第75話――戦場を変える魔法――
志願者達が――限界を超えた地獄の訓練を叩き込まれていた、その頃。
ホークスとウィンは、何事もなかったかのように――
穏やかな空気の中、学園の訓練場へと戻ってきていた。
「よーし……もう一回やってみる……!」
ウィンは、新しく手に入れた杖を握りしめる。
先ほど選んだ、あの“魔女っ子っぽい”杖。
ほんの少しだけ、誇らしげに。
深呼吸。
意識を集中し――
魔法陣の土台を展開する。
淡く光る円形のフレームが、空中に描かれる。
「……できた!」
以前よりも明らかに早い。
しかも――
「……あれ? 魔力、入れるの楽かも……」
杖を通して魔力を流し込むと、
体の内側から直接出すよりも、明らかに負担が軽い。
魔力の“通り道”が整えられている感覚。
だが。
「……うーん……」
魔法陣が、わずかに揺らぐ。
安定しきらない。
魔力は通りやすい。
だがその分――制御がシビアになる。
「なんか……やりやすいけど、難しい……」
首を傾げながら、再び集中するウィン。
その様子を少しだけ見ていたホークスは、
ポーチから小瓶を取り出す。
「ほら」
「なにこれ?」
「マナポーション。初心者向けのやつだ」
ウィンに手渡す。
「副作用が軽いやつだから、無理すんなよ」
「ありがと!」
ウィンは嬉しそうに受け取り、再び魔法陣に向き直る。
ホークスはその背を見て、軽く頷いた。
(……少しは一人でやる時間も必要だろ)
そう判断し、静かにその場を離れる。
向かったのは――強化魔法の授業が行われている教室。
扉を開けると、思っていたよりも人が少ない。
(……やっぱりな)
空いている席に腰を下ろしながら、内心で呟く。
強化魔法は、基本的に“補助”の領域。
前線で単独戦闘を行う魔法使いには、あまり好まれない。
魔法使いで肉体強化をする者も珍しい。
パーティー前提の技術。
だからこそ――人気がない。
そんな中。
ドンッ!!
勢いよく扉が開く。
「おう!! 野郎ども、準備はいいか!!」
豪快な声と共に現れたのは、
ガタイのいい中年の男性教師。
腕は太く、声も無駄にでかい。
完全に“戦うタイプの人間”だ。
(……なんか、どっかで見たタイプだな)
ホークスはふと考える。
そしてすぐに思い至る。
(……ボイドに似てるな)
あの無駄に声がでかくて、
豪快で、
そして面倒見が良い男。
(……そういや、あのジジイ大丈夫か?)
一瞬、嫌な予感がよぎる。
その頃、ギルドマスター室では――
バンッ!!
「クソがァァァァァァ!!!」
机を叩く音と共に、怒号が響く。
ギルドマスター――ボイド。
酒は、飲めない。
孫娘は、いない。
原因は――あのクソガキ。
「ウィンを連れていきやがってぇぇぇ……!!」
恨み言を叫びながら、
ペンを走らせる。
いや、走らせるどころではない。
もはや――叩きつけている。
書類。
書類。
また書類。
通常なら数日かかる処理を、
尋常ではない速度で片付けていく。
感情のぶつけ先が、完全に仕事へ向いている。
「全部終わらせてやる……!! 全部だァ!!!」
もはや狂気。
――この日。
長年滞っていたギルドの細かな問題の大半が、
わずか数時間で解決された。
その裏にある感情を、
知る者は誰もいない。
教室の空気が、一瞬で変わる。
豪快な男は教壇に立つと、腕を組んで生徒達を見渡した。
「よし、まずは軽く自己紹介からだ」
低く響く声。
「俺は――ガルドス・バルゼイン。土魔将傘下のバルゼイン伯爵家の者だ!」
名乗りも、立ち姿も、完全に“戦場の人間”。
「専門は強化魔法と闘技の併用だ。……まぁ見てりゃわかる」
ガハッ、と笑う。
貴族のはずなのに、妙に荒い。
(……やっぱりボイド系だな)
ホークスは内心で確信する。
「いいか、強化魔法ってのはな――」
ガルドスは指を鳴らす。
すると、教室の中央に特殊なマジックドールが展開される。
通常より頑丈に作られた、訓練用の人形。
「繊細な魔法だ」
その一言で、生徒達が少しざわつく。
だが次の言葉で、空気が引き締まる。
「俺みたいながさつな奴が、ぞんざいに使うと――」
一歩踏み出し、ドールに手をかざす。
「人を壊しかねない魔法だ!!」
ドン、と魔力が流れ込む。
「――ランク4、《ジャイアントストレングス》」
ドールの身体が、みるみる膨れ上がる。
筋肉が膨張し、フレームが軋む。
まるで“力を詰め込みすぎた肉体”。
「見ろ」
ガルドスはドールを指差す。
「限界まで強化すれば――」
拳を握る。
「普段以上の力を引き出せる」
だが、そこで終わらない。
「じゃあ次だ」
さらに魔力を流し込む。
「ランク2、《ライトパワード》」
今度は腕部に集中して強化がかかる。
瞬間――
バンッ!!
