第二話 王太子と聖女候補
「昨日、フローレス令嬢と会ったよ」
「あら」
クローディアがその報告を受けたのは、昼休みに学園の庭園を散策していた時だった。紫陽花が咲いているから行こう、とエドワードから誘いを受けたのだ。エドワードは、薔薇や百合よりも紫陽花が好きらしい。この時期はよく庭園を散策している。
「何か話したの?」
「魔法がうまく使えない、テストも点が取れない、って泣いていたから、飴をあげたよ」
「……泣いていたの?」
「うん。だいぶ参ってるみたい」
クローディアは口元に手を当てた。
光魔法は使い手がいないから、どうしても独学になってしまうし、基礎ができていない状態で学園のテストを受けている今、点が取れないのも仕方がない。とはいえ、これ以上厳しく指導するのも……と悩んでいると、エドワードが話を続けた。
「甘い物は好きみたいだから、今度お茶会でもしてみたら喜ぶんじゃないかな」
「そうなの? なら、報告会以外でも、息抜きとしてやるのも悪くないかもしれないわね」
「そうしてみて」
クローディアは一瞬、エドワードに視線を向けた。声の響きに、普段との僅かな違いを感じ取ったためだった。エドワードはどうしたの、と言わんばかりに首を傾げる。
「……あなたも、一緒に来てちょうだい」
「えっ、僕も? あ、そういえば、僕から注意するの忘れてた……」
そうね、よろしくね、とクローディアは言った。
***
「お、王太子殿下とシャーウッド様にお目にかかります」
「顔を上げて、フローレス令嬢」
「今回は気楽なお茶会だから、そう固くならずともよろしくてよ」
「はっ、はい!」
数日後、放課後にお茶会を開いた。とはいっても、エドワードとクローディア、アリスの三人だけの茶会だ。ただしお茶菓子は上等なものを用意した。
カチコチとぎこちない仕草でアリスはティーカップを傾ける。そしてパッと顔を輝かせた。
「口にあいまして?」
「あ、はい! 甘くてとっても美味しいです! 花みたいな香りもして……初めて飲みました」
「エールヴァール地方の早摘みの茶葉です。保存期間が短いので、今の時期にしか飲めないのですが」
「へぇ! すごいですね」
ぱくり、と茶菓子も摘み、また顔を緩ませる。幼子のようにくるくると表情が変わる。
――その様を、エドワードは優しい笑みを浮かべて見ていた。
「こうして三人でお茶会、というのは初めてだね」
「あ、はい! ですが、いつもシャーウッド様には色々とご指導いただいておりまして……頑張らなきゃな、と思います。なかなか上手くいかないんですけど……」
「表情の管理や魔法の熟練は必須だからね。とはいえ、泣くほどに根は詰めないように。君が泣いていたら、何があったんだと騒ぎになってしまうからね」
「わっ、忘れてください……!」
アリスは恥ずかしがるように頬を染める。エドワードはふふ、と目を細めて笑った。
――あぁ、あなたはそんなふうに笑うのか。
「定期的に甘い物でも食べるといいよ。少なくとも、クローディアはそれで機嫌を直す」
「ええっ」
「ちょっと、エドワード?」
目を丸くしたアリスが、ふふ、と口元を押さえて笑う。
「すみませ、シャーウッド様のそんなお顔、初めて見たので……」
「確かに、普段のクローディアは厳しいし、怖く見えるよね。でも甘い物不足なだけの時もあるんだよ」
「エドワード、そろそろ怒るわよ」
アリスはころころと声を上げて笑う。はしたなくてよ、と叱るとしゅんとした。
――こういう娘が、好みだったのか。
笑い合う二人を見て、心の中で自問する。
止められるだろうか。
いや、と囁くような声がする。
恋を止められるのなら、クローディアだって苦労はしなかった。
***
「あ、シャーウッド様!」
「フローレス令嬢」
クローディアが移動教室で歩いていると、前方から来たアリスが早足でやってきた。
「聞いてください! さっきの地理の授業の小テスト、赤点回避したんです!」
「あら、おめでとう。初めてではなくて?」
「はい、初めてです! わたし、嬉しくって嬉しくって!」
アリスは満面の笑みを浮かべている。よほど嬉しいらしかった。つられてクローディアも微笑みを浮かべた。
「歴史とか法律はまだまだ赤点なんですけど、地理は、特産品とかと一緒に覚えると覚えやすいですね! シャーウッド様のアドバイスのおかげです!」
「それはよかった」
と、後ろからクローディア、と声がかかった。振り向くと、エドワードが立っていた。
「こんなところでどうし――フローレス令嬢」
「あ……王太子殿下にお目にかかります!」
アリスはぴょこんと頭を下げた。ぎこちないが、以前よりも段々様になってきている。
エドワードは目尻を下げた。
「どうしたんだい、こんな道端で」
「フローレス令嬢が初めて赤点を回避したんですって」
「そうなんです!」
「ほんとうかい? それはすごいな」
「えへへ、シャーウッド様にも殿下にも褒められたら天狗になっちゃいます」
「以前、随分遅くまで図書館にいたからな。勉強の成果が出たんだろう」
「……遅くまで図書館に?」
視線を向けると、目を見開いていたアリスは我に返った様子ではい、と頷いた。
「やっぱり図書館が一番勉強が捗るので……毎日行ってます。も、勿論魔法もちゃんと練習してますよ!」
「それは、疑っておりませんけれど」
以前は授業で魔法を暴発させた、という報告を定期的に受けていたが、ここ最近はめっきり減った。目元の隈が、その代償なのだろう。
「わたし、殿下を図書館でお見かけした時、すごくびっくりしたんです。王太子殿下でも、こんなに頑張ってるんだって。それならわたしももっと頑張らなきゃ、って思って」
「いや、そんな風に言ってもらえる程のことはしていないが……」
そんなことないです、とアリスが大きな声をあげると、周囲の視線が集まる。クローディアは素早くアリスを嗜めた。
「す、すみません……でも、あの、とにかく、わたしもっと頑張りますね! 御前失礼します!」
ぴょこっと頭を下げて、アリスは脇を通り過ぎる。
「……エド、フローレス令嬢に何か言ったの?」
「え? あぁ……この前、図書館で少し話をしたんだ。持っていた本のことを訊かれてね」
「何の本を持っていたの?」
「アシュトラとの交渉に向けて、おさらいをしていたんだ。殿下ならできますよ、なんて軽くフローレス令嬢は言っていたけど……」
苦笑しているように見えて、細められた目には微かな喜びが混じっている。そう、とクローディアは呟いた。
「……行きましょう、エド」
「あぁ」
エドワードの視線がアリスを追っていたことには、気づかなかったふりをした。




