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第83話――魔女っ子ウィンちゃんの素敵な魔法☆――


 昼食を終えた後。

 ホークスはふと予定表に目を落とした。

(……あの教師の授業か)

 午前に受けたメイジの講義。

 態度は気に食わない。

 だが――

(あのマジックシールドの理屈は使える)

 思考を整理する。

(もう少し聞いておくか)

 純粋に、学ぶためだけに。

 ホークスは教室へと向かった。

 一方で――

「エルミナさん、どの授業がいいかな?」

 ウィンが楽しそうに尋ねる。

「……何を学びたいのですか?」

「使える魔法、増やしたいです!」

 即答。

 エルミナはわずかに微笑み――

「それでしたら、基礎魔法の講義がよろしいかと?」

「初心者向けですが、理解を深めるには最適です」

「なるほど」

「高位の魔法使いでも、このような基礎的な授業は、術式の見直しの為に受けたりしますよ」

「それ行きます!」

 ウィンは迷いなく教室へ向かった。


 ――その会話を。

 少し離れた位置で、静かに聞いている少女がいた。

 炎魔将派閥。

 その中心に立つ者。

 セリス・ヴァルディエール侯爵令嬢。

(……あの子が)

 視線は、ウィンへ。

(闇魔将の傍にいた娘)

 そして思い出す。

 先程の決闘。

(あれほどの実力者……取り込めば家の力になる)

 冷静な計算。

(ですが本人は扱いづらい)

 だから――

(あの子を使えばいい)

 結論は早い。

(謝罪を口実に接近し、関係を築く)

(その上で闇魔将と繋がる)

 完璧な流れ。

(……簡単ですわね)


 教室。

 ウィンが席に座る。

 その背後から、静かな声。

「……お隣、よろしいかしら?」

 ウィンが振り返る。

「あっ……」

 昨日の記憶。

 少し警戒する。

 セリスは、自然な動作で頭を下げた。

「先日は失礼いたしました」

「もしよろしければ」

 柔らかな微笑。

「仲良くしていただけませんか?」

「うん、いいよ!」

 即答。

「よろしくね!」

 満面の笑顔。

(……やはり単純ですわね)

 想定通り。

(これなら――)

 授業が始まり、ウィンは必死にノートを書く。

「……あれ……?」

 詰まる。

 セリスは横目で確認する。

(基礎が甘い……)

 自然に手が動く。

「ここ、式が逆ですわ」

「えっ!?ほんと!?」

 ウィンが顔を上げる。

 そして――

「すごい……!全然気づかなかった……!」

「ありがとう!!」

(……え?)

 思考が止まる。

(今の……何?)

 これは知らない反応。

 社交でも、打算でもない。

 ただの――

 純粋な感謝。


 ヴァルディエール家の令嬢として、完璧を求められる日々。

 できて当たり前、できなければ失望される。

 そんな彼女の今までの人生で。

 初めて向けられる純粋な感謝の言葉。

(……こんなことで感謝を?)

 胸の奥が、わずかに熱を持つ。

 戸惑う。

 だが、口はいつも通り。

「……この程度、当然ですわ」

 だがその声は、わずかに柔らかかった。

 その後も――

 ウィンは詰まり。

 セリスが教える。

「ここは一度簡略化して――」

「最低限発動できる形にするのです」

 説明は次第に丁寧になる。

「えっ、すごい……!」

「それなら私でもできそう!」

「ありがとう!!」

 何度も向けられる笑顔。

(……なに、これ)

 ウィンの口から出る純粋な感謝の言葉に、胸が満たされていく。

(こんな……簡単なことで)

 セリスは今まで打算の無い称賛を受けたことがなかった。

 今まで知らなかった感覚。

 認められる。

 喜ばれる。

(……もっと教えてあげたい)

 気づけば、そう思っていた。

 最初の目的は、もうどこにもない。

「ねぇ!これ試してみたい!」

 ウィンが立ち上がる。

「付き合ってくれる?」

「……ええ、もちろんですわ」

 即答、そこに迷いはない。


 その頃。

 ホークスは授業を終え、ウィンを探していた。

(……いた)

 見つける。

 ウィンと――

 セリス。

(……昨日の炎魔将派閥の令嬢か)

 だが。

 二人の距離は近い。

 自然な会話。

「さっきのすごかったよ!」

「……そう、それは何よりですわ」

 柔らかい空気。

(……仲良いな)

 一瞬考える。

 だが――

 ウィンは笑っている。

(……まぁいいか)

 ホークスは気配を消し、距離を取る。

(とりあえず様子見だな)

 そう判断し。

 二人が並んで訓練場へ向かう背中を、静かに見送った。


 訓練場。

 石畳の広場に、魔法の光が散る。

 その一角。

 柱の陰に、静かに立つ影があった。

(……あれが。闇魔将の傍にいた少女……)

