第61話――請求書と二人の馬鹿――
授与式を後にホークスは、そのままギルド本部へ向かっていた。
石畳の通りを歩きながら、ふと空を見上げる。
まだ志願兵募集の紙が、街のあちこちに貼られているのが見えた。
「リゼルの奴……仕事早すぎだろ……」
そう呟いた時だった。
「ホークス様」
落ち着いた声がした。
ギルド本部の前。
そこにリゼルが立っていた。
メモ帳を確認しながら、いつもの冷静な表情でホークスを見ている。
ホークスは手を上げる。
「お、いたのか」
「はい」
リゼルは短く答える。
「お待ちしておりました」
二人はそのままギルド本部の扉をくぐった。
中は相変わらず騒がしい。
冒険者達の声、依頼のやり取り、酒の匂い。
だがリゼルは迷わず受付へ向かった。
受付嬢に何かを見せる。
それは見慣れない特殊なギルド章だった。
受付嬢の顔色が変わる。
「失礼しました。こちらへどうぞ」
二人はすぐに奥の部屋へ通された。
扉が閉まる。
ようやく静かな空間になった。
椅子に座ると、打ち合わせが始まる。
ホークスが口を開いた。
「明日から志願者集めたい。できればその場で選定も始めたいんだが?」
リゼルは即答する。
「すでに手配しております」
ホークスが目を瞬く。
「は?」
リゼルは淡々と続けた。
「貼り紙とチラシで宣伝済みです。城壁外の大型訓練場にて。明日、朝10時集合となっています」
ホークスはしばらく固まった。
「……仕事早すぎないか?」
「効率を優先しました」
ホークスは苦笑しながら頭を掻く。
「助かる、ありがとな」
リゼルは小さく頷く。
そして次の瞬間、机の上に紙を置いた。
「では、こちらを」
ホークスが見る。
請求書
そこに書かれていた金額は――
300万ルクス
ホークスはしばらく沈黙した。
「……これ何?」
「今回の貼り紙、チラシ、印刷費、配布費、人員費です」
「合計300万ルクスになります」
ホークスは首を傾げる。
「いや待て、これ普通ボイドに回るんじゃないのか?一応闇魔将の活動はギルドからの指令だし……」
リゼルは平然と言った。
「ボイド様からは、ホークス様に請求しろとのことです」
沈黙。
ホークスはゆっくり立ち上がった。
請求書を持つ。
「……ちょっと待ってろ」
そしてそのまま部屋を出た。
向かう先は一つ。
ギルドマスター室
ホークスはギルドの廊下を怒りながら歩いていた。
「……300万ルクスだと?」
紙を握る手に力が入る。
(ふざけんな!)
(なんで俺が払うんだ!?)
(闇魔将任命の準備だろうが!)
(普通ギルド持ちだろ!)
足音がドンドン強くなる。
廊下を通る冒険者が思わず道を開けた。
そのまま勢いよく扉を開ける。
バン!!
「クソジジィ!!」
部屋の中。
ソファーに転がっている男が一人。
ギルドマスター、ボイドが寝ていた。
「……んぁ?」
ホークスは請求書を突きつける。
「これはなんだ!」
ボイドは目を細めて紙を見る。
「……請求書?」
しばらく沈黙。
「……ああ」
思い出した顔をした。
「それか」
ホークスの額に青筋が浮かぶ。
「それか、じゃねぇ!なんで俺が払うんだよ!?闇魔将の活動はギルドの仕事だろ!?」
ボイドはあっさり言った。
「お前、ルクスいっぱい持ってるだろ。ケチケチするなよ、みっともない」
ホークスの拳が震える。
「それとこれとは話が別だろうが!!」
その時。
横にいたリゼルが口を挟む。
「ちなみにホークス様はおいくらほどお持ちなのですか?」
ボイドは腕を組んで思い出す。
「確か……20億ルクスくらいはギルドに預けてたっけ?」
ホークスが怒鳴る。
「貯金額は問題じゃないだろ!!」
「しかも金額もずいぶん目減りしてるじゃねぇかよ!?」
ボイドは肩をすくめる。
「どっちでもいいだろ?300万くらい払えよ」
「300万は大金だぞ!?ウィンに使うならまだしも、なんで仕事でこんな大金使わないといけないんだよ!?」
ホークスの怒りが頂点に達した。
そして――
ふと思い出した。
「……そういや」
低い声で言う。
「この前ウィンに飲まされた茶」
ボイドがニヤッと笑う。
「ああドレッドリーフか、効いただろ?」
ホークスの顔が引きつる。
「効いたとかいう問題じゃねぇ!!」
「舌が死んだわ!数日食べ物の味が苦かったわ!いまだにたまに悪夢を見るぞ!!」
ボイドは腹を抱えて笑い始めた。
「ははははは!」
「可愛い妹に作ってもらったお茶だろ!」
「よかったじゃねぇか!!はははははは!」
ホークスの拳が震える。
「……あのな」
「ウィンはドレッドリーフ取りに、1人でエルダーリーフまで行ったんだぞ」
ボイドの笑いが止まった。
「……は?その辺で買ったんじゃなかったのか?え?」
ホークスは続ける。
「そこから北の森に入って、ドレッドリーフの採取してたらモスベア三体に追いかけられたって言ってたぞ」
沈黙。
ボイドの顔から血の気が引いた。
「……3体?…モスベア?…………え?」
「木によじ登って逃げたらモスベアもよじ登ってきて結局戦ったらしいぞ」
ボイドの顔が真っ青になる。
「……え?………は?」
ホークスは腕を組む。
「どうにかこうにか撃退したらしいが」
ボイド
「……は?」
ホークス
「そのあと迷子で6時間森を彷徨ったらしいぞ」
ボイドが机を叩いた。
「そっちが問題だろうが!!」
部屋の空気が張り詰める。
ボイドは冷や汗を流していた。
「……待て、そういえばその日」
「ウィン帰ってこなかったんだが?」
ゆっくりホークスを見る。
「まさか………お前の部屋にいたのか?」
ホークスの目が細くなる。
「子供を夜の街に放り出すわけねぇだろ?一晩部屋に泊めたよ」
ボイドの額に血管が浮いた。
壁に掛けてあった大斧を掴む。
「貴様……」
「まさかウィンに手を出したのか!?」
ホークスも腰の剣に手をかける。
「馬鹿言うんじゃねえ!!可愛い妹に手を出すわけねぇだろ!?」
空気が凍る。
二人の殺気がぶつかる。
その瞬間。
バキッ
部屋に乾いた音が響いた。
リゼルのペンが折れていた。
二人が振り向く。
リゼルは静かに立ち上がった。
「……ホークス様」
笑顔。
しかし目が笑っていない。
「とりあえず」
「さっさと300万ルクス、ご用意いただけますか?」
ホークスは一瞬キョトンとした。
(なんで怒ってるんだ?)
しかし本能が告げる。
逆らうな。
「……はい、引き出してきます」
ホークスは素直に答えた。
そして部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「ザマァ見ろ!クソガキが!!」
リゼルはボイドを見る。
「ボイド様、あなたは当分お酒は禁止です、反省してください」
「……え?」
ボイドが間抜けな声を出す。
リゼルはそのまま部屋を出た。
扉が閉まる。
ギルドマスター室には静寂が戻る。
そこに残されたのは――
酒を禁止されたギルドマスター、ボイドただ一人であった。
第61話―終




