宿屋。
さっきの街でパンを配り終えて、いまは街並みを外れた道に馬車を走らせている。
「ベリアルさん、今日、自分でパンを配ってみてよかったです。レピアス国では王宮の人達がパンを配ってくれたから。私、何もわかってなかった自分が恥ずかしいです」
ベリアルさんがそっと手を握ってくれた。
「みこちゃんのパン、みんな美味しそうに食べて喜んでくれたじゃない。それにみこちゃんがパンを作ってくれたからみんなが元気になったのよ?それに、そんなこと言ったら、私は王子と言う立場でありながら国の人達を救えなかった自分が恥ずかしいことになっちゃうわよ」
「あっ、ごめんなさい、私、そんなつもりじゃなくて...ベリアルさんが国の人を想って心痛めていたの知ってたのに」
「わかってるわ。だからね、みこちゃんが今日知ったことに傷付いたのなら、みんながパンを食べて元気になったことを素直に喜んであげて、ね?」
そう言ってベリアルさんは優しい笑顔を向けてくれた。
「...はい」
ベリアルさんは一年間この辛い現実を見てきた。それに引きかえ私はこの世界に来てほんの数ヶ月。いまはジルのおかげでいまはプレジールがあって、みんなの闇を払うことができるんだから、自分にできることがあるんだから前を向いて進めばいい。
それなのに立ち止まって感傷に浸って、ベリアルさんのこと遠まわしに責めるみたいになっちゃった...。自分の感情は自分だけが感じるものだけど、結果的に誰かを傷付けてしまうこともあるんだ。
「にゃー」
ジルは私の膝の上でくつろいでいる。私を心配してくれているのが伝わってくる。
今日感じた気持ちは間違っているとは思わないけど、でもこのままじゃダメだよね、ちゃんと気持ちの切り替えないと。
「にゃん!」
「うん、ジルありがとう。大丈夫だよ」
「今日はこの先の街で宿を探しましょう、調理場も借りてパンも作らないとね」
「そうですね、私たくさん作ってみんなに食べてもらえるように頑張ります」
「ふふっ、そうね」
「あ、あの、先ほど配ったパンは美琴さんが作ったものなんですか?」
「はいそうですよ。オリュゾンに行くのにたくさん必要だったので王宮の料理人さん達にも手伝ってもらいましたけどね。闇に取り込まれてしまった人達助けようとしているベリアルさんを見て私も何かできることをしたくて、このパンを作ったんです。だから、今日もたくさんの人を癒すことが出来て本当によかったです」
「美琴さんは、レピアス国の人ですよね、サバナ国の人達にも配っていいんですか?」
「はい?レピアス国の人とサバナ国の人って分ける必要あるんですか?国と国の関係のことは私にはよくわからないですけど、元気がない人がいたら元気になってくれたら嬉しいですよね?」
「マルクス、今回のことは、みこちゃんと相談してレピアス国王にも許可を得ているので何の問題もないのよ、だから可能な限りパンを配りながらの旅をするつもりよ」
「そうだったんですね...」
マルクスさんの顔色が悪くちょっと様子がおかしいような...
「マルクスさん大丈夫ですか?顔色がよくないですよ?」
「いえ大丈夫です。すみません」
「そうですか?無理しないでくださいね、宿に着いたら美味しいもの食べてゆっくりしてくださいね」
「あ、はいありがとうございます」
「...」
ベリアルさんが無言でマルクスさんを見つめていた。
しばらくしてから新たな街に入って、一軒の宿屋に着いた。
外から見る限り薄汚れていて、営業しているのかわからない。
「失礼します。部屋を四部屋お願いしたいのですが、どなたかいらっしゃいませんか?」
ゼファイルさんがドアを開いては入っていった。
中から中年の女性が椅子に座り込んでいた、やる気もなく気力が感じられない。
ゼファイルさんがパンを差し出して食べるように勧めた。しばらく動かなかったがパンを香りに反応した様子。
そして、パンを食べて意識がはっきりした女性は大きな声で
「あらあら、このパンすごいわねぇ。急に元気が出てきたわよ。もう一ついただけるかしら。 ほら、アンタもこれ食べなさいっ」
そう言って、奥にいたご主人らしき人にも食べさせた。
「おぉ~うまいなこのパン。あんなにやる気が出なかったのに、何が入っているんだ?すごいなぁ~」
夫婦で宿屋を営んでいるようで、元気になってもらえてよかった。
「ごめんなさいね。お泊りだっけね。ってあぁこんな状態じゃあ泊めさせられないよ、いまから急いで掃除するから夕飯の時にまた来てくれるかしら」
「はい、わかりました。それでは4部屋と、あと猫もいるのですがいいでしょうか?」
「にゃー!」
「猫?あら、金色とは、珍しい猫ね。本当はダメだけど今日は特別だ、いいよ」