ドールの腕が、内側から破裂した。
「こうなる」
教室が静まり返る。
「いいか」
ガルドスは腕を組み、見下ろす。
「限界以上に強化すれば、壊れる」
「当たり前だろ? 器以上の力を詰め込んでんだ」
さらに続ける。
「特にな――」
ホークスの方を一瞬だけ見る。
「闘技と組み合わせると、調子に乗って自分を壊す馬鹿が出る」
どこか経験者の口ぶり。
「お前らはそうなるなよ」
(……この辺りは知ってるな)
ホークスは淡々と聞き流す。
だが次の言葉で、意識が変わる。
「で、ここからが重要だ」
ガルドは指を立てる。
「強化魔法には――二種類ある」
「一つは、“使い切り型”」
手を振ると、ドールに軽く強化がかかる。
「一定の効果を付与して、時間で切れるタイプだ」
「扱いやすい。安定してる。初心者はまずこれだな」
「そしてもう一つ――」
声が少し低くなる。
「“継続型”だ」
ドールに再び魔力が流れ込む。
今度は、じわじわと強化が重なっていく。
「こいつはな、掛け続ける」
「その代わり――」
ドールの筋力がさらに増す。
「使い切りより、高い効果が出る」
さらに指を鳴らす。
強化の出力が微妙に変化する。
「しかも、微調整ができる」
(……なるほどな)
ホークスの目が変わる。
ノートを取る手が止まらない。
だが、ガルドはニヤリと笑う。
「ただし――いいことばっかじゃねぇ」
「継続型はな、燃費が最悪だ」
「常に魔力を食う」
「しかも――」
ドールに軽く衝撃を与える。
バチン、と魔力が乱れ、強化が一瞬途切れる。
「ダメージや魔力干渉で、簡単に中断する」
「さらに」
腕を組む。
「その間、他の魔法は使いづらい」
教室を見渡しながら言い切る。
「つまり――扱いは難しいが、ハマれば強い」
「だから使い手は限られる」
「遠距離武器の戦士」
「集中力の高いモンク」
「あるいは――」
口角を上げる。
「パーティーで火力を一点に集中させる場合だな」
静寂。
(……使えるな)
ホークスは思考を巡らせる。
使い切り型。
継続型。
それぞれの特性。
消費。
安定性。
応用。
(部隊に組み込める)
(前衛に使い切り型で底上げ)
(精鋭には継続型で爆発力を出す)
(状況で切り替えれば――)
ペンを走らせながら、静かに結論を出す。
(……戦力の幅が広がるな)
ガルドスは腕を組んだまま、ニヤリと笑う。
「……でだ」
教室を見渡し、わざと間を取る。
「継続型には――少し変わった使い方がある」
ざわ、と空気が揺れる。
ホークスの手も、自然と止まる。
「それが――」
指を立てる。
「魔法陣として設置する方法だ!」
ガルドスは足元に魔法陣を展開する。
淡い光の円が広がり、内部にルーンが浮かび上がる。
通常の強化魔法とは違う、“場”としての術式。
「これはな」
足で軽く円を叩く。
「この中にいる奴全員に効果が及ぶ」
試しにマジックドールを円の中に置く。
魔力を流し込むと――
ドールの身体がじわりと強化されていく。
「見た通りだ」
「対象がこの範囲にいる限り――強化され続ける」
生徒達の目が変わる。
「しかもだ」
ガルドスは続ける。
「術者は魔法陣に魔力を流し続けるだけでいい」
「つまり――」
拳を握る。
「比較的、他の魔法に集中する事ができる!」
(……なるほど)
ホークスの思考が一気に加速する。
だが、ガルドスはすぐに付け加える。
「ただし」
指を振る。
「これだけなら、使い切り型と大差ねぇ」
教室に一瞬の落胆。
だが――
「本当の強みはここからだ!!」
声を張り上げる。
「この魔法陣――」
一歩踏み込む。
「一つで、複数人を強化できる!!」
ドールをさらに数体展開し、円の中に配置する。
すべてのドールに同時に強化がかかる。
「これが意味するのは何だ?」
誰も答えない。
だが、答えは明確だ。
「集団戦での爆発力だ!!」
ガルドスは笑う。
「実際にあった話だ」
「魔法使いが足りねぇ戦場でな」
「弓兵の後ろから魔法陣を設置して――」
手で弓を引く動作をする。
「全員まとめて強化した」
「結果どうなったと思う?」
間を置く。
「一斉射撃の威力が跳ね上がった」
「数で押す戦場で、質を底上げしたんだ」
「即興の戦術だったが――」
ニヤリと笑う。
「クソ強かったらしいぞ」
教室がざわめく。
(……使える)
ホークスは即座に結論に至る。
魔法陣設置型。
複数強化。
継続供給。
(固定陣地だけじゃない)
(運用次第で――)
さらに思考を進める。
(これを……)
(魔法陣ごと封じる)
(使い捨ての宝珠にして)
(機動部隊に持たせる)
戦場のイメージが頭に広がる。
(任意のタイミングで展開)
(機動部隊の弓矢の威力や射程を伸ばせるか?)
(撤退時のカバーにも使えるかもしれない)
ペンを走らせながら、小さく呟く。
(……面白いな)
その目は、すでに“授業”ではなく――
戦場を見ていた。
第74話―終




