればいい 僕のこの手を ♪





 ♪ 大雨の降る 夜の街で きみを探して 歩いてたんだ そう ♪





 ♪ 僕は傘になろう きみを濡らす雨は 全て跳ね除けてやるのだから ああ 君がなければ僕もない ♪





 ♪ 迷うなんて勿体ないよ やり遂げればいい 悔やむほど悔しいことなんてないんだからさ ♪

















 ♪ ああ 僕等は 遥か遠い遠い未来描いて この道を信じて進むんだ ♪





 ♪ ああ だけれど 痛み苦しむ全てが憎い ♪





 ♪ ああ それでも 僕は誓っただろう 青空が見えるまで 立ち止まりはしないと ♪





 ♪ ああ 旅立とう  きみとならば時の終焉まででも 手を繋いで行けるはずさ ♪





 ♪ そう 悔しいなんて言わせやしない 駆け抜けた青春の答えは 時代が教えてくれるのだから ♪





 ♪ Unstoppable ... Unstoppable... ♪














 …重厚な演奏と、友加里の透き通ったキーの高い声が、他のバンドを大きく凌駕したように思えた。





 演奏終了時、友加里を含むメンバー一同は軽く会釈をして、早々に舞台を去った。





 その動作を見ていた愛莉は、彼女達の持っている、ある種の清々しさや、舞台慣れした手際の良さ…、あらゆる”カリスマ性”を感じていた。











 愛莉「いいみんな?みんながどんな演奏したからって怖がらないで!私達は私達の演奏で勝負するんだからね!絶対に、それだけは曲げちゃだめだよ!」





 隆太「あ、ああ。わかってる。」





 あきら「友加里に一泡吹かせてやろうぜ!」





 栞「愛莉…ありがとう。」











 そして、いよいよ愛莉の率いる「あいりぃらば~ずばんど♪の番となった。」





 愛莉達もやはり、オリジナルのボーカル曲で勝負ということだった。隆太の書いた歌詞に、栞と愛莉が音符を合わせた。愛莉はギター兼ボーカルの”弾き語り”的な役回りを演じることになっていた。歌う曲のジャンルは「ロック」だ。面倒なことを考えず、彼女なりの直球で勝負しようというのが狙いだ。





 もちろん、演奏前の挨拶も愛莉の役目。緊張は隠せなかったが、もうここまで来たら、堂々と全てを曝け出そう。そんな気概が生まれていた。








 愛莉「私達、あいりぃらば~ずばんど♪は、まだ結成して間もなくの、素人そのものです。拙い演奏でお耳を汚させて頂くことになるかと思いますが、精一杯の気持ちを込めて演奏します。」





