第8話「昼の時間」
約束の日は、思っていたよりも早く来た。
昼前の駅。
人の流れは多いのに、どこかゆるい空気がある。
夜とは違う、逃げ場のない明るさ。
(……昼に会うの、久しぶりやな)
そう思いながら、時計を見る。
少し早い。
でも、もう来ている気がしていた。
「藤村さん」
背後から声。
振り返る。
れいかが立っていた。
前よりも、少しだけ柔らかい服装。
でも、派手ではない。
むしろ、静かだった。
「……早いですね」
「同じです」
短いやり取り。
それだけで、空気が整う。
「行きますか」
れいかが軽く言う。
「……はい」
歩き出す。
昼の街。
店の音。
人の声。
その中を、並んで歩く。
夜よりも距離がはっきり見える分、
逆に意識してしまう。
(……近いな)
肩が触れるほどではない。
でも、すぐ横にいる。
その“見えてしまう距離”が、妙に落ち着かない。
れいかは特に気にしていないように歩いている。
その自然さが、逆に効く。
カフェに入る。
窓際の席。
外の光が強く差し込む。
向かい合う。
夜よりも距離がはっきりする。
「こういうの、慣れてないですか?」
れいかが言う。
「……昼に会うのは、あんまり」
正直に答える。
れいかは小さく頷く。
「でも、悪くないですね」
「……はい」
その通りだった。
夜の曖昧さもいいが、
昼の“見えてしまう距離”も悪くない。
コーヒーが運ばれてくる。
カップを持つ。
光が当たる。
れいかの指が見える。
その動きが、妙に静かだ。
「藤村さん」
「……はい」
「前より、話しやすいです」
その言葉は、軽いようで重い。
「……そうですか」
少しだけ間を置いて答える。
「前は、少し急いでる感じがありました」
れいかは続ける。
逃げるような言い方じゃない。
ただの観察。
「……たぶん、そうだったと思います」
要は認める。
否定はしない。
れいかは少しだけ目を細める。
「今は違いますね」
「……はい」
その一言に、嘘はない。
沈黙が落ちる。
でも、昼の沈黙は夜と違う。
重くならない。
光があるからだ。
要はカップを持ったまま、少しだけ前に出す。
無意識に。
テーブルの距離が、ほんの少し縮まる。
れいかも、気にしない。
そのまま。
(……)
ふと気づく。
何もしていないのに、距離が近くなっている。
夜は意識して近かった。
でも今は、自然に近い。
それが、逆に危ない。
「午後、このあと少し歩きますか?」
要が言う。
自分から。
前よりも一歩早い。
れいかは少しだけ驚く。
でも、すぐに頷く。
「いいですね」
短く。
でも迷いはない。
店を出る。
昼の光。
まぶしいほどではないが、はっきりしている。
並んで歩く。
影が地面に落ちる。
その距離も、はっきり見える。
「こういう時間って、あんまりないです」
れいかが言う。
「仕事以外で会うの」
「……そうですね」
要は答える。
その通りだった。
夜の流れでもない。
偶然でもない。
ただの“昼の時間”。
それが、逆に特別に感じる。
信号で止まる。
隣に並ぶ。
今度は肩がほんの少しだけ触れる。
一瞬。
でも、離れない時間がある。
どちらも動かない。
数秒。
ただそれだけ。
やがて青になる。
何もなかったように歩き出す。
でも――
その感覚は残る。
(……今の、ええな)
小さく思う。
前なら気づかなかった距離。
今は、分かってしまう。
「藤村さん」
れいかが言う。
「はい」
「今の方が、ちゃんと見えてる感じがします」
「……見えてる?」
「はい」
少しだけ間を置いて。
「自分のことも、人のことも」
その言葉が、静かに刺さる。
でも、嫌じゃない。
むしろ――
しっくりくる。
「……そうかもしれないですね」
要は答える。
素直に。
れいかは少しだけ笑う。
それだけで、空気が柔らかくなる。
歩き続ける。
昼の街。
人の中。
でも二人だけ、少し違う時間を歩いている。
距離は近いまま。
でも、焦りはない。
ただ、進んでいる。




