第7話「また会う約束」
夕方の空気が少しずつ冷えてくる。
駅前から少し離れた歩道。
車の音だけが遠くを流れていく。
並んで歩く距離は、さっきと変わらない。
近すぎず、遠すぎず。
その中間。
(……不思議やな)
前なら、この距離は落ち着かなかったはずだった。
何か言わなきゃいけない気がして、焦っていた。
でも今は――
沈黙がそのまま成立している。
「この辺、よく来るんですか?」
れいかが言う。
視線は前のまま。
「……仕事では通りますけど、あんまりゆっくりはないです」
要は少しだけ考えて答える。
「そうなんですね」
れいかは小さく頷く。
それだけで会話は終わる。
でも、続かないことが気にならない。
むしろ、自然だ。
歩く。
信号で止まる。
並ぶ。
その瞬間だけ、距離が少しだけ近くなる。
ほんの少し。
肩が触れるほどではない。
でも、空気が重なる。
「……」
要は前を向いたまま、息を吐く。
れいかは何も言わない。
そのまま青になるのを待つ。
(……この感じ、嫌いじゃないな)
小さく思う。
信号が青になる。
また歩き出す。
少しして、れいかが言う。
「藤村さん」
「……はい」
「今日、話せてよかったです」
その言葉は、軽くない。
でも重すぎもしない。
ただ、真っ直ぐ。
「……俺もです」
要は少しだけ間を置いて答える。
それが自然だった。
れいかは少しだけ横を向く。
ほんの少し。
視線が合う。
すぐに逸らさない。
その一瞬だけで、空気が変わる。
(……)
何かが、確かにそこにある。
でも、言葉にはならない。
しばらく歩いたあと、駅が見えてくる。
れいかが足を止める。
「ここで大丈夫です」
「……はい」
要も止まる。
距離が、少しだけ開く。
それでも、近いままだ。
れいかはバッグを持ち直す。
少しだけ間を置いてから、言う。
「また、こういう時間あったらいいですね」
その言葉は、軽くない。
でも押しつけでもない。
ただ、自然に出ている。
「……はい」
要は答える。
それから、少しだけ迷う。
でも、言う。
「今度は、ちゃんと予定合わせて」
れいかが少しだけ目を見開く。
ほんの一瞬。
でもすぐに、柔らかくなる。
「……いいんですか?」
「……俺から言ったんで」
要は少しだけ笑う。
れいかも小さく笑う。
その表情が、前より近い。
「じゃあ」
れいかが言う。
「ちゃんと約束ですね」
「……はい」
その言葉が、静かに残る。
“また会う”ではなく、“約束”。
その違いが、はっきりしている。
れいかは軽く頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
「……こちらこそ」
短く返す。
れいかは少しだけ歩き出す。
でも、途中で一度だけ振り返る。
ほんの一瞬。
目が合う。
そのまま、軽く会釈して駅へ向かう。
要はその場に残る。
人の流れの中。
少しだけ立ち尽くす。
(……約束か)
胸の奥で、ゆっくり言葉が響く。
ただの会話じゃない。
ただの時間でもない。
“また会う”ではなく、“会う前提”。
それだけで、関係が変わる。
ポケットに手を入れる。
風が少し冷たい。
でも、不思議と嫌じゃない。
(……ええな)
小さく思う。
誰かと繋がっている感じ。
それでも、縛られてはいない。
今の距離。
今の関係。
それが、ちょうどいいと思える。
歩き出す。
駅とは逆方向。
一人の帰り道。
でも、さっきまでとは違う。
完全な一人ではない感覚。
それが、少しだけ残っている。
(……変わってきたな)
自分で分かる。
流されるだけの時間じゃない。
選びながら進む時間。
その始まりが、今ここにある。
夜の空が少しずつ濃くなる。
要はそのまま歩き続ける。
ゆっくりと。
でも、確実に。