 聴いてください。あいりぃらば~ずばんど♪で「Love Liar (ラブ・ライアー)」











 ♪ 冷たい雨が 心に落ちて 痛い 愛が 痛い ♪





 ♪ 僕等は 永遠の結晶だよと 微笑む あなたを見てた ♪





 ♪ 愛にカタチなんていらないと 強がるあなたが心強かった ♪ 





 ♪ だけどあなたが握っていた手は 私の知らない女 ♪








 ♪ バカみたい! ああバカみたい! 振り向かないで! ♪





 ♪ オトコなんて みんなそうよ! 信じられない! ♪





 ♪ バカみたい! ああバカみたい! 忘れさせて! ♪





 ♪ 見ているだけの 恋愛だなんて 妄想したくない! ♪








 ♪ 凍える雪が 心を閉ざし 冷たい 愛が 冷たい ♪





 ♪ 二人は 未来の先駆者だと 笑った あなたが霞む ♪





 ♪ 望みは叶えてナンボだと 誇らしく話すあなたを信じてた ♪





 ♪ だけど私は置き去られたのよ 手のひら返す 愛の悪戯いたずらで ♪








 ♪ バカみたい! ああバカみたい! こっち見ないで! ♪





 ♪ ワタシなんて どうせそうよ! 敗北者 ♪





 ♪ バカみたい! ああバカみたい! deleteデリートさせて! ♪





 ♪ 踊らされてた 恋心なんて もう捨ててしまいたい! ♪








 ♪ ウソツキ!! ♪











 愛莉は心の限りを歌った。隆太達もまた、気持ちの限り、出来る限りの演奏は果たした。





 会場からは大きな拍手が沸き起こった。これはひょっとすると、フェミレイトを越せるかもしれない。





 いや、それが無理だったとしても、比肩できる存在になれるかもしれない…。








 全ての組の演奏が終了し、いよいよ、審査結果の発表となった。





 なお、審査の方式は、公式審査員20名による得票と、一般観覧者が一人一票投じることによるポイントの総計が、高い順から1位、2位…となる。











 そして、ついに会場にある大型ディスプレイによる、審査結果の発表の時が来た。





 メンバーの誰もが、入賞できたか? フェミレイトに勝ったか?劣ったか?





 …様々な想いを交錯させていた。




















 しかし、現実はあまりにも非情であった。





 











 何と、愛莉達の順位は、50組中49位。ビリから2番目であり、得票も、わずか13点と振るわなかった。





 ガックリと肩を落とし、膝をつく愛莉と栞。一触即発、今にも大泣きしそうである。





 あきらは「な、、、なぁにこんなもんだよ。ビリから2番目ってことば、ブービー賞とかあるんじゃね?」





 …と、ジョークを言って気を紛らわそうとしてみたが、愛莉達はこの現実を受け入れられない。かえって、場を白けさせただけだった。











 愛莉は大粒の涙を浮かべていた。





 「あ、、、あんなに必死に頑張ったというのに…どうして!? …どうして…!?!?」








 栞もそれは同じだった。そして、各チームに審査結果の書かれた紙が渡され、それを見た彼女達は、抱き合って大声で泣いた。











 …ハラリと落ちたその紙を見た隆太とあきら。内容には、今回の得票(得点)と順位に加え、審査員による寸評も添えられていた。





 それを見ると…





 「ストレートな気持ちを表現したという意味では、曲そのものに対してはそれなりの評価の余地はあるが、演奏のミスやボーカルの音程の狂いなど、音楽的な完成度が残念ながら今一歩である。ただし今後の精進次第では、大きく音楽界を牽引する存在となる可能性も見え隠れする。現時点では各楽器パートが息を合わせること、即ち、心を一つにすることが課題と思われる。」














 …失意の極みであった。





 愛莉も栞も、入賞こそ無理だとしても、納得できる順位ならば…と思っていたが、これでは到底、そういう気持ちにはなれない。そして、音楽に関わった誰かに顔向けもできない。





 延々と控室で泣いていた愛莉達のもとに、一人の女性が現れた。





 それは誰であろう、フェミレイトのリーダーである、ユズキだった。








 「残念だったわね。でもその悔しい気持ち、忘れちゃだめよ。誰もが悔しさをバネに強くなるんだから…。」








 しかし、あの強豪”フェミレイト”であるはずのユズキの表情も冴えない。恐る恐る愛莉は、フェミレイトの順位を尋ねたら、これまた驚愕の数字だった。





 フェミレイトは、50組中7位。得票数は、329票





 愛莉は目を疑った。「うそ…!?そんな…まさか…!?!?」








 ユズキは、愛莉の肩をやさしく叩いた。そして、訥々とこの結果について、話し始めた。








 「誰が悪いわけでもないわ。これは、単なるこのコンクールでの私達の評価ってこと。これだけ奏者も多く、聴く人も多ければ、たとえ私達であろうと、その中で特筆的な個性や情感をしっかりと表現できる者が、勝ちになるってことだと思うわ。」





 愛莉「えっ…えっ…グスングスン…でも、、、でも、、、フェミレイトでさえも1位じゃないなんて…。。。そうだとしたら、私達なんてとてもとても…」








 ユズキ「そう自分を責めないで。あなた達の演奏、私達も興味深く聴かせてもらったわ。確かに演奏のミスは多かったけれど、曲はしっかりしてたし、あなたの歌だって情熱的で惚れ惚れするものだったわよ。決してお世辞じゃないわ。」





