表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/195

第74話「幸福と地獄は同時に進む」


二人は通りの角にあったカフェに入った。

 木の扉を開けると、ほのかに甘い香りとハーブの香りが混ざった空気が流れてくる。

「いらっしゃいませ」

 落ち着いた店内。

 窓際の席に案内され、二人は向かい合って座る。

 少しだけ、静かな時間が流れた。

 ウィンは杖を膝の上に置いたまま、ちらちらとそれを見ている。

 そして――

「……ねえ」

 少し遠慮がちに口を開く。

「さっきの……」

 視線が泳ぐ。

「20万ルクスもしたけど……」

 恐る恐る、ホークスを見る。

 ホークスは特に気にした様子もなく、椅子に背を預けたまま答える。

「ん?」

「……高くない?」

 小さな声だった。

 ホークスは少しだけ考える素振りをしてから

「さっき、だいぶ笑わせてもらったからな」

 軽く口の端を上げる。

「その代金だ」

「えっ!?」

 ウィンが驚く。

「そんな理由!?」

「いいだろ別に」

 肩をすくめる。

「それでも……」

 ウィンはまだ納得しきれない様子で杖を見る。

「20万ルクスって……」

 ホークスはそこで、あっさりと言った。

「可愛い妹のためなら、もっと高くても買ってやったよ」

 あまりにも自然な口調だった。

「……っ」

 ウィンの動きが止まる。

 一瞬、言葉を失う。

 そして――

「……えっと……」

 顔が、じわじわと赤くなる。

 嬉しい。

 でも――

 なんか恥ずかしい。

 そんな複雑な表情になる。


 ちょうどそのタイミングで、店員がやってくる。

「ご注文はお決まりですか?」

 ホークスはメニューを軽く見てから言う。

「おすすめって書いてあるチョコレートケーキ」

「それ2つ」

「あと、この辺の名物のハーブティーあるか?」

「はい、ございます」

「じゃあそれも」

 店員が頷く。

 ウィンは少し慌てて口を開く。

「あ、えっと……ミルクティーで……!」

「かしこまりました」

 注文を終え、店員が下がる。

 少しだけ間が空く。

 ホークスがウィンを見る。

「ケーキはチョコレートでよかったか?」

「う、うん……」

 まだ少し赤い顔のまま、もじもじと答える。

 ホークスは軽く頷く。

「食い終わったら」

「学園戻って、試し撃ちするか?」

「……うん」

 小さく返事。

 まだどこか落ち着かない様子だった。

 ホークスはその様子を見て、少しだけ考える。

(……空気、変えるか)

 そして、何気ない調子で口を開く。


「そういや。魔女っ子マミちゃんってなんだ?」

「……っ!」

 ウィンがびくっと反応する。

「な、なんで今それ聞くの!?」

「気になったから」

 あっさり。

 ウィンは少し迷った後――

「……えっと……」

 指をもじもじさせながら話し始める。

「小さい女の子が……」

「魔法を使って……悪い人とかをやっつけて……」

「世直しするお話の……絵本で……」

 少しずつ、言葉が柔らかくなる。

「その主人公が……マミちゃんなの」

「へぇ」

 ホークスは素直に頷く。

「じゃあ」

 少し口元を緩めて。

「二代目マミちゃんは、お前だな」

「ちがうよ!!」

 即ツッコミ。

 だが――

 少し笑っている。

「……でも」

 少しだけ、真面目な顔になる。

「憧れてたのは……ほんと」

「カトレアに魔法教えてもらって……」

「ちょっと使えるようになって……」

 杖を見る。

「それだけでも楽しかったけど……」

 顔を上げる。

「今回みたいに、ちゃんと勉強して使えるようになるのも……」

「すごく面白い」

 一息置いて――

「だから……」

 少し照れながら。

「連れてきてくれて、ありがとう」

「……お兄ちゃん」

 まっすぐに言う。

 ホークスは一瞬だけ黙って――

 ふっと視線を逸らす。

「……別に」

 短く言う。

 だが、そのまま続ける。

「可愛い妹置いて、4年も魔界行ってたからな。出来ることなら、なんでもやるさ」

 さらっとした口調。

 だが、嘘は一切ない。

「……っ」

 ウィンの顔が、また赤くなる。

「……もう……」

 小さく呟きながら、視線を逸らす。

 嬉しい。

 でも恥ずかしい。

 そんな感情が、また混ざる。

 テーブルの上には、まだ何も来ていない。

 けれどその時間は――

 どこか温かかった。


一方その頃――訓練場。

 乾いた木剣の衝突音と、鈍い打撃音が連続して響いていた。

「がっ……!」

「ひ、ひぃっ……!」

 地面にはすでに数人の志願者が転がり、呻き声を上げている。

 その中心に立つのは、無表情のリゼル。

 木剣を片手に、まるで“作業”のように次の相手へと歩み寄る。

「……まだ立てますよね?」

 優しげな声色とは裏腹に、視線は一切の容赦を含まない。

「も、もう……やめてください……」

 志願者の一人が這いつくばりながら懇願する。

 だが――

「却下です」

 即答だった。

 その時。

「っ……や、やらなきゃ……!」

 震えながら立ち上がる男――リグルド。

 腕は痙攣し、呼吸も乱れている。

 それでも、歯を食いしばる。

(ここでやらなきゃ……終わる……!)

 彼は木剣を構え、全身の力を振り絞る。

 未だ一度も成功したことのない技。

「――闘技……切断ッ!!」

 踏み込みと同時に、荒削りな斬撃が放たれる。

 空気を裂く、不完全ながらも確かな一撃。

 だが――

「遅いですね」

 リゼルは一歩も引かない。

 むしろ、前に出る。

 木剣を横薙ぎに振り抜き――

「闘技・強打」

 横から叩きつけるようにぶつけた。

 ガァン!!

 鈍い衝撃音。

 リグルドの剣は弾き飛ばされ、そのまま体勢が崩れる。

「がっ――!」

 次の瞬間。

 腹部に蹴りが突き刺さる。

 ドンッ!!

 リグルドの身体は宙を舞い、地面を転がった。

「今です!!」

 その隙を突いて、別の志願者――ガイウスが突きを放つ。

 鋭い一撃。

 タイミングも悪くない。

 だが。

「甘いですね」

 リゼルはわずかに身体をずらすだけで回避。

 次の瞬間には、すでに懐に入り込んでいた。

「――っ」

 ガイウスが息を呑む。

 遅い。

 拳がみぞおちにめり込む。

「ぐっ――!!」

 衝撃で身体が折れ、そのまま吹き飛ばされる。

 静寂。

 いや――違う。

 聞こえるのは、地面に転がる者達の呻き声だけ。

 誰一人、まともに立てていない。

 リゼルはその光景を見下ろす。

 表情は変わらない。

 だが――

 内側では、明確な“感情”が燃えていた。

(……ウィン様と、2週間)

(……学園)

(……ホークス様と、2人で)

(あの男……ウィン様と2人きりで!!)

 ピキ、と空気が軋むような圧。

 本人は無自覚。

 だが確実に――

 機嫌が、悪い。

「……まだ終わりではありませんよ?」

 静かに告げる。

 志願者達が震え上がる。

「立てないなら、立てるまで叩きます」

 淡々とした宣告。

 それは教育ではなく、もはや処刑に近い。

 なお――

 この訓練開始時点から比べて、

 志願者の4分の1はすでに脱退していた。


 ――この日、志願者達は理解した。

 “優秀な教官からの訓練”と、

 “逃げ場のない地獄”は、紙一重であると。


第74話―志願者終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