第6話「変わった自分」
待ち合わせの場所に着いたのは、約束の時間より少し早かった。
駅前の、小さなカフェ。
ガラス越しに中が見える。
人は多すぎない。
落ち着いた空気。
(……ここでええか)
自分で選んだ場所だ。
店じゃない場所。
逃げ場じゃない場所。
ドアを開ける。
小さなベルが鳴る。
中に入る。
コーヒーの匂い。
静かな会話。
カウンターの奥で、れいかがこちらに気づく。
目が合う。
一瞬。
それだけで分かる。
「……早いですね」
れいかが言う。
少しだけ笑う。
「……ちょっと早めに来ました」
正直に答える。
嘘をつく理由がない。
れいかは小さく頷く。
「私も、さっきです」
その言い方が、自然だった。
席に向かう。
向かい合う形。
テーブル一枚分の距離。
でも――
その距離が、やけに意識に残る。
「何飲みます?」
れいかがメニューを差し出す。
「……コーヒーで」
短く答える。
れいかが店員を呼ぶ。
注文を済ませる。
それだけのやり取り。
でも、前よりもスムーズだ。
「……仕事、大丈夫でしたか?」
れいかが言う。
「……はい。いつも通りです」
自然に返す。
言葉が詰まらない。
沈黙を怖がっていない。
それだけで、違う。
「れいかさんは?」
「少しバタバタしてました」
軽く言う。
でも、どこか余裕がある。
「でも、来れてよかったです」
その一言が、静かに残る。
「……俺もです」
要は言う。
少しだけ間を置いて。
でも、はっきり。
れいかが、ほんの少しだけ目を細める。
それだけで、空気が柔らぐ。
コーヒーが運ばれてくる。
カップから、湯気が上がる。
その向こうに、れいかの顔。
少しだけぼやける。
でも、視線は逸らさない。
カップを持つ。
指先に温度が伝わる。
一口飲む。
苦味。
でも、嫌じゃない。
「……こういうの、久しぶりです」
要が言う。
れいかが少しだけ首を傾ける。
「カフェですか?」
「……はい。こうやって、ちゃんと会うの」
正直に言う。
れいかは少しだけ考えてから、
「いいと思います」
と静かに言う。
「ちゃんとしてる感じがします」
その言葉に、少しだけ笑う。
「……前は、ちゃんとしてなかったです」
「そうですね」
あっさり返される。
でも、嫌味はない。
「でも」
れいかが続ける。
「今は違いますよね」
まっすぐ言う。
その視線が、少しだけ強い。
「……変わろうとはしてます」
要は答える。
逃げない。
「逃げないように」
付け加える。
れいかはゆっくり頷く。
「それでいいと思います」
その言い方が、やけに落ち着く。
少し沈黙が落ちる。
でも――
今回は違う。
その沈黙が、自然だ。
要はカップを持ったまま、少しだけ前に身体を寄せる。
無意識に。
テーブルとの距離が、ほんの少し縮まる。
れいかも、そのまま視線を外さない。
距離は変わらない。
でも――
空気が近い。
(……)
ふと、気づく。
前なら、ここで逃げていた。
視線を外すか、
無理に話題を作るか。
でも今は――
そのまま、いられる。
「……」
カップを置く。
指先が、テーブルの上に残る。
その位置が、ほんの少しだけ前にある。
れいかの手との距離。
数センチ。
触れようと思えば、触れる距離。
でも――
触れない。
そのまま。
時間が、少しだけ伸びる。
れいかが、ゆっくりカップを持つ。
その動きで、距離が少し変わる。
触れないまま、終わる。
「……」
でも、その一瞬が、はっきり残る。
(……これでええ)
要は思う。
前みたいに、流されていない。
でも、何も感じていないわけでもない。
ちゃんと、意識している。
それが、今の自分だと分かる。
「……この後、少し歩きますか」
要が言う。
自然に。
無理のない流れで。
れいかが少しだけ驚く。
でも、すぐに頷く。
「はい」
短く答える。
迷いはない。
「いいですね」
その一言が、やけに軽い。
会計を済ませる。
外に出る。
夕方の空気。
少しだけ涼しい。
並んで歩く。
距離は、近すぎない。
でも――
遠くもない。
歩幅が自然に合う。
言葉は少ない。
でも、気まずくない。
その沈黙が、心地いい。
「……」
ふと、風が吹く。
れいかの髪が、少し揺れる。
その一瞬、視線が止まる。
でも、すぐに戻す。
(……変わったな)
自分で分かる。
前なら、もっと雑だった。
もっと流されていた。
でも今は――
ちゃんと、選びながら進んでいる。
歩きながら、れいかが言う。
「藤村さん」
「……はい」
「今の方が、いいと思います」
静かに。
でも、はっきり。
「前より」
その言葉が、胸に残る。
「……ありがとうございます」
要は言う。
素直に。
無理なく。
れいかは少しだけ笑う。
それだけで、十分だった。
夕方の光の中。
二人の距離は、変わらない。
でも――
関係は、確実に前に進んでいた。




