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海外
つまらない人生にはつまらない人間が必須である。例えば僕。僕の人生は他人任せで他人行儀で、他人から見ても本人から見てもつまらない。16歳から17歳にかけて一年間海外の高校で勉強をした。おかげで英語で話すだけでいいのなら困らない。これは別に海外での学校で高等な教育を受けたからとか、海外の人間と話す根性がついたからとか、そんな突飛した話じゃない。未だに海外の人間と話す時に使う英語は殆どが中学校のもので、たまに高校で習ったであろう言葉を使うだけだ。
つまり海外に行った1年で身についたもの、それは英語を話せる、英語圏で暮らしたという経験から基づく余裕だけである。
それがどういう意味か、その意味は誰にでも英語は話せるし、言葉というのは会話だけならなんら難しいこともないただのコミュニケーションなのだ。事実、僕は中学校の英語の授業ではろくに起きておらず提出物も出さず成績も悪く、ネコとすら書けなかった思い出がある。その僕でも話せるのだ、極論を言えばyesとnoとさえ言えれば、後は住んでいれば勝手に自分の脳が覚えてくれるのだ。
海外での経験は僕を何も変えなかったし変わろうともしなかった。海外で唯一求めたもの、それは日本と変わらずお金だけだ。人間の生きる世界などそんなものなのだ。




