聖女の悔恨 3
「せ、聖女?」
「はい」
予想だにしなかった言葉に、アリスは面食らった。
「聖女って、あの聖女ですか?」
「あの、がどれを差しているか判じかねますが、世に知られている別の呼び名を用いますと、光魔法の使い手、聖なる乙女、といったところでしょうか」
「な、何かの間違いじゃありませんか? わたし、聖女だなんて……」
「いやいや枢機卿さまもお目が高い! そうなのです、我が娘は昔から才気に溢れておりましてなぁ!」
「え、」
「なるほど、そうでしたか。それは男爵も鼻が高いでしょう」
「まさにまさに! しかしまさか、聖女さまとは思いませんでしたよ、あっはっはっは」
男爵は哄笑する。アリスは言いようもなく不安になった。
「あの、わたし、光魔法とか聖女とか、よく分からなくて……」
「まだ、お力を自覚されて間もないのです。すぐにお自分の素晴らしさを理解なされるでしょう」
「はぁ……」
「さて、それでは、王都に参りましょう」
続く言葉の意味がわからず、アリスは忙しなく瞬きを繰り返した。
今、王都と聞こえた気がしたのだが。
固まったアリスを何と思ったのか、枢機卿は言葉を重ねる。
「男爵さまからの了承は得ております。王都の総教会にて、聖女となるための修行を致しましょう」
「え……」
大丈夫ですよ、と枢機卿は穏やかに微笑んだ。
「すべて、うまくいきます」
***
荷物をまとめたらすぐに出立です、と言われ、訳もわからずにアリスは使用人棟に戻った。と、エミリーが駆けつけてくる。
「アリス! 大丈夫だった?」
「あ……うん」
「よかったー、アリスが旦那さまに呼び出されたっていうから、なにかお小言でもいただいてるのかって不安に……アリス?」
「……わたし、聖女なんだって」
「は?」
エミリーは訳がわからない、といった様子で目を瞬いた。アリスは俯いたまま、言葉を続ける。
「光魔法の使い手で……だから、今から王都に行って、聖女になるための修行を」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あんたが聖女? 光魔法の使い手? いきなりどうしちゃったのよ」
「わたしにもわかんないよ! でも、とにかく行きますって言われて……」
エミリーはがしがしと頭を掻いた。
「光魔法ってあんたさ……そんな、百年に一度の奇跡みたいな魔法だよ? アリスが使えるの? 生活魔法も使えないのに?」
「それは……」
「何かの間違いなんじゃないの。それか騙されてるんだよ!」
「でも、お客様は枢機卿だって」
「絶対ありえない!」
強い口調に驚いてアリスは固まった。エミリーは乱れた前髪の下からアリスを睨みつける。
「エミリー……? どうしちゃったの」
「それはこっちの台詞よ!」
だん、と苛立たしげにエミリーは足を踏み鳴らした。
「なんで? なんであんたが王都に行くの? なんであんたなの?」
「エミリー、落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられるもんか!」
エミリーは頭を抱えた。ぎり、と奥歯を噛み締める音がする。
ぞわり、と背筋が粟立った。ここから先の言葉を、聞いてはいけないような気がした。
「あたしの方がずっと頑張ってきたのに。騎士の娘なのに、こんなところで働いて、毎日魔法の練習だって頑張ったのに!」
「エミリ、」
「なんであたしじゃないの!? 努力もしてない、毎日のほほんと生きてるだけのアリスが……どうして!」
エミリーの目からは涙が溢れていた。
「なんで、あんたなのよ!」
言い捨てて、エミリーは出ていく。アリスは部屋に取り残されたまま、呆然と虚空を眺めていた。




