第77話――魔女っ子ウィンちゃんと優雅な朝――
朝。
まだ空気が冷たい時間。
ホークスは一人、学園の中庭に立っていた。
手にしているのはロングソード。
黒鉄の大剣でも、刀でもない。
あえて目立たない、一般的な剣。
(……あっちは目立つしやめとくか)
軽く肩を回しながら、構える。
スッ――
空気を裂く音。
無駄のない斬撃。
振るう。
止める。
また振るう。
ただの素振り。
だが、その一つ一つに“意図”がある。
(魔法だけじゃ足りない)
剣を振りながら、思考を巡らせる。
(部隊に必要なのは――)
振り下ろし。
(近接の基礎)
横薙ぎ。
(剣術)
踏み込み。
(格闘)
切り返し。
(短剣)
(全部、入れるか)
呼吸を整えながら、結論を出す。
(魔法戦士って言ってもな)
(魔法しかできない奴は――)
剣を止める。
(戦場じゃ、死ぬ)
静かな確信だった。
一方その頃――
訓練場。
……ではなく。
新設された宿舎の食堂。
長机の上に並ぶのは――
肉。
肉。
肉。
スープ
パン。
ゆで卵。
そしてまた肉。
異様な光景。
「……は?」
「え……これ全部?」
志願者達の顔が引きつる。
その前に立つのは――
リゼル。
「食べてください」
いつもの無表情。
「朝食です」
誰も手を付けない。
「……あの」
震えながら一人が手を上げる。
「こんなに……朝から食べられません……」
静寂。
リゼルは、ゆっくりと首を傾けた。
「そうですか」
一歩、前に出る。
「では――」
淡々と。
だが確実に“何かがおかしい”提案をする。
「身体づくりではなく」
「戦時中の飢餓を想定した訓練に変えますか?」
空気が凍る。
「い、いやいやいや!!」
「食べます!!食べますから!!」
慌てて肉に手を伸ばす志願者達。
だが。
「……うっ」
「朝から肉は……」
胃が拒否している。
それでも。
リゼルは、じっと見ている。
「残すのは許しません」
静かな圧。
「それと」
「遅い人から――」
一拍。
「追加で外壁三周です」
「「「なんで!?」」」
絶望が食堂に響いた。
――この日。
志願者達は思い知る。
己の限界など、
ここでは何の意味も持たないということを。
満腹も、疲労も、拒絶も――
すべて踏み潰される。
ここは訓練場ではない。
“壊れない者だけが残る場所”だった。
中庭での稽古を終えたホークスは、部屋へ戻る。
軽くシャワーを浴び、汗を流す。
水気を拭き取り、手早く着替える。
(……そろそろか)
朝食の時間。
だが――
(……来ないな)
ウィンの気配がない。
いつもなら、少し早めに出てくるはずだが。
ホークスは部屋の前に立ち、軽くノックする。
「ウィン」
……反応がない。
「……おい」
もう一度。
だが、返事はない。
(……寝てるだけならいいが)
ドアノブに手をかける。
鍵は――かかっていない。
わずかに警戒しながら、扉を開ける。
静かな部屋。
窓から差し込む朝の光。
そして――
ベッドの上で。
ウィンが、すやすやと眠っていた。
両腕には――
昨日買った杖を、しっかりと抱きしめて。
しかも。
「……」
口元から、うっすらとよだれ。
完全に熟睡。
ホークスは一瞬だけ黙り――
そして、少しだけ口元が緩む。
(……安心しきってるな)
ベッドの傍まで歩み寄る。
「おい、起きろ」
声は、自然と柔らかくなる。
返事はない。
仕方なく。
ほっぺを、ツンツン。
「んん……」
ウィンが、もぞもぞと動く。
「……お肉……おいしい……」
(夢の中でも食ってんのか)
ホークスは少し呆れつつも、もう一度。
「ほら、起きろ」
再び、ツンツン。
ゆっくりと、まぶたが開く。
ぼんやりとした視線。
そして――
「……お兄ちゃんだー……」
ふにゃっと笑う。
そのまま――
また寝ようとする。
「おい」
もう一度、ツンツン。
「起きろ」
今度は少しだけ強めに。
「ん……」
ウィンの意識が徐々に戻ってくる。
数秒後。
「……あれ?」
視界がはっきりする。
「……え?」
ホークスの顔。
「え!?!?」
一気に覚醒。
ガバッと起き上がる。
「な、なんでお兄ちゃんが部屋にいるの!?!?」
混乱。
ホークスは落ち着いたまま言う。
「朝ごはんの時間だぞ」
一拍。
「……え?」
ウィンが固まる。
「……もうそんな時間なの!?」
時計を見る。
そして慌てる。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
完全に寝ぼけた理不尽。
ホークスは即答する。
「だから今起こしただろ」
一瞬の沈黙。
「……確かに!!」
即納得。
ホークスは軽くため息をつく。
「いいから早く着替えろ」
