第十一話 悪女の我儘
処分は仕方ない。王家の秘儀を知りながら王族にならないのだから、已むを得ないと受け入れた。第一王子との婚姻が唯一それを避ける手段だったが――他に適任の直系王族がいないので――第一王子に王家派がついたと見做され、それこそ国を割る内乱になりかねない。国の為、王家の為生きよと育てられたクローディアには、耐えがたいことであった。
さりとて、何も残せず死ぬことは性に合わなかった。
何をすべきか考えた末に思いついたのは、ふたりの婚約を進め、王家派と教会派の確執を和らげることだ。確かにアリスは稀有な光魔法の使い手だが、男爵家の庶子という家柄は、王太子に相応しくないと思われるだろう。なまじクローディアが完璧な令嬢として名を馳せているため、王家派は声高に反発するはずだ。それでは、ただでさえ深まっている二派の対立が深まりかねない。
それを覆すには、何かしらの流れが必要だ。このふたりが結ばれるべきと周囲に思わせる、そんな流れが。物語のように進めるならば、何かしらの障害があれば事は容易く進む。今回ならば、クローディアがその役目を果たしていると言えた。
そこでクローディアはアリスに嫌がらせを始めた。勿論、嫉妬が全く混じっていないかと問われたら答えは否だ。可愛らしくて守りたくなるような、クローディアが捨ててきた無垢さを保持し続けるその姿が眩しくて、妬ましかったから。
同時に己の望みを片っ端から叶えていくことにした。王妃はクローディアの計画の全貌を早々に悟り大反対していたが、「わたくしに何もせず死ねと仰るのですか?」と言うと口を噤んだ。国のため死んでくれ、と言い放った父は、何も言わなかった。
カフェに行って、「ここからここまでケーキを全部ちょうだい」と言ってケーキをたらふく食べ、何もせずごろごろして図鑑や小説を読み、王都郊外に馬に乗って遊びに出かけ、盤上遊戯や賭博に興じた。噂にならないよう、出来る限り人目に気を遣っていたが、気づいていた人はいただろう。
――それにしても、あと数日遅ければよかったのに。
どこかで王家派の過激な輩が妨害に来るだろうとは思っていたが、想定よりも早かった。暗殺未遂までしでかしてくれたおかげで、クローディアひとりに罪を被せるのが大変になってしまって、国王夫妻や父公にも事態の収拾に手を貸してもらう羽目になった。
ーあぁ、それに。
最後の望みだけは果たされないまま、断頭台に登ることになってしまったのである。少しだけ、それが淋しい。
――まあ、エデルニア王国へ!? 海を見に行けるのですね!
――とんぼ返りになってしまうけれど……ふふっ、あなたがそんなにはしゃぐなんて、珍しい。
――失礼いたしました。でも、とても嬉しくて。
「......見られるはずだったのになぁ」
卒業してからの外交で。それができぬと分かった時、年末年始休暇で。図鑑で見た青い海原を、この目で見るはずだったのに。
ささやかな夢は叶わず、国の為の行動ばかりは実っていく。
それが、少し虚しい。
「最後に口も滑らせてしまったし......」
地下牢を訪れたエドワードは、最後にクローディアをクロエと呼んだ。
エドワードは馬鹿ではない。あそこまでヒントを与えたら、クローディアが悪女を演じていたと気づくのはすぐだろう。ほんとうは、クローディアが死んでから気づいて、死ぬほど後悔してほしかったのだが。今頃発狂して王妃のところに駆け込んでいるかもしれない。お手間おかけして申し訳ありません、と心の中で王妃に謝っておく。
まあ、死にゆくクローディアにはもはや関係のないことだ。首を振って余計な思考を追い出した。
「――晴れるかしら」
晴れていたら嬉しい。美しい空を最後に見てから死にたい。
ここには、空がないから。
ゆらり、と蝋燭の影が揺れる。クローディアは目を閉じて、最後となる眠りを手繰り寄せた。




