第78話――愚かな貴族達――
授業が終わる。
教室のざわめきの中、
ホークスは静かに隣へ視線を向ける。
ウィンは――
「うぅ……」
ノートを見つめながら、必死に何かを噛み砕こうとしていた。
眉を寄せ、頭をフル回転させている。
(……破裂はしてないな)
ホークスは少し安心しつつ声をかける。
「大丈夫か?」
ウィンは顔を上げる。
「うん……」
「なんとか……少しわかってきたかも……?」
自信はない。
けれど、確かな手応えはある。
ホークスは軽く頷く。
「ならいい」
「次の授業もあるし、とりあえず移動するぞ」
「うん……!」
ウィンはまだ考えながら、
ノートと教科書をまとめる。
動きは少しぎこちない。
(……ちゃんと前に進んでるな)
ホークスは何も言わず、それを見守る。
2人は次の教室へ向かって歩き出す。
すると――
「聞け聞けー!!」
廊下のあちこちから、騒がしい声が響く。
「昼時にルヴェリオ様と――」
「哀れな平民の処刑試合があるぞ!!」
「見逃すなよ!!」
取り巻き達が、まるで見世物の宣伝のように叫んでいた。
周囲の生徒達もざわついている。
ウィンは、少しだけ顔をしかめる。
「……なんか、やだね」
小さな声。
だがホークスは、逆に軽く鼻で笑う。
「自分が処刑される試合の宣伝をするとはな。滑稽な奴等だ」
その声音には、余裕しかなかった。
ウィンは一瞬きょとんとして――
(……あ)
少しだけ、目を細める。
「お兄ちゃんって……」
「色んな意味で強くなったんだね」
どこか、尊敬を含んだ声。
ホークスは特に気にした様子もなく歩き続ける。
「そうか?」
ただそれだけ言って2人は教室に向かう。
教室に入り、空いている席に座る。
周囲には少しピリついた空気。
貴族の生徒も多い。
しばらくして――
ドスン、と扉が開く。
入ってきたのは――
小柄で、太った中年の男。
いかにも偉そうな態度。
「……」
無言で教壇に立つ。
「授業を始める」
それだけ。
名乗りすらしない。
(典型的な貴族派だな)
ホークスは内心で判断する。
「今日はメイジの基礎だ」
「純粋な魔力の魔法を覚えろ」
黒板に次々と書かれていく。
・マジックアロー
・マジックダガー
・マジックスピア
・マジックウィップ
・マナバーン
・マジックボール
・マジックシールド
説明は最低限。
「全部覚えろ」
「理解できない奴は、ひたすら反復しろ」
冷たい言い方だった。
ウィンは必死にノートを書く。
(多い……!)
(でも……昨日よりは……!)
なんとか食らいつく。
一方ホークスは、淡々と書き写しながら整理していた。
(……メイジの魔法は単純だが応用は利く)
(部隊にも使えるな)
教師は続ける。
「マジックシールドには二種類ある」
「一つは――自分の魔力で作る盾」
「もう一つは――」
「魔法陣で盾を展開する方法だ」
教室が少しざわつく。
「前者は即応性がある」
「後者は強度と応用性が高い」
「状況で使い分けろ」
それだけ言うと、また次の説明へ移ろうとする。
(……雑だな)
だが本質は押さえている。
ホークスはノートに短く書き込む。
一方ウィンは――
「うぅ……」
また頭から湯気が出かけていた。
(でも……)
(頑張る……!)
小さく、ペンを握り直す。
授業が終わりに近づく。
教室の空気が少し緩み始めた、その時。
「……1ついいか?」
ホークスが手を挙げる。
ざわ、と周囲が静まる。
中年の教師は露骨に面倒そうな顔をする。
「……お前はどこの誰だ?」
いきなりそれだった。
ホークスは気にした様子もなく答える。
「体験入学で来ている者だ」
教師はさらに眉をひそめる。
「どこの誰の客人だ?」
苛立ち混じりの声。
ホークスは軽く首を傾げる。
「……それは、この質問に関係あるのか?」
空気が一瞬で冷える。
教師の目が細くなる。
「……魔法はな。学ぶ価値のある者と、ない者がいる」
「勝手に授業を聞いている分には許してやるが――」
「価値のない者が質問するなど、不敬だ」
教室がざわつく。
だがホークスは、ほんの少し口元を歪めるだけだった。
「……どうせ答えられないから、適当に言いくるめて逃げたいだけだろ」
わざとだ。
明確な挑発。
「貴様……!!」
教師の声が荒くなる。
「貴様はどこの誰だと聞いている!!」
ホークスは淡々と名乗る。
「ホークスだ」
一瞬。
教師の表情が変わる。
(……ルヴェリオ殿が言っていた……)
「……ああ、なるほどな」
口元が歪む。
「ルヴェリオ殿が決闘なさる相手か」
教室が一気に騒然となる。
「え、あいつが……?」
「本当にやるのか……?」
だがホークスは一切気にしない。
