第3話「一人の夜の重さ」
目が覚めたのは、まだ外が暗い時間だった。
時計を見る。
中途半端な時刻。
もう一度寝ようと思えば寝られる。
でも――
目は冴えていた。
「……」
天井を見る。
静かだ。
音がない。
それが、少しだけ気になる。
(……こんな早く起きること、あったか)
思い返す。
最近は、目覚ましで無理やり起きることがほとんどだった。
でも今日は違う。
自然に目が覚めている。
理由は分かっている。
“何もしていない時間”が増えたからだ。
ゆっくり起き上がる。
身体が少しだけ重い。
でも、嫌な重さじゃない。
寝不足でもない。
ただ――
考える時間が増えた分の、重さ。
キッチンに向かう。
水を飲む。
冷たさが、喉を通る。
その感覚が、やけにはっきりしている。
(……静かやな)
また同じ言葉が浮かぶ。
でも、昨日とは少し違う。
“静かさ”に慣れ始めている自分がいる。
ソファに座る。
まだ外は暗い。
テレビはつけない。
スマホも触らない。
ただ、そのまま座る。
時間が、ゆっくり流れる。
(……こんな時間、前は無駄やと思ってたな)
何もしていない時間。
誰とも関わらない時間。
それは、避けるものだった。
でも今は――
少しだけ違う。
避けていない。
ただ、受けている。
「……」
背もたれに身体を預ける。
目を閉じる。
浮かぶのは、やっぱりあの場所だ。
カウンター。
近い距離。
隣に誰かがいる感覚。
ようこの、あの落ち着いた声。
れいかの、静かな視線。
なおみの、迷いを消す強さ。
(……)
全部、鮮明だ。
消えない。
でも――
今は、手を伸ばさない。
それが、少しだけしんどい。
「……」
小さく息を吐く。
胸の奥が、少しだけ詰まる。
(……これが、一人ってことか)
今までの“ひとり”とは違う。
知らなかった時の一人と、
知ってしまった後の一人は、別物だった。
重さが違う。
温度が違う。
でも――
逃げたくはない。
「……」
ゆっくり目を開ける。
外が、少しだけ明るくなっている。
夜と朝の境目。
その曖昧な時間が、今の自分に似ている気がする。
完全に切り替わってはいない。
でも、戻る気もない。
(……仕事行くか)
立ち上がる。
準備を始める。
いつもの動き。
でも、少しだけ丁寧だ。
時間に追われていない分、
一つ一つの動きがゆっくりになる。
鏡の前に立つ。
自分の顔を見る。
昨日よりも、少しだけ落ち着いている。
「……悪くないな」
小さく呟く。
その言葉に、無理はない。
車に乗る。
エンジンをかける。
朝の空気。
少し冷たい。
ハンドルを握る。
その感触が、しっかりしている。
(……今日も、寄らへん)
頭の中で、確認する。
昨日と同じ決断。
でも――
昨日よりも、少しだけ軽い。
車を走らせる。
街が、ゆっくり動き出している。
人の流れ。
信号。
いつもの景色。
でも、少しだけ違って見える。
(……ちゃんと、進んでるな)
大きな変化はない。
誰かと会っているわけでもない。
何かが劇的に変わったわけでもない。
でも――
確実に、前とは違う。
その実感だけが、静かに積み重なっている。
仕事場に着く。
トラックを降りる。
空はもう明るい。
一日が始まる。
「……」
深く息を吸う。
少しだけ、胸が軽い。
まだ迷いはある。
まだ揺れる。
でも――
逃げていない。
それだけで、十分だった。
その日の夜。
帰り道。
また、あの通りが近づく。
ネオンが見える。
昨日と同じ景色。
(……)
ほんの一瞬だけ、迷いがよぎる。
でも――
ハンドルは、動かない。
そのまま通り過ぎる。
昨日よりも、自然に。
(……慣れてきたな)
小さく思う。
それが良いことなのかは、分からない。
でも――
自分で選んでいる。
それだけは、はっきりしている。
家に帰る。
静か。
何もない。
でも――
昨日よりも、少しだけ落ち着いている。
ソファに座る。
深く息を吐く。
「……」
そのまま目を閉じる。
浮かぶものはある。
消えない。
でも――
振り回されてはいない。
(……これでええ)
ゆっくり思う。
一人の夜は、まだ重い。
でも、その重さを持ったままでも、
前に進める気がしている。




