第82話――語られる真実――
騒然とした空気を抜けて。
まるで何事もなかったかのように。
ホークスとウィンは食堂へ入る。
喧騒。
食器の音。
料理の匂い。
先程までの殺気が、嘘のようだった。
「……で、何食う?」
ホークスはメニューを眺めながら言う。
ウィンは一瞬、ぽかんとする。
「……さっきまで決闘してたよね?」
「してたけど、腹は減るだろ」
あまりにも自然な返答。
ウィンは苦笑しながら注文する。
ホークスは――
肉の盛り合わせ。
ビーフシチュー。
さらに、追加でステーキ。
ウィンは――
パンと肉の盛り合わせ。
サラダ。
「……食べすぎじゃない?」
「さっきの決闘が不完全燃焼でな」
「食って憂さ晴らしだ」
当たり前のように言う。
席につき、食事を始める。
肉を切る音。
湯気。
ようやく、空気が落ち着く。
――その時。
「……ホークス様」
静かな声。
顔を上げると。
エルミナが、そこにいた。
そして――
膝をつく。
周囲の数人が、それに気づいてざわめく。
ホークスは眉をひそめる。
「……なんで膝ついてるんだ?」
一拍。
「あと、なんで敬語だ?」
エルミナは、視線を落としたまま答える。
「……身分が違いますので」
硬い声。
「そして……」
少しだけ、言葉が詰まる。
エルミナは静かに膝をついたまま、深く頭を垂れる。
「……この度は」
一拍。
「私のような者のために、わざわざお言葉を尽くしていただき――」
声は落ち着いている。
だが、その奥には確かな重みがある。
「誠に、ありがとうございます」
無駄のない礼。
過剰でも、卑屈でもない。
だが――
それだけでは終わらない。
「本来であれば、私自身が受け止めるべき侮辱でした」
顔は上げない。
「それを他者に正させてしまったこと、学ぶ者として恥じ入るばかりです」
言葉に、自己認識がある。
「……それでも尚」
わずかに息を整える。
「貴方様があの場で示された在り方は、私にとって軽んじてよいものではありません」
ここで、ようやく少しだけ顔を上げる。
「ゆえに――」
「礼を述べることだけは、どうかお許しください」
再び、深く頭を下げる。
「私のために……ルヴェリオに謝罪を求めていただき……」
小さく息を吸う。
「……ありがとうございました」
丁寧すぎるほど丁寧な礼。
まるで、“線を引く”ような距離。
ホークスは、ため息をつく。
「堅っ苦しいな―」
「……まず膝つくな」
即答。
「あと敬語もいらねぇ」
ナイフを置き、エルミナを見る。
「飯食ってる最中だ」
一拍。
「お前も食え」
さらに。
「どうせ話すなら、食いながらでいい」
あまりにも雑で、あまりにも自然。
エルミナは、固まる。
「……え?」
一瞬、理解が追いつかない。
だがホークスは、もう肉を切っている。
「ほら、冷めるだろ」
完全に日常。
エルミナは数秒、固まる――
ゆっくりと立ち上がる。
そして。
無言で食堂の受付へ向かう。
簡単な料理を受け取り、戻ってくる。
その動きはまだ、どこかぎこちない。
席の前で、立ち止まる。
ホークスは一瞥して言う。
「ウィンの隣、空いてるだろ」
ウィンがぱっと顔を上げる。
「はい、ここ座れますよ!」
エルミナは小さく頷き。
「……失礼します」
そっと座る。
少しの沈黙。
ホークスは、何気なく口を開く。
「で、一応言っとくけどな」
フォークを持ったまま。
「俺はギルドメンバーだ」
一拍。
「六魔将は“ついで”みたいなもんだ」
エルミナの手が止まる。
「……え?」
思わず顔を上げる。
ホークスは気にせず続ける。
「頼まれたからやってるだけだ」
「ついでに言うと貴族じゃないから家名も無い」「身分はエルミナと大して変わらんよ」
あまりにも軽い。
だが――
その“軽さ”が異常。
エルミナの表情が、崩れる。
ホークスはさらに続ける。
「今回ここ来たのも、カトレアの推薦だ」
その名前。
エルミナの目が見開かれる。
「……カトレア……?」
かすれる声。
ホークスは頷く。
「あいつ、俺と同じランクXだしな」
――沈黙。
完全に、思考が止まる。
「……は……?」
ウィンも横で固まる。
「え、ちょ、ちょっと待って……!?」
エルミナの中で、何かが崩れる。
“届かなかった存在”。
“追いつけなかった天才”。
それが――
同じ領域にいる人間の口から、軽く語られる。
ホークスは、肉を口に運びながら言う。
「まぁでも」
一拍。
「これは一応、内緒にしとけ」
何でもないことのように。
だが。
エルミナは、完全に圧倒されていた。
言葉が、出ない。
ただ――
自分が引いた“線”が、
一方的に踏み越えられたことだけが、はっきりと分かっていた。
ウィンは、固まっていた。
「……え?」
ゆっくりと、ホークスを見る。
「ランク……X……?お兄ちゃんとカトレアが?」
その言葉が、現実として処理できない。
ホークスは、ナイフを動かしながら首を傾げる。
「……言ってなかったっけ?」
軽い。
あまりにも軽い。
だがウィンの中では――
それは“伝説”だった。
ギルドの最上位。
存在すら秘匿される者達。
その一人が――
「……目の前にいる……?」
声が、震える。
ホークスは気にせず続ける。
