第57話――授与式の朝――
数日後――
闇の指輪の授与式の日。
朝の光が城下町を照らし始めた頃、
ホークスはすでに動き出していた。
普段の魔獣の鎧姿ではなく、今日は式典用の正装に着替えていた。
黒を基調とした外套。
胸元には王家の紋章が刺繍されている。
慣れない服装に少しだけ肩を回しながら、ホークスは城下町へ向かった。
授与式の会場は、城下町にある大広場。
町の中でも最も大きな広場で、中央には石造りの高台がある。
普段は祭事や国の行事に使われる場所だが、今日はそこが六魔将の儀式の舞台になる。
すでに広場の周囲には多くの兵士が配置されていた。
大広場へ続く通りには、朝から人が集まり始めている。
まだ式までは時間があるが、それでも人の数はかなり多い。
ホークスは人の流れを横目に見ながら、高台の裏手へ回った。
高台の周囲にはいくつかの天幕が設営されている。
その一つの前で、警備の兵士が直立していた。
「こっちは通行止めだ」
兵士が反射的に言う。
ホークスは軽く手を上げた。
「一応関係者だ……これから闇魔将になる者だ」
兵士はそれを聞きホークスの顔を見て、すぐに表情を引き締めた。
「……失礼しました」
すぐに一歩下がり、天幕の入口を開ける。
「どうぞ」
ホークスは軽く頷き、そのまま中へ入った。
天幕の中は外より少し静かだった。
すでに数人分の椅子と机が置かれている。
式が始まるまで、六魔将たちが待機するための場所だ。
その中に、一人の男が立っていた。
緑髪の細身の男。
怪しげな笑みを浮かべながらこちらを見ている。
風魔将――
シェルク・ヴァルシュトルムだ。
「これはこれは」
シェルクは軽く手を広げた。
「本日の主役のお出ましですか」
ホークスは軽く肩をすくめる。
「主役ってほどでもない」
「そうでしょうか?」
シェルクは少し楽しそうに笑った。
「ともあれ、闇魔将就任、おめでとうございます」
ホークスは短く「どうも」とだけ返す。
シェルクは少しだけ首を傾けた。
「ところで……ホークス殿は闇魔将に就任なさった暁には、まず何をなさるおつもりですか?」
その声は柔らかいが、どこか探るようでもあった。
ホークスは少し考えるような顔をしてから言う。
「……さあ?」
そして軽く笑った。
「授与式を見ていればわかりますよ」
シェルクは一瞬だけ目を細める。
そしてすぐに笑った。
「なるほど……それは楽しみですね」
くるりと踵を返す。
「では、私は一足先に」
「式を楽しみにしていますよ」
そう言い残し、シェルクは天幕を出ていった。
天幕の中は一瞬静かになる。
ホークスは椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。
(相変わらず食えない奴だな)
そんなことを考えていると――
天幕の入口が勢いよく開いた。
「チッ……」
舌打ちと共に入ってきたのは、
炎魔将――
グレン・イグナート。
その後ろから、ゆっくりとした足取りで入ってくる大柄な男
土魔将――
ボンブ・グランガイア。
グレンはホークスを見るなり、顔をしかめた。
「……お前か」
露骨な不機嫌さだ。
ホークスは普通に言う。
「久しぶりだな。この前の怪我、もう治ったのか?」
グレンの額に青筋が浮かぶ。
「お前のせいでだろうが!」
声を荒げる。
「よくも――」
その瞬間。
「静まれ」
低く重い声が響いた。
ボンブだ。
腕を組んだまま、グレンを睨んでいる。
「神聖な儀式の前だ、あまり騒ぐな」
グレンは一瞬言葉に詰まる。
そして舌打ちした。
「……チッ」
ホークスを睨みつける。
「覚えてろよ」
吐き捨てるように言うと、そのまま天幕を出ていった。
ボンブは深くため息をつく。
「……すまんな」
ホークスに向かって言う。
「いえ」
ホークスは少し笑った。
「やっぱ大変そうですね?」
ボンブは苦笑する。
「全くだ」
そして静かに言った。
「そろそろ時間だ」
その言葉の通り、外のざわめきが少しずつ大きくなっていた。
授与式の時間が近づいている。
しばらくして、兵士が天幕を開けた。
「六魔将の皆様、お時間です」
ホークスとボンブは立ち上がる。
そして高台へ向かった。
高台へ上がる階段を登ると――
目の前に広がっていたのは、人の海だった。
大広場にはすでに数えきれないほどの民衆が集まっている。
城下町中の人間が来ているのではないかと思えるほどだ。
兵士。
商人。
職人。
冒険者。
子供を肩車する父親。
戦争で傷を負った老兵。
誰もが高台を見上げていた。
やがて、高台の中央へ――
女王が姿を現す。
その瞬間。
民衆のざわめきが一斉に広がった。
そして静かに、授与式が始まろうとしていた。
第57話―終




