第73話「魔女っ子ウィンちゃんの、初めての杖」
訓練場を後にした二人は、そのまま学園内の売店へ向かった。
扉を開けると、軽い鈴の音が鳴る。
中は思っていたより広く、所狭しと品物が並んでいた。
「わぁ……」
ウィンの目が輝く。
パンや焼き菓子、飲み物といった軽食はもちろん――
棚の奥には、杖や魔道具、小さな魔石まで並んでいる。
「売店っていうより、ちょっとした店だな」
ホークスは軽く周囲を見回す。
自然と、視線は武具や魔道具の方へ流れていた。
(……質はそこそこか)
手に取るほどではないが、軽く目を通す。
一方でウィンは――
「うーん……どれにしよう……」
お菓子の棚の前で真剣に悩んでいた。
「これも美味しそうだし……こっちも……」
完全に戦闘状態だった。
ホークスはそれを横目に見ながら、ふと思い出したように言う。
「なあ」
「んー?」
「魔法使うなら。補助で杖とか、持ってみたらどうだ?」
ウィンの動きが止まる。
「……え?」
ゆっくり振り返る。
「杖?」
「おう」
ホークスは軽く顎で奥の棚を示す。
「魔力の通り良くなるし、制御も安定する」
「今みたいな魔法陣とも相性いいだろうし」
「……そうなんだ」
少し考える。
そして――
「……欲しい!」
さっきまでのお菓子への執着が一瞬で消えた。
ホークスは少しだけ笑う。
「だろうな」
そのままカウンターへ歩き、店員に声をかける。
「なあ」
「はい?」
若い女性店員が応じる。
「初心者向けで、扱いやすい杖とかあるか?」
店員は少し困ったように笑う。
「申し訳ありません……」
「私、あまり魔道具や杖には詳しくなくて……」
「こちらに置いてあるものも、学園からの指示で並べているだけなんです」
「そうか」
ホークスはあっさり引く。
「もししっかり選ばれるのでしたら。街の魔道具店に行かれる方がいいと思います」
「専門の職人さんや店員さんがいますので」
ホークスは軽く頷く。
「なるほどな」
振り返ってウィンを見る。
「どうする?」
「行く!」
間髪入れずに返ってくる。
「お菓子より先に行きたい!」
「だと思った」
苦笑する。
「じゃあ決まりだな」
ホークスは店員に軽く手を上げる。
「ありがとな」
「いえ、とんでもないです」
二人はそのまま売店を後にした。
学園の門を抜ける。
外の空気が、少しだけ変わる。
石畳の通り。
行き交う人々。
並ぶ店の数々。
そして――
魔道具店が並ぶ一角に入ると、空気がさらに変わった。
様々な長さの杖。
宝珠。
魔石。
どの店も、淡く光る品々を並べている。
「……すご……」
ウィンが思わず立ち止まる。
「どこもキラキラしてる……!」
視線があちこちに飛ぶ。
「あっちも気になるし……」
「こっちも……!」
完全に目移りしていた。
「……どこ入ればいいんだろ……」
その場でくるくると視線を動かす。
ホークスは少しだけ周囲を見渡しながら――
「……まあ」
小さく呟く。
「当たり引けばいい」
「えっ!?」
ウィンが驚く。
だがホークスは少しだけ笑う。
「外れもあるってこと?」
「あるだろうな」
さらっと言う。
ウィンは一瞬固まってから――
「じゃあ……」
少し考えて。
「一番ワクワクするところにする!」
ぱっと顔を上げる。
「それでいい」
ホークスはあっさり頷いた。
二人は、並ぶ店の中へと視線を向ける。
どの店に入るか――
その選択もまた、小さな冒険だった。
店が並ぶ通りの前で、ウィンはまだきょろきょろしていた。
「ねえホークス」
「ん?」
「どんな杖がいいのかな……?」
少し不安そうに聞く。
ホークスは腕を組んで、軽く考える。
「そうだな」
「お前が使いやすいと思うやつでいい」
「うーん……」
ウィンは少し考えて――
「魔女っ子が使ってそうな――」
ぴたり、と止まる。
さっきのやり取りが脳裏をよぎる。
「……あ」
顔がほんのり赤くなる。
「……使いやすそうな杖!」
言い直した。
ホークスの口元がぴくっと動く。
(今、絶対言いかけたな……)
だが、さすがに学習したのか――
ギリギリでこらえる。
「……まあ」
少し咳払いをして誤魔化す。
「とりあえず、端から見てくか」
「うん!」
ウィンは一瞬だけホークスをじとっと見たが、すぐに気を取り直す。
二人は、一軒目の店へと足を踏み入れた。
扉を開けると、店内は少し薄暗い。
