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第72話――天才と元秀才


ウィンはしばらく無言でルーンと格闘していたが――

「……あっ」

 小さく声を上げた。

 拙いながらも、魔法陣の形が一度だけ崩れずに残る。

「できた……かも……!」

 顔を上げたその表情は、少しだけ自信が混じっていた。

 ホークスはそれを見て、わずかに口元を緩める。

「いいじゃねえか」

「ほんと!?」

「少なくとも、さっきよりは進んでる」

 ウィンの顔がぱっと明るくなる。

「じゃあ……!」

 勢いよく立ち上がる。

「試してみたい!」

 その言葉に、ホークスは軽く頷いた。

「ちょうどいい。確か、訓練場があっただろ」

「あ、あった!」

「実戦でやった方が早い」

 ウィンはもう完全にやる気になっていた。

「行こう行こう!」

 ばたばたと荷物をまとめ始める。

 その様子を横目に、ホークスは立ち上がり、カウンターへ向かう。

「助かった」

 短く、エルミナに言う。

「……いえ」

 エルミナは静かに首を振る。

 ホークスはそのまま続ける。

「明日、昼頃に大広場で決闘する」

 さらっと言った。

「……っ」

 エルミナの肩が、わずかに揺れる。

「暇なら見に来いよ」

 軽い口調だった。

 まるで、ただの訓練の延長でもあるかのように。

 そしてそれ以上は何も言わず、踵を返す。

「ほら、行くぞ」

「うん!」

 ウィンが元気よく後を追い、自習室を後にする。

 扉が閉まり、静寂が流れる。

 エルミナは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「……無理に、決まってる」

 ぽつりと、呟く。

 脳裏に浮かぶのは――

 過去の光景。

 決闘場。

 観客の視線。

 そして――

 何もできなかった、自分。

 ルヴェリオの魔法に一方的に追い詰められ、

 遊ばれるように結界を削られ、

 最後には――

 無様に、崩れた。

 あの時の、ざわめき。

 視線。

 失望。

「……カトレアには勝てなくて」

 拳が、わずかに震える。

「生徒にも……勝てなかった」

 自嘲のように、小さく笑う。

「……そんな私が」

 視線を落とす。

「……何を、期待してるんでしょうね」

 静かな自習室に、言葉は溶けて消えた。


 訓練場。

 広い敷地に、規則的に並ぶマジックドール。

 魔力の炸裂音があちこちで響いている。

 先ほどの自習室とは違い、空気が引き締まっていた。

「……なんか、雰囲気違うね」

 ウィンが小声で言う。

「ああ」

 ホークスは周囲を一瞥する。

 魔法陣を展開する者。

 詠唱を繰り返す者。

 黙々とドールに魔法を叩き込む者。

 どれも、遊びではない。

「こっちはちゃんとやってる連中だな」

「さっきの人たちと全然違う……」

 ウィンが少し緊張した様子で言う。

「気にするな」

 ホークスは歩きながら言う。

「やることは同じだ」

 空いているスペースに到着する。

 目の前には、傷だらけのマジックドール。

「よし」

 ホークスが振り返る。

「試してみろ」

「うん!」

 ウィンは一歩前に出る。

 深呼吸。

 そして――

 魔力を練る。

 ウィンの前に、淡い光が浮かび上がる。

「……できた!」

 土台フレームは、しっかりと形を保っていた。

 だが――

「……あれ?」

 次の瞬間。

 ふっと、消える。

「……え?」

 ウィンは固まる。

 そして首を傾げる。

「……???」

 完全に理解できていない顔だった。

 ホークスは、少しだけ口元を緩める。

「いや。土台はできてた」

「え、ほんと!?」

 一気に表情が明るくなる。

「うん!」

 すぐにやる気を取り戻す。

「もう一回!」

 再び魔力を練る。

 今度は、より安定した光。

 土台がしっかりと維持される。

「よし……!」

 だが――

「……えっと……この文字……」

 手が止まる。

 ルーンを書き込もうとして、迷う。

「これで……いいんだっけ……?」

 思考が遅れる。

 その間に――

 じわり、と光が揺らぐ。