それだけ言って、部屋を出る。
扉が閉まる。
残されたウィンは――
「やばい、遅刻……!!」
慌てて動き出すのだった。
ウィンはバタバタと制服に着替えながら、
机の上の教科書やノートをかき集めていた。
「やばいやばいやばい……!」
髪も少し跳ねたまま。
それでもなんとか準備を整え、
勢いよく部屋を飛び出す。
ドン、とホークスの部屋の扉を開ける。
「お待たせ!!」
だがホークスは振り返ることもなく、淡々と一言。
「とりあえず朝ごはん食べに行くぞ」
一拍。
「……あっ」
「そうだった!!」
完全に忘れていた。
2人は並んで食堂へ向かう。
朝の学園は少し賑やかで、
どこか穏やかな空気が流れていた。
「今日の朝は肉でも食べるのか?」
ホークスの何気ない一言。
「え!?なんで!?」
ウィンが驚いて振り向く。
「なんでお肉の気分だって分かったの!?」
ホークスは少しだけ口元を緩める。
「さっき寝言で言ってたぞ」
一瞬の沈黙。
「……っ!!」
ウィンの顔が一気に赤くなる。
「……イジワル」
ぷいっと顔を背ける。
軽く拗ねる。
ホークスはそんな様子を見て、少しだけ柔らかく言う。
「朝からちゃんと食べて、今日の授業も頑張ろうな」
ウィンは少しだけ表情を緩める。
「うん……今日はどんな授業なんだろうね」
さっきまでの拗ねた様子はもうない。
楽しみで仕方ない、といった顔だった。
2人は食事を取り、席につく。
朝の光の中で、静かに食事が始まる。
少しして。
「そういえばさ」
ウィンがフォークを持ったまま、少し不安そうに言う。
「今日のお昼に……決闘するんだよね?」
ホークスは肉を一口食べながら答える。
「そういえば今日だったな」
あまりにも軽い。
「大丈夫なの?」
ウィンの声は少しだけ小さい。
ホークスは特に気にした様子もなく。
「せっかくなら少し変わった体験でもできればいいけどな」
そう言って、また肉を頬張る。
(この人ほんとに大丈夫かな……)
ウィンは内心で思うが、口には出さない。
ホークスは続けて言う。
「一応な。もしお前が取り巻き達に人質にされたら困る。悪いがなるべく警戒して過ごしてくれ」
その声は、軽いようでいて――
しっかりと現実を見ている声だった。
ウィンは一瞬考える。
(……もし私が人質にされたら)
(多分――)
(人質にした人達の方が大変なことになる気がする)
少しだけ苦笑しつつ。
「……うん!」
ぐっと拳を握る。
「わかった!」
その返事には、しっかりとした意思があった。
朝食を終え、2人は教室へ向かう。
席につき、少し待つ。
やがて――
昨日の女性教師が教室へ入ってくる。
「それでは授業を始めます」
静かに授業が始まった。
「今日はウィザード式の魔法発動について説明します」
教師はゆっくりと黒板に書きながら話す。
「ウィザードは――」
「周囲の魔力を利用し、純粋な属性魔法を発動する魔法体系です」
教室が静まる。
「自身の魔力は“着火剤”として使い、
魔法そのものは周囲の魔力を使って発動します」
ホークスは静かに頷く。
(やはりそういう理屈か)
「そしてウィザードの特徴は――詠唱です」
「魔法陣ではなく、“言葉”で魔法を発動する」
教師は続ける。
「ただし――」
「詠唱は相手に魔法の種類を読まれやすく、
声を封じられると発動できないという欠点があります。」
数人の生徒が頷く。
「ですが――」
「それを補って余りあるのが、魔力効率です」
「ウィザードの魔法は、非常に高威力になりやすい」
教師の声に、わずかな熱がこもる。
「精霊から力を借りているとも言われ――」
「精霊魔法と呼ばれることもあります」
そして、少しだけ柔らかく。
「詠唱とは、精霊への問いかけ」
「魔法とは、その返礼である――」
「そういう考え方もあります」
教室に、少しだけ神秘的な空気が流れる。
そして。
「対してソーサラーは――」
「詠唱を解析し、古代文字へ変換」
「それを魔法陣に組み込んで発動する体系です」
「まだ未解明な部分も多い、新しい魔法体系ですね」
ホークスはわずかに目を細める。
(……確かに未完成だな)
「では実際に呪文を書いていきます」
教師は黒板に文字を書き始める。
・ファイアバーン(火を発生させる)
・アイスバーン(氷を破裂させる)
・ウィンド(風を放つ)
・アイシクル(冷気による削り)
さらにいくつもの呪文が並んでいく。
ウィンは必死にノートを取る。
(……なんか多い……!)
それでも、昨日よりは――
少しだけ理解できている。
(……あ、これ……)
(ファイアアローと似てるかも……!)
ほんのわずか。
確かな成長だった。
第77話―終




