第十話 悪女の企み
「――クローディア。あなたとエドワードの婚約を解消することになったわ」
クローディアが王妃からそう聞いたのは、中等部二年に進級して二か月が経ったある日のことであった。それを告げる王妃の拳は小刻みに震えている。それだけで、この方が如何にそれを腹立たしく思っているかが伝わった。
「わたくしは決定を覆すことが出来なかった......ごめんなさい。ごめんなさい、クローディア」
教会から王太子の婚約者変更の打診があったのは、ひと月前のことであったという。クローディアの生家・シャーウッド家は忠実な王家の臣下、毒にも薬にもならない家柄だ。ゆえに、この打診を聞いて、国王はクローディアの父公に相談した。そして数日に亘る話し合いの末、教会に是と返したのである。
「妃殿下にお謝りいただくことではございません。これも天の定めでございましょう」
「クローディア、もしもあなたが嫌でなければ、第一王子の婚約者になることを考えてはもらえないかしら。陛下と公爵は、わたくしが説得するわ」
クローディアは軽く目を見開いた。
国王がメイドに手を出し産ませた第一王子、ヴィルフリート。王妃に厭われ、貴族学園を卒業した後は貧相な北の直轄地を所領として賜っていた。その生い立ちのせいで婚約者も側近もおらず、いつ見てもひとりであった。
「わたくしが冷遇していたせいで今はあのような扱いだけれど、あなたとの婚約が内定したら、待遇をよくすると約束するわ。決してあなたに不自由な思いはさせない。王子妃として相応の扱いを受けられるようにする」
「いけません、妃殿下。それでは王太子妃子殿下の支持基盤が揺らいでしまいます。こう見えてもわたくし、完璧な令嬢として同年代には慕われておりますのよ?」
「知っているわ、だけど、だけど......! わたくしにとってあなたは娘も同然、見殺しにするなんて......!」
王妃はらしくなく取り乱している。その瞳には涙が浮かんでいた。
――不幸にも、教会から婚約者変更の打診があった時点で、クローディアは王家の秘儀を学んでいた。正確に言えば、街で騒動があったあの日、初めて教えられた。
王家の秘儀を知った人間が王族にならないのならば、それはただの危険人物である。婚約者変更が受け入れられた瞬間、クローディアの処分は定まったのだ。
国王も、実の父も、国益とクローディアの命を天秤にかけ、クローディアを捨てた。クローディアを救わんと足掻いているのは、この王妃だけなのだ。
「確かに、わたくしは己が大切です。処分されるのは……口惜しく思います。けれど、命惜しさに国を揺るがすような真似は、したくありませんわ」
「クローディア......」
王妃の瞳に再び涙が盛り上がる。が、なんとか堪えて無理矢理口角を上げた。
「......あなたの考えは分かったわ。王妃として、あなたの判断に謝意を示します」
「勿体ないお言葉でございます――時に、王太子殿下にこのことは?」
「この後、伝えるつもりよ。先に伝えようかと思ったけれど、あの子が暴走してあなたの元に走りかねないと思ったから......」
正しい判断であろう。今は疎遠になりつつあるが、元々エドワードは情が深い。
「それでは、僭越ながら臣クローディアから三つ、お願いがございます。叶えていただけましょうか?」
「如何なる内容であれど、叶えられるように努力すると約束するわ」
「ありがたきお言葉でございます」
クローディアはその場に跪いた。
「まず、婚約解消を公表するのは半年ほどお待ちいただきたいのです」
「教会との調整もあるから、それは問題ないはずよ」
「ありがとうございます。二点目。王太子殿下には、わたくしが死ぬまで、婚約解消についてお伝えしないでいただきたいのです」
どうして、と王妃は上擦った声をあげる。
「これはあの子の不始末でもあるのよ、早々に知らせるべきよ」
「いいえ。あの方は清すぎる。わたくしの願いを知っても尚、見過ごすなどという真似はできないでしょう」
教会に駆け込んで婚約撤回を訴えるほどではなかろうが、それにしたって処刑回避のために奔走する未来が見える。分かってしまう。
清く正しくあれかしと育てられた王子。その隣に並ぶクローディアは、清濁併せのめる強かさと狡猾さを身に着けた。
だがもう、クローディアはエドワードの隣に立てない。代わりに立つアリスは、エドワード以上に清く、汚れたところを何一つ知らない花畑の住人だ。
清さだけでは国は回らない。穢れを知らないふたりがこのまま国王夫妻になれば、確実に国は傾く。
「――妃殿下。わたくしは怒っているのです」
愚かな行いをしたエドワードとアリスに。
「最後に嫌がらせのひとつくらい、しても許されるでしょう?」
クローディアの死の真実を後から知って、苦しめばいいのだ。己が最たる原因であったことを自覚して、死ぬほど後悔すればいい。贖罪なんて出来ないように、手を尽くしたけど無理だった、なんて言わせないように。
知る努力すらしなかった己を、心の底から恨むように。
「そして最後のお願いとなりますが――今後半年、わたくしの行いを止めないでいただきたいのです」
「.......何をするつもりなの?」
眉根を寄せる王妃に、それは勿論、とクローディアは笑う。
「悪女になるのでございます」