「わぁ、ありがとうございます。ジルよかったねぇ」
「にゃー」
「それとお願いがあるのですが、夜にでも調理場をお借り出来ませんか?」
「さっき食べてもらったパンを作りたいんです!片付けもきちんとしますのでお願いします。」
「まぁそれは構わないけど...焼き立てのパン食べもいいかしら」
「もちろんです!ありがとうございます!!」
「では、後ほどまた来ますのでよろしくお願いいたします」
そうして夕飯までの時間、街の広場に出てパンを配った。
元気になっていく人達を見ると、やっぱり嬉しい、良かったって思う。自分が見ていなかった辛い現実に悲観して自分を責めるよりも、いま感じた嬉しい気持ちを大事にしたいと思った。
アインスさんがしようとしていたこと、私にはやっぱり私には理解できない。やっぱりあのとき協力なんてしなくてよかったって思う。こんなに人々が苦しんでいる姿を見て心が傷付かない訳がない。
自分が傷付いたからってやり返して相手を傷付けてもまた自分が傷付くだけだと思う。
生きていたらいいことばかりじゃないけど、小さくても幸せだと感じるものがきっとあったと思うから、だからアインスさんの心も前よりも少しは晴れていてくれるといいな...。
そして、パンを配り終えてから小麦粉などの材料を買って宿に戻った。材料も買える場所が限られていたけれど手に入れることができてよかった。リリーのように変わっていない人も少なからずいて、心の闇も人によって差があったのは不幸中の幸いかもしれない。
わぁ~っ、さっきとは全然違う、綺麗だし居心地がよくなっている。それにいい匂い。
「お帰り、丁度夕飯ができてるよ、アンタ達のおかげで街に活気が戻って、なんとか食材が手に入ったよ、ほんとありがたいよ」
「いい匂い、夕飯は何ですか?」
「この地域は煮込み料理が伝統料理なんだよ、今日のメインは鹿肉の赤ワイン煮込みだよ」
「鹿肉って私食べたことないです、血生臭いイメージも強くて」
「そりゃあよかった、うちの鹿料理は美味しいからぜひ食べてみな。鹿肉はとにかく下処理と血抜きがちゃんとしてあるかで味が断然、変わっちゃうからね、ほらほら、冷めちゃうから座った座った」
女将さんに急かされて、みんなで席に着いた。
「いただきます...あ、すごく柔らかくて美味しい。それに全然臭くない」
「でしょ、うちの自慢の料理なんだよ」
みんなも美味しく食べている。馬車の長距離の旅はやっぱり疲れるから、こうしてゆっくりご飯が食べられるのは嬉しい。それに誰かに作ってもらう料理は久しぶりで、作ってくれた人の心が伝わってくる、すごく有難い。
「どんどん料理持ってくるからねたくさん食べなね」
キノコや野菜のガーリックオイル炒め、揚げた根菜が乗ったシャキシャキ野菜のサラダに、グラタンなど色々な料理を作ってくれた。見た目は普段食べるような普通の料理だけど見たことのない野菜が使われていて食べていて食べるのが楽しかった。
「それじゃあ好きに使っていいからね」
「はい、ありがとうございます」
みんなはそれぞれ部屋へと分かれて行った。私は調理場を借りてパン作り。
「みこちゃん疲れているでしょ、無理しないでね」
「ベリアルさん、ありがとうございます」
「そう?それじゃあおやすみ」
私の頭を撫でて部屋へと行った。
ベリアルさんに、頭をなでられるのが日常的になってしまって、恥ずかしい気持ちもあるけど、してもらえないと逆に落ち着かないほどになってしまった。
オリュゾンへの旅一日目は、自分が見てこなかった現実に動揺してしまったけれど、レピアス国とは違った街並みを見られて、たくさんの人達と出会えて、美味しいものを食べて楽しかった。
やっぱりパンを食べてもらってみんなに喜んでもらえるのは嬉しい。だから、辛いことがあったら元気になって、嬉しいことがあったら一緒に喜んでもっと嬉しくなってらえるようなお店にしたい、店を開くのがすごく楽しみになってきた。
「にゃー」
「ジル、どうしたの?ってあなた何だか金色が強く、濃くなってる、よね?」
「にゃーん」
前にも思ったときは気のせいかと思っていたけど、明らかに旅に出る前と全然違う。
「何これ、キラキラ、綺麗...パワーアップ?」
「にゃにゃっ」
「えっ冗談で言ったのに本当にそうなの?」
パワーアップって言ってもジルはジルのままだし、明日ベリアルさんに相談してみよう。
ジルの変化でこれからの旅がまた楽しくなる予感がする。明日もいい日になるといいな。
ここまで読んでくださった、みなさまありがとうございます。
みなさんが読んで少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。




