第十二話 優しい、優しい、夢
前話修正前のものを出してしまったので、後半が微妙に変わってます(ーー;)
王太子の婚約者に内定して数日が経ったある日、クローディアは父に連れられ、初めて王宮に参内した。
初めて足を踏み入れた王宮は、華やかで、広く、使用人も大勢いた。目を奪われる絵画の数々と、隅々まで整えられた庭園。公爵邸も広いが、女主人であるクローディアの母が三歳の時に亡くなってから、いつも静かで、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
謁見の間の前で、父は足を止め、クローディアを見下ろした。
「クローディア」
「はっ、はい!」
「くれぐれも失礼のないよう――失敗は、許されぬぞ」
クローディアははい、と頷き、ごくりと唾を飲み込んだ。どくどくと心臓が不自然に脈打ち、手に汗が滲む。
ぎい、と音を立てて扉が開いた。
「シャーウッド公爵家当主レナルド、嫡女クローディアが参りました。国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」
「よくぞ参った。面を上げよ」
国王の声がかかり、クローディアは顔を上げた。国王と王妃は、クローディアの方を見て優し気な笑みを浮かべた。その横で王太子――クローディアの婚約者となる少年は、興味津々、といった様子でこちらを見ている。クローディアは深く頭を下げた。
「お、お初にお目にかかります。シャーウッド公爵家嫡女、クローディアと申します。国王陛下、王妃殿下、王太子殿下に拝謁叶い、恐悦至極でございます」
なんとかミスをせずに済んだことに安堵していると、国王がよいよい、と笑い交じりに言う。
「そう固くならずともよい。そなたはいずれ、余の義娘となるのだから」
「そうですよ。........といっても、緊張してしまうでしょう。エドワードとふたりで、庭園を散策してきたらどうかしら」
目を点にしているうちに、エドワードはぴょんと椅子から降りた。
「はい! ぼく、じゃなくて私がエスコートします!」
「いいかしら、公爵」
「陛下と殿下の御心のままに」
「ありがとう。エドワード、クローディア嬢に失礼のないようにね」
「お任せください!」
階段を下りてきたエドワードは、絵本の中の王子さまのように、格好よく腕を差し出した。
「行きましょう、クローディア嬢!」
「は、はい」
訳も分からぬまま、クローディアは差し出された手に己の手を重ねた。
「あの、殿下、どちらへ」
行き先も分からず心細く思っていると、エドワードはにっこり微笑んだ。
「僕の好きな庭園が、この先にあるんだ! すぐに着くよ。それとクローディア嬢、殿下じゃなくてエドワードでいいよ」
「えっ。で、ですが」
「だって僕たち、夫婦になるんだから。ね?」
「わ、分かりました.......エドワード様」
「様もいらないのに」
流石にそこまで軽々しく王太子の名は呼べない。
「あ、見えた!」
と、エドワードは繋いでいない方の手で先を示した。示されるがまま視線をやり、クローディアは目を見開いた。
「わぁ.......」
そこには、今を盛りと薔薇が咲き誇っていた。赤、黄色、オレンジ、ピンク、白。色とりどりの薔薇が、視界を埋め尽くす。
「すごい.......」
「でしょう? 今の時期は、ここが一番綺麗なんだ! もう少ししたら、手前の庭園でラベンダーが咲くんだよ」
クローディアは周囲を見回しながら、一歩一歩と歩を進めた。屋敷では見たことがない種類の薔薇もあり、ひとつひとつがとても美しかった。
その美しさに見惚れていて、足元が疎かになっていた。
「わっ......!?」
「クローディア嬢!?」
煉瓦の隙間にヒールの足が引っ掛かり、クローディアはその場で転んだ。エドワードと手が離れ、膝から地面と衝突する。
「いつぅ........」
「だっ、大丈夫!?」
エドワードが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「立てる? 痛くない?」
クローディアはサーっと青ざめた。
「も、申し訳、ありません.......」
失敗は許されないと、父に言われていたのに。こんなところでミスをしてしまうなんて。
どうしよう。父に知られたら。嫌われた。婚約解消と言われたら。怒られる。
エドワードは申し訳なさそうに眉尻を下げ、クローディアを助け起こした。
「謝らないで、クローディア嬢は何も悪くないよ! 僕も、もうちょっと歩きやすい道を選べばよかった」
「........ぇ」
クローディアは目を見開いた。
「それより、けがはない? 痛かったら、すぐに侍医を呼ぶよ」
「あの.......お怒りにならないのですか?」
「へ?」
エドワードは間の抜けた声を上げた。
「なんで怒るの?」
「だって.......私、失敗を」
「えー、転んだのは失敗じゃないよ! もし失敗したんだとしても、やり直せばいいんだし」
それに、とエドワードは笑う。
「夫婦はどんな時でも助け合うものだっていうでしょう?」
その時のエドワードは、差し込む太陽の光だけではなく、輝いて見えたのだ。
***
目を開けると、冷たい感触が掌に触れた。仄暗い天井が見えて、とっくに慣れた異臭が鼻をつく。
「........夢、か」
懐かしい、夢だった。
あの日から、クローディアは、エドワードの隣に立っても恥ずかしくないように努力を重ねた。辛い教育も、エドワードと励まし合って乗り越えられた。エドワードがクローディアのことを幼馴染としてしか見ていないことはつらかったけれど、いつか家族になれば、何か変わるかもしれないと思っていた。
――夫婦はどんな時でも助け合うものだっていうでしょう?
「........嘘つき」
呟いた声は、深く深く沈んでいった。
がちゃり、と扉が開く音がする。クローディアの死を告げる足音が、ゆっくりと迫ってくる。
「――時間だ」