「あっ、ちょっと待って……!」

 焦り。

 そして――

 消える。

「……あぁ……」

 今度ははっきりと、しょんぼりした声だった。

 ホークスは腕を組み、少しだけ考える。

「……なあ」

 ウィンが顔を上げる。

「土台組むとき」

「自分の魔力だけでやってないか?」

「え?」

「周りの魔力、使え」

「……え、そんなの……できるの?」

「やってみろ」

 簡単に言う。

 ウィンは少し戸惑いながらも――

「……うん」

 再び、魔力を練り始めた。

ウィンは、言われた通りに手を前に出したまま固まっていた。

「……周りの魔力を使うって……」

 困ったようにホークスを見る。

「……どうやるの?」

 素直な疑問だった。


 ホークスは少しだけ考えてから、ウィンの後ろに回る。

「そのまま立ってろ」

「う、うん?」

 ウィンの背後で、ホークスがゆっくりと両腕を広げる。

 そして――

 円を描くように、滑らかに腕を振り始めた。

 空気が、わずかに揺れる。

 目には見えないが、確かに“何か”が動いていた。

「……いいか」

 ホークスの声が低く響く。

「流れを作る」

 腕の動きに合わせて、空間に“うねり”が生まれる。

 魔力が、引き寄せられる。

 集まり、循環し、形を持ち始める。

「……感じるか?」

 ウィンは恐る恐る、その流れに手を伸ばした。

 触れる。

「……あっ」

 わずかに、目を見開く。

「……なんか……ある」

 空気の中に、微かな抵抗。

 ぬるい水の中に手を入れたような、不思議な感覚。

「これ……魔力?」

「そうだ」

 ホークスはそのまま流れを維持しながら言う。

「それを使え」

「……使う?」

「自分の魔力だけでやるな」

「“あるもの”を使え」

 シンプルな言葉だった。

 ウィンはゆっくり頷く。

「……やってみる」

 集中する。

 さっき感じた“流れ”を意識する。

 自分の魔力だけじゃない。

 周りにある魔力を、引き寄せる。

 そして――

 目の前に、光が生まれる。

 先ほどよりも、明らかに濃い。

「……できた……!」

 魔法陣の土台が、しっかりと安定していた。

 揺れない。

 消えない。

 ウィンの顔が、ぱっと明るくなる。

「すごい……!」

 すぐに次へ移る。

「えっと……次は……文字……!」

 必死に思い出す。

 さっき覚えたばかりの、ファイアアローの文字スペル

 指先で、慎重に描く。

 線が震える。

 だが――

 崩れない。

「……あ……!」

 ひとつ、書けた。

 続けて、もう一つ。

 そして――

 完成した。

「……できた……!」

 魔法陣の中に、文字が刻まれる。

 さらに――

「えっと……固定……!」

 教わった通りに魔力を流す。

 ルーンが、淡く光る。

 消えない。

「……っ!」

 ウィンの目が大きく開く。

「……できてる……!」

 思わず振り返る。

「ホークス!できたよ!」

「見りゃ分かる」

 短い返答。

 だが、口元はわずかに緩んでいる。

「じゃあその魔法陣を起動してみろ」

 ウィンは大きく頷く。

「……うん!」

 魔法陣に手をかざす。

 魔力を流す。

 その瞬間――

 魔法陣が、起動する。

 火が集まり、矢の形を成す。

「――いけっ!」

 ファイアアローが放たれる。

 マジックドールへ一直線で飛んでいき

直撃する。

 鈍い音と共に、火が弾ける。


「……っ!!」

 一瞬の静寂。

 そして――

「やったあああああ!!!」

 ウィンが飛び跳ねる。

「当たった!!ちゃんと当たった!!」

「しかもなんか遠かったし!」

「威力も強かったし!」

「まっすぐ飛んだし!!」

 興奮が止まらない。

「すごい!!すごいよこれ!!」

 くるくる回りながらはしゃぐ。

 ホークスは腕を組みながら、その様子を見る。

「……ああ」

 一言だけ。

「立派なファイアアローだったな」

 その言葉は、短いが重い。

 ウィンは一瞬きょとんとしてから――

「……えへへ」

 嬉しそうに笑った。

「もっとやる!」

 完全に火がついた。

 ホークスは小さく息を吐く。

(……飲み込みは悪くねえな)