教師は鼻で笑う。
「いいだろう」
「どうせこれが最後の授業になる」
「お情けで答えてやる」
完全に見下した声音。
ホークスは一切感情を乗せず、質問を投げる。
「魔法陣でのマジックシールドについてだ」
「重さは付与できるのか?」
「耐久力はどの程度変わる?」
「明確なデメリットは?」
「継続時間の違いは?」
一気に畳みかける。
教室が再び静まり返る。
(……こいつ)
教師は一瞬だけ目を細める。
だが、すぐに答え始める。
「重さは付与できない」
「耐久力は通常のシールドより高くできる」
「デメリットは他の魔法陣と同じだ。展開中に破壊される可能性がある」
「継続時間は延ばせるが――」
「長くするほど魔力効率は悪くなる。魔法陣の維持は魔力の燃費が悪くなるからな」
簡潔だが、正確な回答。
ホークスは軽く頷く。
(……知識はあるな)
「参考になった」
短く礼を言う。
「また質問しに来る」
教師は鼻で笑う。
「貴様がここに来ることはない。今日で追放されるのだからな!」
完全な侮辱。
だがホークスは、もう興味を失っていた。
授業が終わる。
ウィンがすぐにホークスの方へ身を乗り出す。
「さっきの教師さ……態度悪すぎない?」
かなり不満そうだ。
ホークスは淡々と答える。
「態度も悪くて頭も悪い貴族よりはマシだ。実際欲しい知識も得られたしな。」
さらっと辛辣。
荷物をまとめる。
ウィンは少し不安そうに続ける。
「……これから決闘だよね?」
ホークスは特に気負うこともなく立ち上がる。
「早く終わらせて昼飯だな」
その一言。
あまりにもいつも通りで――
(……ほんとに大丈夫なのかな)
ウィンは思いながらも、
その背中を追うのだった。
2人は並んで大広場へ向かう。
歩くにつれて――
人が増えていく。
最初はちらほらだった視線が、
やがて明確な“注目”へと変わる。
「……あれじゃない?」
「ルヴェリオ様の相手って」
ひそひそとした声。
ウィンは少しだけ落ち着かない様子で周囲を見る。
だがホークスは気にした様子もなく歩き続ける。
大広場に到着すると――
すでに人だかりができていた。
円形に空けられた中央。
そのど真ん中に――
ルヴェリオが立っていた。
腕を組み、
いかにも“主役”のつもりの立ち方。
ホークスは軽く周囲を見渡しながら声をかける。
「取り巻きがいないみたいだが?大丈夫か?さみしくないか?」
軽い皮肉。
ルヴェリオは鼻で笑う。
「そんなことはいい」
「さっさと来い、庶民」
苛立ちを隠さない声。
ホークスが中央へ歩み出る。
その時――
「ほっほっほ」
妙に甲高い笑い声。
近づいてきたのは――
成金趣味丸出しの、胡散臭い教師だった。
派手な装飾。
無駄に多い指輪。
「この決闘、私が審判を務めよう」
ニヤついた顔でホークスを見る。
「庶民風情がこの神聖な決闘で卑怯な真似はするなよ?」
露骨な牽制。
ホークスは一切取り合わない。
「いいからさっさとやるぞ、昼飯の時間がなくなる」
完全にやる気が違う。
周囲がざわつく。
ルヴェリオが口を開く。
「はっ、庶民は食い意地が張っていて卑しいな」
見下した笑み。
「そういえば――」
「俺が叩きのめしたエルミナって女も」
「同じように卑しくて、みっともない奴だったぞ」
一瞬。
空気が変わる。
ウィンの表情が強張る。
そして――
「……」
ホークスの目が、わずかに細くなる。
「御託はいい」
低い声。
「さっさと始めるぞ、ガキ」
その瞬間。
殺気が放たれる。
空気が震える。
ルヴェリオの身体が、わずかに強張る。
(……っ!?)
一瞬だけ、本能が警鐘を鳴らす。
だが――
「な、なんだと!この下賤の者が!」
無理やり自分を奮い立たせる。
「審判!始めろ!!」
審判が手を上げる。
「それでは――」
「決闘、開始!!」
同時に。
ホークスとルヴェリオは指輪に魔力を注ぐ。
ルヴェリオは、かなりの魔力を込める。
一方――
ホークスは。
(……攻撃に回す分を考えると……これくらいでいいか)
全体の三分の一。
それだけを流し込む。
結界が展開される。
透明な膜が、2人を包む。
ルヴェリオは、気づかない。
その魔力の差に。
その余裕に。
ただ目の前の敵を見ている。
一方で――
ホークスの視線は、別のところにあった。
(……やっぱりな)
大広場の周囲。
観衆の中。
不自然に配置された視線。
ルヴェリオの取り巻き達。
(あちこちに散ってるな)
位置取り。
距離。
角度。
(……手を出してくるつもりか)
ホークスは、ほんのわずかに口元を歪める。
(まあいい)
(まとめて相手してやる)
静かに構えた。
――決闘が、始まる。
第78話―終