「まぁ俺がランクXなのは別にいいんだよ」
一口、肉を口に入れる。
「闇魔将の演説でも言ってるしな」
淡々とした口調。
「ただ――」
フォークを軽く向ける。
「他のランクXは秘匿だ」
一拍。
「だから、カトレアに関しては他言無用な」
軽く言っているが、内容は重い。
ウィンは、こくりと頷く。
そして――
ゆっくりと背筋を伸ばす。
「……ホークス……様……」
言いかける。
その瞬間。
「やめろ」
即座に遮る。
ホークスは、少しだけ呆れたように笑う。
「俺が何になっても」
一拍。
「ウィンはウィンだろ」
視線を向ける。
「大事な妹なのは変わらねぇよ」
そう言って、ステーキを頬張る。
あまりにも自然に。
ウィンの目が、揺れる。
少しだけ、力が抜ける。
「……うん」
小さく、笑う。
その空気の中で。
エルミナは、まだ硬い。
手を止めたまま。
視線を落としながら――
「……あの……」
恐る恐る口を開く。
「この学園には……何をしに来られたのですか……?」
敬語が抜けない。
だが、それでも“聞こうとしている”。
ホークスは、特に気にした様子もなく答える。
「闇魔将になるにあたってな」
一拍。
「部隊を作ることになった」
エルミナの目が、わずかに動く。
「志願者も集めた」
ナイフを置く。
「……が」
一瞬だけ、視線が落ちる。
「俺は魔法を教えられるほど理解してなかった」
淡々とした自己認識。
言い訳も、飾りもない。
「だからカトレアに相談した」
そして。
「そしたらここを紹介された」
それだけ。
だがその流れは――
最上位の人間同士の会話。
エルミナは、言葉を失う。
ホークスは続ける。
「授業は悪くねぇ」
一口、シチューを口に運ぶ。
「今のところは満足してる」
率直な評価。
だが。
「……ただ」
一拍。
「貴族派の歪みは――」
わずかに目を細める。
「正直、うっとおしいな」
はっきりと言い切る。
周囲の空気が、一瞬だけ揺れる。
エルミナは、小さく息を吸う。
そして、ゆっくりと答える。
「……はい」
その声には、重みがあった。
「学園長を筆頭に……」
一拍。
「この歪みを正そうと、動いてはいます」
だが。
視線が、わずかに落ちる。
「……しかし」
「先代風魔将が築いた“貴族派の空気”が……」
言葉を選びながら。
「今も、根強く残っていて……」
拳が、わずかに握られる。
「……苦戦しているのが現状です」
その言葉には。
悔しさと、諦めと、未練が混ざっていた。
一瞬、静かになる。
食器の音だけが響く。
ホークスは、何も言わない。
ただ、食べる。
その沈黙が――
エルミナにとっては、妙に重かった。
否定もされない。
慰めもされない。
ただ、受け止められる。
それだけで――
逃げ場がなくなる。
わずかな沈黙。
食器の音だけが、静かに響く。
エルミナはまだ、どこか居心地が悪そうにしていた。
先程の礼。
その距離。
それが、宙に浮いたままになっている。
ホークスはそれを横目で見て――
「……なぁ」
何気なく口を開く。
「もしよかったら」
一拍。
「俺らの授業の復習、見てもらえないか?」
あまりにも自然な提案。
エルミナの思考が、一瞬止まる。
「……え?」
理解が追いつかない。
エルミナは、言葉を探す。
「……それは……」
目線がわずかに揺れる。
自分が“頼られる側”になることへの、戸惑い。
ホークスは淡々と続ける。
「この学園来たのはな」
「ウィンの魔法の勉強もある」
ウィンが少し背筋を伸ばす。
「……それと」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「俺自身の勉強もだ」
自嘲ではない。
ただの事実として。
「正直、俺は教えるのに向いてねぇ」
あっさり言い切る。
「理解はしてても、“教える”のは別だ」
一拍。
「それに俺も授業受けてるからな」
フォークを軽く回す。
「二人分見るのは、普通にきつい」
無理も誇張もない言葉。
「だから――」
エルミナを見る。
「見てくれる奴がいると助かる」
エルミナの胸の奥で、何かが揺れる。
頼られている。
だが――
「……ですが、それでは……」
言葉を選ぶ。
「先程のお礼としては、あまりに軽すぎます」
真っ直ぐな否定。
それは礼儀であり、矜持。
ホークスは、少しだけ目を細める。
「軽くねぇよ」
即答。
迷いがない。
「俺が魔法を理解するってことは」
一拍。
「闇魔将の部隊の強化に直結する」
空気が、わずかに変わる。
「それは――」
視線がまっすぐ向く。
「国にとっても意味があることだ」
静かだが、重い言葉。
「だから」
フォークを置く。
「お前がそれを手伝うなら」
一拍。
「充分すぎるくらい価値がある」
エルミナは、言葉を失う。
これは“施し”ではない。
対等な依頼。
そして――
明確な“役割”。
胸の奥に、じわりと熱が灯る。
かつて、教壇に立っていた自分。
誰かに教え、導いていた自分。
それが――
再び必要とされている。
エルミナの指先が、わずかに震える。
だがそれは、恐れではない。
抑えていた何かが、動き出した感覚。
ゆっくりと、顔を上げる。
まだ迷いはある。
だが――
逃げる理由は、もうない。
第82話―終