 視線を少し細める。

(“コツを掴むタイプ”か)

 そして、口元がわずかに上がる。

「……いいぞ」

「そのまま続けろ」

 ウィンはその後も、何度も魔法陣を展開していた。

「えっと……土台……スペル……固定……発動……!」

 ファイアアローが放たれる。

 マジックドールに当たり、小さな爆ぜる音が響く。

「……よしっ!」

 もう一度。

「もう一回!」

 繰り返す。

 失敗はほとんどない。

 むしろ――少しずつ、精度が上がっている。

 ホークスは腕を組んだまま、それを眺めていた。

(……飲み込み早いな)

 一定の“感覚”を掴んだ後の伸びがいい。

「なあ」

 ホークスが声をかける。

「他の魔法も覚えてみたらどうだ?」

「え?」

 ウィンが振り返る。

「せっかくコツ掴んだんだ。今のうちに種類増やした方がいい」

「……たしかに!」

 ウィンの目が輝く。

「次は何覚えようかな……!」

 完全にウキウキしている。

 だがホークスは、少しだけ眉を上げる。

「……お前さ」

「ん?」

「剣も使うだろ」

「……あ」

 一瞬、思考が止まる。

「……そういえば私」

 ぽつりと。

「剣士だった」

 ホークスが一瞬だけ黙る。

「……今思い出したのか?」

「うん」

 即答だった。

 ホークスは吹き出す。

「お前、自分の職業忘れてたのかよ」

「だ、だって!」

 ウィンが慌てて言い返す。

「魔法楽しくて!」

「いやまあ分かるけどな」

 少し笑いながら言う。

「完全に魔法使いの顔してたぞ今」

「……うぅ」

 ウィンが少し考えてから、ぽつりと呟く。

「……私は」

「魔女っ子ウィンじゃなくて」

「剣士ウィンだった……」

 一瞬の沈黙。

 そして――

「……っ、ふ……」

 ホークスの肩が震える。

「……ははっ……!」

 我慢しきれず、笑い出す。

「ちょっ……!」

 ウィンの顔が一気に赤くなる。

「ちょっと!!笑わないでよ!!」

「いや無理だろそれは……!」

「魔女っ子って……!」

「だって……!」

 ウィンがさらに顔を赤くする。

「ちょっと憧れてただけで……!」

「言うなよそれ!」

 ホークスがさらに笑う。

「やめてってば!!」

 ウィンが怒る。

 だが、完全に拗ねた顔になっている。

 ホークスは笑いながら手を上げる。

「悪かった悪かった」

「ほんとに?」

「ほんとに」

 だが口元はまだ緩んでいる。

「悪かったよ……魔女っ子ウィンちゃん」

「……」

「もういい!!!」

 完全に拗ねた。

 ぷいっと顔を背ける。

 ホークスは少し笑いながらも、軽く息を吐く。


「……じゃあ、休憩するか」

「……」

「売店あるだろ」

「甘いもんでも食いに行くか」

 ウィンがぴくっと反応する。

 少しだけ間を置いて――

「……ご馳走してね」

 まだ拗ねたまま、ちらっと見る。

「はいはい」

「やった」

 機嫌が少し戻る。

 単純だった。

「行くぞ」

「うん!」

 二人は並んで歩き出す。

 訓練場の喧騒を背に、売店へ向かっていった。


第72話―終


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