聖女の悔恨 2
「うわぁああ」
「賑やかー」
週末、アリスとエミリーは街に繰り出した。アリスは最近もらったばかりの紫の髪飾りをつけた。エミリーは手先が器用なので、アリスの髪も可愛くまとめてくれたのだ。
男爵邸のお膝元にある小さな街は、ランタンが灯されて、いつもより賑わっている。
「ね、アリス! あっちでジンジャーブレッド売ってる! 食べに行こ!」
「うん!」
なかなか邸では食べられない甘味を片手に、ふたりは街を練り歩く。ずっと邸に籠りっぱなしだったから、普通の屋台を覗くだけでも楽しい。
「あっ、見て、みんなで踊ってる!」
「ほんとだ!」
広場に出ると、聖歌隊が陽気な音楽を歌い、それに合わせて人々が踊っていた。手を繋いだり離したり、形式なんてまるでないけれど、みんな楽しそうだった。
「ね、エミリー、わたしたちも.....って、早!?」
「アリスー、早く!」
行こうよ、と声を掛けようとした時には、エミリーはもう駆け出していた。アリスは驚いて目を見開き、次いで笑ってエミリーの手を取った。
人々は交代交代で踊り歌った。疲れが出てきたところで、エミリーとアリスは輪から外れた。
「やー、運動したー」
「エミリー、相変わらず体力お化け……」
「ははっ、騎士の娘だからね」
エミリーはどこか誇らしげに言う。
エミリーの両親は、男爵に仕える騎士だったそうだ。男爵を事故から庇って亡くなってしまい、哀れんだ男爵が使用人に養育を任せたのだと聞く。
「アリスも体力はつけないと! そんなにひょろひょろじゃあ、すぐに倒れるぞー」
「こんなに体を動かすことないし、毎日の掃除で十分運動になるって!」
「えー」
言い合っていると、ふいに子供の泣き声が聞こえた。なんだなんだと振り向けば、親とはぐれたのか、6.7歳と思しき子供が、道端に蹲って泣いている。
「どうしたの? 大丈夫?」
アリスがしゃがみ込んで尋ねると、子供はパッと顔を上げた。直後、おかあさんじゃない、と顔を歪め、わぁあん、と大声で泣き始める。
「わっ、わ、泣かないで。はぐれたのね? ほら、一緒にお母さん探そう」
「うわぁあん、おかあさぁん!」
「お、落ち着いて、ね?」
アリスが宥めようとするも、少年は泣き止まない。おろおろしていると、エミリーが溜息混じりに歩いてきた。
「あー、もう、静かにしなよ。泣いてばっかりじゃあ、かっこいい大人になれないぞ?」
「知らないもん……おかあさん、おかあさん……」
「だっ、大丈夫! わたしたちが見つけてあげるから! ほら、一緒に行こう!」
少年は首をふるふると横に振る。
「あーもう、まだるっこしいな! ほら、立ちな! 一緒に探そうってば!」
「けがしたから、あるけない……」
「ええっ!?」
アリスは驚いて少年の体を見回した。確かに、右足首が不自然に膨らんでいる。
「うわ、痛そう……ね、エミリー、氷かなんかで冷やせないかな」
「あたしが氷を出そうとしたら、この辺一帯に雹が降ると思うよ」
「うっ……それは困るな」
となると、少年に肩を貸して、できるだけ左足でケンケンするように移動するのがいいだろうか。でも、小さな町とはいえ、お祭りで人も多いから、危ないかもしれない。
「がきんちょ、名前は?」
「フィ、フィン……」
悩んでいると、エミリーは突然パッと踵を返した。
「あたし、その子の親探してくるわ。アリス、そこで待ってて」
「え、エミリー!」
「すぐ戻る!」
言い置いて、エミリーは颯爽と人の輪に入っていく。アリスはぽかんとその後ろ姿を見送った。
「おねえちゃん、おかあさんをさがしにいってくれたの?」
少年がアリスの服の裾を掴んだ。
「うん。大丈夫、エミリーなら、すぐにお母さんを連れてきてくれるから」
「ほんと?」
「ほんとう!」
アリスはにっこり笑った。
「エミリーはね、誰よりもかっこいいんだから!」
アリスと少年はたわいもないことを話した。しかし程なくして、痛いよぅ、と少年が再び泣き出す。足の痛みが悪化したのかと、アリスは慌てた。とはいえ、アリスが動くと、あとで合流できるか不安なので、通りかかった青年に、医師を呼んできてください、とお願いする。さっき踊ってるのを見たからすぐに連れてくるよ、と青年は快諾してくれた。
「わぁあん、いたいよぅ。おかあさん」
