第81話――まさかの来訪者――
――その時。
「……それくらいにしておいたらどうですか?」
静かな声。
だが――
その一言で、空気が変わった。
張り詰めていた殺気が、わずかに揺らぐ。
ホークスが、ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは――
風魔将シェルク。
整った佇まい。
無駄のない立ち姿。
だがその奥にあるのは、明確な“上位者の気配”。
観客の一部が息を呑む。
(……風魔将様……!)
シェルクは、静かに歩く。
倒れたルヴェリオの元へ。
その姿を見た瞬間――
「シェルク様ぁ!!」
ルヴェリオが這い寄る。
地面に擦りつくように。
「庶民に……不当な暴力を……!!」
涙。
鼻水。
痛みと恐怖でぐちゃぐちゃになった顔。
先程までの威厳は、影もない。
イフリートに転がされていた取り巻き達も、必死に集まる。
「あいつが……!」
「あの庶民が全部……!」
口々に責任を押し付ける。
醜い。
あまりにも露骨な、弱者の群れ。
ホークスはそれを見下ろし、鼻で笑う。
「……ずいぶん慕われてるんだな」
軽い口調。
だが、明確な皮肉。
シェルクは小さく肩をすくめる。
「まったく……困ったものですね」
視線は一切揺れない。
そして、ホークスへ。
「この件ですが――」
一拍。
「私の顔を立てて、ここでお開きにしていただけませんか?」
柔らかい。
だが――
拒否を許さない言い方。
ホークスの目が細まる。
「断る」
「……お前の頼みでも」
一歩、踏み出す。
「このままじゃ引き下がらねぇぞ」
殺気が、再び立ち上がる。
「なんなら――」
視線が、真正面から突き刺さる。
「お前もやるか?」
空気が、凍る。
観客の誰もが、息を止める。
シェルクの足が、わずかに止まる。
そして――
ほんの僅かに、構えを取る。
風が揺れる。
だが。
すぐに、その力を収めた。
「……今回は、こちらの落ち度です」
静かに。
「ですので――」
「ホークス殿の納得する形で、手打ちにしましょう」
完全な譲歩。
その言葉に。
「は……?」
ルヴェリオが、呆然とする。
「な、なぜ……その庶民の言いなりに……」
言い終える前に。
シェルクの視線が落ちる。
ただ、それだけで。
ルヴェリオの喉が止まる。
声が、出ない。
シェルクは淡々と告げる。
「理解していないようなので、教えて差し上げます」
一切の感情を排した声。
「その方は――」
一拍。
「私と同じ、“六魔将”の一人」
「現闇魔将のホークス殿です」
空気が、凍りつく。
観客がざわめく。
ルヴェリオの顔色が、真っ白になる。
「……っ……」
シェルクの視線がさらに落ちる。
「身分違いは――」
「貴様の方だ」
静かな怒り。
それだけで、完全に押し潰される。
ルヴェリオは、震えながら頭を下げる。
「も、申し訳……ありませんでした……!!」
地面に額がつくほど、低く。
先程とは別人のように。
ホークスは、それを見下ろし――
「……もういい」
興味を失ったように言う。
そして振り返る。
イフリートへ軽く手を上げる。
「助かった」
イフリートは鼻を鳴らす。
「退屈しのぎにはなった」
炎が揺らぎ――
その姿が消える。
ホークスは、まるで何事もなかったかのように。
「ウィン、昼飯行くぞ」
声をかける。
ウィンは一瞬遅れて、我に返る。
「え、あ……う、うん!」
慌てて駆け寄る。
その背に、声がかかる。
「……そのご令嬢は?」
シェルク。
ホークスは立ち止まり――
ウィンの肩を引き寄せる。
ぐっと、近くに。
「こいつは――」
一拍。
「俺の一番大切な妹だ」
空気が、重くなる。
そして。
「手ぇ出してみろ」
顔だけ振り返る。
「お前の領地ごと――」
殺気が爆発する。
「根絶やしにする」
観客が息を呑む。
シェルクですら、わずかに目を細める。
だがすぐに、微笑を戻す。
「……そのようなことは致しませんよ」
「あなたを怒らせたくありませんからね」
軽く受け流す。
「では、私は学園長に用事がありますので」
踵を返す。
残されたのは、沈黙。
誰も、声を出せない。
その中を。
ホークスとウィンは、何事もなかったように歩いていく。
騒然とした視線の中を抜け。
ただ――
「昼、何食う?」
「え!?今それ!?」
そんな会話をしながら。
大広場を後にした。
第81話―終