 「そうだよ。愛莉…。どっちが勝ったも負けたも、ないんだよ…。」








 …その声の主は友加里だった。





 思わず顔を上げ、彼女の瞳を見つめる愛莉。





 すると、友加里もまた、今にもあふれ出しそうな涙をためていた。








 「うん。愛莉…。偉そうなことを言うようで悪いんだけど、私はこう思うの…。音楽を演奏する側は必死でも、それを聴く人間は正直だからね。ちょっとでも粗があればそこを指摘するし、演奏のパフォーマンスとかもしっかりと見てる。言っちゃ悪いんだけど、隆太もあきらも、音楽の授業受けてるみたいにガチガチに強張ってたよ…。」





 「…で、聴く人っていうのは、それ以外にも、その曲を、本当に演奏したいものなのか、ただコンクールで目立ちたいだけのために鳴らしているのか、そういう点はとても敏感なものなのよ…。だからこそ、あなた達であれ、私達であれ、上位と言えるランクにつけなかったのは、何か、曲か奏者か、それとも別なものに、聴き手の琴線に触れる何かが足りなかったんだわ。わかってると思うけど、東京で開かれるコンクールともなれば、集まる人も多いし、演じる側も聴く側も、個性は様々。そんな中で、一人ひとりが、私達に票を入れたくさせるためには、まだまだ、音楽の、いや、、、それを扱う人間の感情や心理の勉強が、必要なんだと思うよ…。」








 「あたし、今回、フェミレイトの一員になって参加したのは、単純に欠員が出たってだけじゃなくって、自分が、作曲家として生きるために、どんなことを取り入れていくべきか模索するためだったわ。もちろん、作曲家になれば歌だって書くと思うし、歌えと言われれば歌うでしょう。だけど、私は今回の経験を絶対にマイナスには思ってないよ。この寸評を見てもらえればわかると思うから…」








 …そう友加里から言われて差し出された紙の、寸評の欄には、次のように記されてあった。








 「持ち味である楽曲の太さ、力強さに加え、歌曲自体の持つ深層心理学的な一面も一定の評価を与えるに相応しいが、一方で、演奏や作詞作曲に、荒削りな点が散見されることは否めず、それがひいては若干の無理を伴う楽曲の表現となって露呈している。採譜の内容についてもやや没個性的であり、力強い演奏と曲そのものの深さにズレが見られた。今後の精進に期待したい。」











 愛莉「ウソでしょう…?あんなにいい演奏だったのに…なんで…??」








 友加里「うん。。。ユズキさんにも聞いたんだけど、ちょっと、力が入り過ぎてたみたい。本音を言うと、私達だってコンクールに出ている以上、賞に入りたいのは嘘じゃないわ。最近はフェミレイトも、メンバーが抜けたり、他の上手いバンドがチラホラ目立つようになったりしてて、バンド的には苦しい時期だったらしいの。そんな心境も、審査する人には読まれてたってことだろうね…。」





 ユズキ「…でも、自分の心に嘘をつかない演奏をした愛莉さん達は立派だと思うわよ。だって、本当にやる気がないのなら、本番じゃガッチガチにあがっちゃって、音楽どころじゃなくなるじゃん。現に見たでしょう?何組かはめちゃめちゃな演奏だったし、1組だけ、途中棄権したバンドもあったでしょう?だから、あなた達が心の限りを奏でて歌ったっていう事は、とても大きな意義があったの。賞に入るかどうかは、ぶっちゃけ言うとただの運だわよ。フェミレイトは、そういう意味では美味しいところを食べ過ぎたんだわよ。」








 ユズキ「ま、お互いこれからも頑張りましょう!これで全てが終わったわけじゃないわ。むしろ、始まったのよ!あのステージで、栄冠のトロフィーを手に入れるという、私達の闘いが…ねっ!!」














 そして、ユズキは愛莉に手を差し伸べた。





 固い握手を交わし、お互い、大粒の涙を流した。





 





 ユズキ「今度会う時は、お互いに最高の音楽で勝負しましょうね!あなた達も磨けば光るんですよ!力のある演奏は男子が得意なはず。またここで、素晴らしい一曲を披露してくださいね!」





