清く正しい王子さま 下
それからどうやって自分が部屋に戻ったのか、エドワードはとんと覚えていない。父王の元で泣きながらクローディアの助命を乞い、部屋から追い出された。もう一度クローディアと話を、と地下牢にも足を運ぼうとしたが、護衛たちがこれを阻んだ。
どうにかできないか、とエドワードは再び襲撃事件の資料を読み返した。何の綻びもない、クローディアの有罪を示す資料からは、捏造の証など見つけられない。それでも何かないかと血眼になって隅々まで資料を見たが、国王と王家派筆頭公爵の力を前に、エドワードは無力だった。
「母上、お願いです。どうかクローディアを、クローディアを.......!」
「......無理よ。既に判決は下り、明日を待つだけ。陛下であっても、覆すことはできないわ」
「でも、でもクローディアは......確かに嫌がらせはしていましたが、処刑をされるほどの悪行はしていません! 王家の秘儀を知ったのなら、傍系でも王族に嫁げば命は......!」
「陛下も公爵もそれを許さなかった。それに――クローディアがそれを拒んだの。理由は言わずともわかるわね?」
エドワードは色を失くした。
そうだ。婚約解消後、王太子が教会派と婚約を結び、王家派筆頭公爵家の一人娘が別の王族に嫁げばどうなるか。
――王家派はクローディアの夫を旗頭として担ぎ、益々の混迷を招くだろう。
でも、と呟いたはずの声は、音にならない。
過ぎたことであろう、という冷淡なまでの父王の声が、頭から離れなかった。
翌日、クローディアの処刑が執行された。
断頭台の上にあってもなお、クローディアは誇りを失わなかった。その堂々たる姿に、取り囲む民衆も気圧されたほどだった。
「待て........待ってくれ、クローディア、クローディア」
エドワードは離れた場所からそれを見ていた。無意識のうちに断頭台に近づこうとして、護衛に羽交い絞めにされる。それでも、エドワードは手を伸ばしていた。
まだ、謝っていない。まだ、何も伝えていない。
まだ、まだ、何ひとつ。
クローディアが跪き、木の板にその首を乗せる。
ひっ、と悲鳴のような呼吸音が喉から漏れた。
「やめてくれぇえええええっ!」
晴れやかな笑みを浮かべたまま、クローディアの首が落ちる。
エドワードの悲鳴は、民衆の歓声にかき消された。
処刑執行人が、薄青色の髪を掴み、高く掲げる。
わああっ、と民衆は沸き立った。
「天の裁きだ!」「悪女に罰が下った!」「報いを受けたんだ!」「この人殺しめ!」「地獄に落ちろ!」
違う、と譫言のようにエドワードは呟いた。視界が雪か水か分からないもので滲んだ。
雪だるまを作りましょうよ、と手を引いたクローディアが転ぶ。
空に浮かぶ雲を取ってきてちょうだい、と笑う。
寒いのは好きじゃないわ、と唇を尖らせる。
アシュトラのお土産を待ってるわよ、と笑う。
庭で迷子になって、迎えに来たエドワードを見て泣く。
今度の試験も私の勝ちね、と胸を張る。
お幸せに、とクローディアが笑う。
笑顔が、泣き顔が、ふくれっ面が、消える。
消える。
「あ、ぁ........あぁあああぁぁあああああ」
***
――恋ではなかった。
けれど、当たり前のように、自分の隣はクローディアだと信じていた。
それを当たり前だと思っていたのは自分だけで。
気づいた時には、何もかもが遅すぎたのだ。
***
母の部屋を出た矢先、アリスと遭遇した。どうやらエドワードからの言伝を聞いて、急いで支度を整えてきたらしい。
「エド様」
「アリス、疲れているところ済まないな」
「いえ、妃殿下の為ですもの」
アリスはにこりと笑う。かつての屈託ない笑みとは違う、社交界で摩耗した愛想笑いだ。エドワードは目を伏せた。
かつて恋したアリス。許されないと分かっていたからこそ、どうしても焦がれてしまった。アリスが自分と同じ感情を抱いていることが察せられたからこそ、未練がましく縋りついてしまった。
「.......ありがとう」
今、アリスを愛しているのか、エドワードには分からない。素直に愛しているというには、払いのけなければならない障害が多すぎだ。
彼女に恋をしていた。
ころころと変わる表情が、出来るようになると全身で喜びを表現する様子が、好きだった。
――クローディアを死に追いやった、恋だった。