「いらっしゃいませぇ……!」
奥から現れた店主は、どこか胡散臭い笑顔を浮かべていた。
「いい杖、揃ってますよぉ……?」
妙に語尾が伸びる。
ホークスは一瞬だけ視線を送るが、特に反応せず。
「好きなの見ていいぞ」
ウィンにだけ声をかける。
「うん!」
ウィンは楽しそうに棚を見て回る。
「これ可愛い……あ、こっちも……!」
そして――
「これと……これ!」
長めの杖を二本、両手に持つ。
「どっちがいいと思う?」
目を輝かせて聞いてくる。
「貸してみろ」
ホークスが手を差し出す。
ウィンは素直に渡す。
ホークスは一本ずつ、軽く握る。
重さ。
バランス。
そして――
魔力の通り。
(……ないな)
もう一本。
(こっちもか)
どちらも――
ただの“棒”だった。
魔力補助の気配が、一切ない。
ホークスは無言で、元の場所に戻す。
そして、店主を見る。
「……おい」
「はい?」
「ここ、土産屋に改名しとけ」
「……へ?」
「これは杖じゃねえ。ただの棒だろ?」
店主の顔が引きつる。
ウィンはぽかんとしている。
ホークスはそれ以上何も言わず、踵を返す。
「行くぞ」
「え、あ、うん!」
二人はそのまま店を出た。
外に出ると、ウィンが首を傾げる。
「……いい杖、なかったの?」
「なかったな」
即答。
「あそこは杖売ってる店じゃない」
「え?」
「杖“みたいな棒”売ってる店だ」
「そんなことある!?」
ウィンが思わずツッコむ。
ホークスは軽く周囲を見渡す。
隣の店も、似たような雰囲気。
(……外れ多いな)
少し視線を細める。
そして――
意識を研ぎ澄ます。
魔力の流れを見る。
店から“漏れている”魔力。
扱いの雑さ。
質。
(……あれと、あれと……)
いくつか、まともな店に当たりをつける。
「こっちだ」
そのうちの一軒へ向かう。
扉を開ける。
中に入った瞬間――
空気が違った。
整っている。
魔力が、きちんと“流れている”。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、中年の女性店主が顔を出す。
穏やかな笑み。
ホークスは一言、確認する。
「ここ、ちゃんとした杖が置いてる店で合ってるか?」
店主はくすっと笑う。
「ええ、安心していいわよ」
「さっきの店、見てきたんでしょ?」
「…まあな」
ホークスも少し笑う。
ウィンはきょとんとしている。
「……?」
「よし」
ホークスがウィンに向き直る。
「ここで選べ」
「うん!」
ウィンは一気にテンションが上がる。
「わぁ……!」
棚を見て回る。
どの杖も、さっきとは違う。
ほんのりと魔力を帯びている。
ホークスは店主に声をかける。
「初心者向けのやつ、あるか?」
「うちは基本、使いやすいものしか置いてないわよ」
「好きな形で選んで大丈夫」
「なるほどな」
ホークスは頷く。
「じゃあ好きなの選べ」
ウィンは完全に楽しそうだった。
「どれが可愛いかな……」
真剣に選び始める。
ホークスはそれを、少しだけ柔らかい目で見ていた。
そして――
「これ!」
一本の杖を手に取る。
「この杖……」
「魔女っ子マミちゃんの杖に似てる!」
その瞬間。
「……っ!」
ホークスが吹き出す。
「ははっ……!」
店主もくすっと笑う。
「マミちゃん、可愛いわよねぇ」
「……っ!!」
ウィンが固まる。
そして一気に顔が赤くなる。
「ちょっ……!」
「なんで言うの!?」
ホークスを睨む。
「いや今お前が言っただろ……!」
「うるさい!!」
完全に恥ずかしさで爆発している。
ホークスは笑いをこらえながら言う。
「で、それでいいのか?」
ウィンはぷいっと顔を逸らす。
「……これでいいです」
少し不貞腐れながらも、しっかり握る。
ホークスは店主に視線を向ける。
「いくらだ?」
「20万ルクスよ」
「えっ!?」
ウィンが目を見開く。
「た、高くない!?」
ホークスは特に気にした様子もなく、財布から金を取り出す。
「はいよ」
さらっと支払う。
店主は受け取りながら微笑む。
「いい買い物よ」
ホークスは軽く頷き、ウィンを見る。
「じゃあ。どっかで甘いもんでも食うか?」
何事もなかったかのように言う。
ウィンはまだ杖と値段の余韻で固まっていた。
「……え、あ、うん……!」
新しい杖を大事そうに抱えながら、二人は店を後にした。
第73話―終




