第4話「偶然じゃない再会」
昼過ぎの現場は、少しだけ空気がぬるかった。
荷下ろしを終えて、伝票にサインをもらう。
いつも通りの流れ。
誰とも深く関わらない仕事。
「……」
ペンをポケットに戻す。
これで終わり。
そう思って、トラックに戻ろうとしたときだった。
「藤村さん?」
声がする。
聞き覚えのある声。
でも、ここで聞くはずのない声。
振り返る。
れいかが立っていた。
少し離れたところ。
作業着じゃない、きれいめの服。
でも、この場所に違和感はない。
「……れいかさん」
少しだけ間があって、名前が出る。
れいかが、軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
その言い方が、やけに自然だった。
「……どうしてここに?」
率直に聞く。
れいかは少しだけ首を傾ける。
「ここの会社、取引先なんです」
あっさり答える。
現実的な理由。
作られた偶然じゃない。
「……そうなんですね」
要は小さく頷く。
それだけで、少しだけ空気が落ち着く。
「藤村さんは、配送ですか?」
「……はい。さっき終わりました」
短く答える。
れいかは周りを少しだけ見て、
「忙しそうでしたね」
と言う。
「……まあ、いつも通りです」
会話は、淡々としている。
でも――
どこか前より近い。
無理に距離を詰めていないのに、
自然に同じ場所に立っている感じ。
「……少しだけ、時間ありますか?」
れいかが言う。
ほんの少しだけ間を置いて。
「……大丈夫です」
要はすぐに答える。
迷いはなかった。
れいかは小さく頷く。
「じゃあ、あそこ」
少し離れた自販機を指す。
人の流れから少し外れた場所。
“ちょうどいい距離”だった。
並んで歩く。
歩幅が自然に合う。
何も言わない時間が続く。
でも、気まずくない。
むしろ――
落ち着いている。
自販機の前で止まる。
れいかがコインを入れる。
「何にします?」
「……じゃあ、同じので」
自然に出た言葉。
れいかが少しだけ笑う。
「分かりました」
ボタンを押す。
缶が落ちる音。
二つ取り出して、一つを差し出す。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
受け取る。
指が、ほんの一瞬触れる。
ほんのわずか。
でも――
その一瞬が、はっきり分かる。
どちらも、すぐには離さない。
ほんの少しだけ、間がある。
それから、自然に離れる。
「……」
缶を開ける音。
小さく響く。
一口飲む。
冷たさが、やけに強く感じる。
れいかも同じように飲む。
その横顔が、少しだけ近い。
でも、見すぎない。
視線を戻す。
「……最近、来てないですよね」
れいかが言う。
店のこと。
はっきりとは言わない。
でも、分かる。
「……はい」
短く答える。
「行ってません」
そのまま続ける。
れいかは小さく頷く。
「そうなんですね」
それだけ。
責めない。
聞きすぎない。
でも、ちゃんと受け取っている。
「……少し、考えてて」
要は言う。
自分でも、自然に出た言葉だった。
「……はい」
れいかは視線を向ける。
まっすぐ。
逃げ場のない優しさ。
「ちゃんと決めようと思ってます」
続ける。
一章の時とは違う。
言葉に重さがある。
れいかは、少しだけ目を細める。
「いいと思います」
静かに言う。
「その方が、後で楽です」
その言い方が、れいからしい。
「……そうですね」
要は小さく笑う。
ほんの少しだけ。
空気が、柔らぐ。
沈黙が落ちる。
でも――
今回は違う。
その沈黙が、心地いい。
逃げるための沈黙じゃない。
同じ場所にいるための沈黙。
「……あの」
要が言う。
少しだけ、言葉を選ぶ。
「今度、もしよかったら」
れいかが、少しだけこちらを見る。
「店じゃないところで」
そこまで言って、止まる。
でも――
言い切る。
「会えませんか」
はっきりと。
逃げない。
れいかは、一瞬だけ驚いた顔をする。
ほんの少し。
それから――
ゆっくり頷く。
「……はい」
短く答える。
でも、その一言に迷いはない。
「予定、合わせます」
続けて言う。
その言葉が、しっかり残る。
「……ありがとうございます」
要は言う。
自然に。
無理のない言い方。
れいかは少しだけ首を振る。
「こちらこそ」
それから、少しだけ間を置いて、
「楽しみにしてます」
小さく言う。
その一言が、やけに響く。
少しして、れいかが時計を見る。
「そろそろ戻ります」
「……はい」
要も頷く。
缶をゴミ箱に入れる。
れいかが軽く頭を下げる。
「また」
「……はい」
短く返す。
れいかはそのまま歩き出す。
振り返らない。
でも――
距離が離れていくのが、少しだけ分かる。
要はその場に少し残る。
胸の奥が、ゆっくり動いている。
さっきまでの一人の時間とは違う。
でも――
流されていない。
ちゃんと、自分で動いた。
それがはっきり分かる。
「……」
小さく息を吐く。
それから、トラックに戻る。
ドアを開ける。
乗り込む。
エンジンをかける。
振動が身体に伝わる。
でも――
さっきまでより、少しだけ軽い。
(……ええ感じやな)
ぽつりと思う。
無理じゃない。
自然な流れ。
それが、今の自分にはちょうどよかった。
車を出す。
午後の光の中へ。