 そして、その隣にいるのは――

(ヴァルディエール……なるほど)

 理解する。

 彼女の名は――

セレフィーナ・ヴァルシュトルム伯爵令嬢

 元・闇魔将派閥。

 だが今は、風魔将派閥の末席。

(このままでは、何も成せずに終わる)

 家の立場。

 自分の価値。

(上に行くには――)

 視線が向く。

 ウィンへ。

(あれを使えばいい)

 静かな決意。

 一方。

「よーし……やってみるね!」

 ウィンが杖を構える。

「――風よ、集まって!」

 ウィンド。

 発動。

 だが――

 風は散り、弱くマジックドールに当たる。

「うーん……弱いかも……?」

 セリスが一歩前に出る。

「風魔法は――」

 自然に、言葉が出る。

「威力を維持したまま飛ばすのが難しい属性ですわ」

「拡散しやすいのです」

 ウィンは真剣に聞く。

「そっか……」

 その様子を見て、セリスの胸がわずかに温かくなる。

(……私の話をちゃんと聞いていますのね)

 そして、少しだけ柔らかくなる。

「わたくしは炎が専門ですが――」

「構成は似ています」

「ある程度なら応用できますわ」


「でしたら――」

 静かな声。

 セレフィーナが姿を現す。

「もう少し単純に考えてもよろしいかと」

 優雅な一礼。

「風は“形”より“流れ”です」

 指先で空気をなぞる。

「多少粗くても構いません」

「流れに乗せて飛ばす」

「その方が射程は出ます」

 セリスの視線がわずかに鋭くなる。

(……割り込みですの?)

 だが――

「……一理ありますわね」

 否定はしない。

 それよりも――

 ウィンの反応を見ている。

「えっ、そうなんだ!?風魔法だと他の魔法とちょっと違うんだね!?」

 目を輝かせる。

「もっと教えてくれる?」

 無邪気な一言。

「かまいませんよ」

(……簡単ね)

 計算通り。

 だが次の瞬間。

「ありがとう!!」

 笑顔。

(……これは?)

 その笑顔に、胸が微かに揺れる。


 ウィンが再び詠唱。

 今度は流れを意識。

 風は粗いが――

 先程より飛ぶ。

「わっ!強くなった!」

 嬉しそうに笑う。

「言われた通りにしたらさっきより良くなったよ!ありがとうね!」

 セレフィーナへ。

(……)

 一瞬、言葉を失う。

 利用し、利用され、貴族の醜い権力争いの中、必死に戦ってきた彼女の乾いた心に、ウィンの純粋な感謝の言葉がじわりと染みる。

(……何故この程度で……こんなに…喜ぶの?)

 その後――

「ここはこうして――」

「流れを切らないように……そう」

 セレフィーナの説明は止まらない。

 気づけば。

 “教えている”。

 完全に変化していた。

「もう一度やってみて」

「今のは良いですわ、ですがここを――」

 二人とも、完全に指導側。

 そして。

 視線は常にウィン。

(……この子)

 教えるたびに――

 笑う。

 喜ぶ。

 褒める。

(……こんなにも、素直に)

 気づけば。

(もっと、見ていたい)

(……不思議ね)

 利用するはずだった。

 だが今は――

(教えるのが、楽しい)

「これ、カーテンの魔法に似てる気がする!」

 ウィンの一言。

 セリスが反応する。

「……確かに」

「魔力の広げ方は似ていますわ」

「炎式で展開すれば――」

「威力と効率は上がります」

「ですが発生が遅れます」

 セレフィーナが続ける。

「ならば――」

「部分的に魔力を強くすれば短縮できます」

「ただし効率は落ちますが」

 二人の視線が交わる。

 競争ではない。

 純粋な議論

「えっと……半分くらいしかわかんないけど!」

「2人ともすごいよ!!」

 満面の笑み。

 ――その一言で。

 二人とも、完全に“持っていかれる”。

「忘れる前に今の魔法の話まとめようよ!」

 ウィンがノートを開く。

 三人で並ぶ。

 自然に。

「ここはこうですわ」

「この流れを残して……」

 書き込まれていく理論。

 そこにはもう――

 派閥も。

 打算も。

 存在しない。

 ただ。

 ウィンを中心にした、静かな学び。


 少し離れた場所。

 ホークスがそれを見ていた。

(……なんか増えてるな)

 先程の炎の令嬢。

 そして――

 知らないもう一人。

 だが。

 三人とも笑っている。

(……まぁいいか)

 そう判断する。

 ただ。

(……いや、ちょっと増え方おかしくないか?)

 ほんの少しだけ違和感を覚えながら。

 ホークスは静かにその場を離れた。


第83話―終


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