 愛莉「こちらこそ、ありがとうございました! 私…、何だか気持ちばかりが焦ってて、音楽に必要なものを、色々と置き忘れて歩いていた気がします。今日は、良い経験をさせてもらいました。感謝します!」





 栞「私も、愛莉と同じ気持ちです! 入賞できなかったのは残念ですが…、確かに、それ以上に大切な勉強ができました。今度は絶対に、フェミレイトさんに引けをとらない一曲で、上位に食い込めるよう頑張ります!」











 他のメンバーも、彼女達の会話を聞いていて思わず涙した。





 そして、惜しみない拍手を贈ったのだった。お互いの再会と、健闘を誓って…。











 一方、友加里はというと、今回の役目を終えたら、一度”フェミレイト”を離れ、再び、独自の音楽路線を開拓し、作曲の勉強に励むことにするという。





 愛莉は、自分のバンドへの加入を勧めたかったが、今はそんな話をするにはタイミングが悪い。友加里自身も、改めて現実の厳しさや己の未熟さを痛感しただろう。お互い、一度頭を冷やしてから、この先どうするか話し合うのが妥当と言えそうだ。





 愛莉は、さりげなく「うちのバンドにいつでも来てね」と声をかけてはおいたが、当の友加里は、ノーリアクションのままだった。だが、その時の表情には、コンクール開始前の燻ったものはなく、寂しげな様子の中にも、何らかの安堵を抱いたようなテイストがあった。











 そして、友加里はこのまま東京に残り、深夜バスで青森方面へ帰る愛莉達をバスターミナルで見送った。





 ちなみに、隆太→青森、あきら&栞→秋田、愛莉→岩手なので、それぞれがバラバラのバスに乗ったのだった。だがバスが発車して暫く経つまで、4人はLINEのやり取りをしていた。





 「今度は絶対勝とうぜ!」





 「ああ、勿論だ!」





 「私もだよ。みんな、ありがとう!」





 「いい経験になったわ。音楽って、やっぱりいいね。」











 バスは闇夜の彼方へと走り去り、それぞれは、それぞれの生活へと戻った。














 隆太はこの経験を、水泳部の練習の合間に、優香に話した。優香は特に音楽の才能があるというわけではないが、後輩の活躍を我が事のように喜んだ。





 「まぁ、結果的に落選はしても、いきなり大きな賞をもらってしまったら、それはそれでつまらないでしょう?苦労に苦労を重ねて獲った賞こそが、最も価値がありますし、最も嬉しく思えるものですよ。」





 「は、はぁ、そうですよね…。」














 「いまのお話を聞いて、何だか私、俄然、やる気が出ましたよ!! 見ていなさい…!!!! サーベルシャーク!! 来月の大会で、確実にあなたに引導を渡してあげますわ!!!!」











 優香の強い語気は鬼気迫るものがあった。





 サーベルシャーク…。それは、優香がライバル視している、水島奈美という高校生水泳選手の中でも別格的な強さを誇る女子。





 過去に何度も何度も、二人の血で血を洗う闘いが繰り広げられてきたが、未だに、明確な決着はついていない。





 特に、3年生となった優香と奈美にとっては、高校時代最後の対決の時となる。





 来月6月末の選抜水泳選手権大会。優香は、必ずや奈美の鼻をへし折ってやろうと意気込んでいる。無論、サーベルシャークこと奈美も同じ。両者共、末は国体選手を目指す”アスリート”なのだ。





 隆太の通う「青い森高等学校」からは、創立70年以来、国体出場選手が出たという例はない。ましてや、優香がその選手になれるという保証もなければ、奈美のような”超”の字のつくような”神話的な記録”を持つ強豪選手を打ち破ったという部員も、存在したことはない。





 











 隆太は二人の決着の行方を、ただ見守る他ない。水泳大会の会場は福島県であり、彼は応援には行けない。





 来る日も来る日も練習に精を出す優香を、親友として応援するだけの隆太だったが、心に刻まれたあの言葉をいつも忘れてはいなかった。そして優香にも、常日頃からちょっとしたおまじないのように声をかけるようになっていた。














 「前例がないのなら、自分が前例になっちゃえばいいんだよ!!」











 -つづく-


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