青年を見送ってから、少年は激しく泣き始めた。もしかして、骨が折れているのだろうか。何も出来ないのが申し訳なくて、アリスはそっと足首の近くに手を翳した。
「痛いの痛いのとんでいけー、お山の向こうへ飛んでいけー」
ーその瞬間、不思議なことが起きた。
アリスを中心に、黄金色の光が広がったのだ。ぱあっ、と眩いばかりの光が辺りを包み込み、通行人はなんだっ!?きゃあ、と声を上げた。
しゅう、とすぐに光は止む。
「な、なんだったの、今の……」
アリスが困惑して周囲を見回していると、すごい、と少年が弾んだ声を上げた。今度はどうしたのだろう、と視線をやって、アリスは目を見開いた。
「ーーいたくない! けがなおったよ、おねえちゃん!」
ありがとう、と少年はアリスに抱きつく。アリスは困惑した。
「や、今のはわたしじゃ……」
「すごいのう! お嬢さん、いつからその魔法が使えるんじゃ!?」
「へ?」
興奮した声に右を向くと、皺を蓄えた医者がわくわくした瞳を隠さずに近づいてきた。
「魔法って、今のがですか?」
「そうじゃ! ありゃあ光魔法じゃな!」
「えええ……?」
すごいことじゃぞ、と医者は捲し立てたが、何がすごいのか、アリスにはよく分からなかった。
「アリス! 見つけたよ! って、どしたの、なんかあった?」
「いやー……なんだろうね?」
「何? どゆこと?」
と、エミリーが見知らぬ女性を連れて戻ってきた。おかあさん、と少年は女性に飛びつく。周囲の人集りを見て、エミリーは首を傾げた。
「ま、大したことじゃないよ。それより、甘いもの食べに行こ! お腹空いちゃった」
「えー、また甘いの? さっきも食べたじゃん」
「甘いものはいくら食べてもいいの!」
ちょっとした騒動はあったけれど、祭りは恙なく終わった。一週間くらいは祭りの余韻でなんとなく気が引き締まらなかったけれど、そんなことを言っているとメイド長に怒られてしまうので、真面目に仕事をこなすしかないのだった。
ーそうして、祭りから十日が経った日に、異変は起きた。
その日は王都からいきなりお客様が来たとかで、朝からバタバタとしていた。対応するのはベテランのメイドや執事だから、アリスやエミリーは掃除やら庭の手入れやらを押し付けられ、屋敷のあっちこっちを走り回っていた。
「あ、アリス! 探したのよ」
「メイド長、どうかしたんですか?」
「それが、お客様がアリスと会いたいって……あなた、王都に知り合いなんていた?」
「ええ? いませんよ」
何の用だろう、と首を傾げながら、アリスは客間に向かった。入室を告げると、ドタバタと現れたのは男爵本人だ。そんなに走れたのか、と思うような速さで廊下まで出てきて、ガシッとアリスを抱きしめる。突然のことにアリスは目を見開いた。
「アリス! おお、我が娘よ!」
「え……旦那さま?」
「旦那さまなどと呼ぶでない、お父様と呼んでいいのだぞ!」
「え。ど、どういうことですか?」
「詳しい説明はあとだ、とにかくお前は、アリス・フローレスなのだ! いいな!」
「は、はぁ……」
「さぁ、入れ! 失礼のないようにな!」
何も分からなかったが、逆らうこともできないので、言われるがまま客間に入る。
客間にいたのは、白い衣装に身を包んだ老爺だった。司祭だろうか。アリスは男爵に勧められるがままソファに腰掛ける。あまりの柔らかさに驚いた。
「こちらが、アリス・フローレス様ですね?」
「ええ、わしの自慢の娘です!」
アリスはギョッとして男爵を見たが、男爵は満面の笑みを浮かべている。益々混乱した。
客人はふうわりと微笑んだ。
「わたくしは王都より参りました、枢機卿、オスカー・アーヴィングでございます。お会いできてこうえ」
「す、枢機卿!?」
「こっ、これアリス!」
「いやだって、枢機卿ってすっごく偉い方なんじゃあ」
男爵邸の近くの教会にいるのは司祭だ。そこから司教、大司教、枢機卿、教皇と位が上がっていく。
「はは、確かに位は高いかもしれませんが、我々は皆神に仕える僕に過ぎません」
「はぁ……」
「此度、わたくしが参りました理由はただひとつ」
枢機卿はすっ、とアリスに手を差し伸べた。
「聖女候補、アリス・フローレス様をお迎えに上がったのでございます」




