第53話――愚者の戦争――
ボンブは静かに語り始めた。
「戦争が始まってすぐ動いたのは……当時の闇魔将、アクタールだ」
ホークスは黙って聞く。
「奴は最初から戦争を見越していた」
「兵を集め、物資を備え、侵攻の準備を整えていたのだ」
ボンブは机に指を軽く叩いた。
「戦争が始まると同時に、闇魔将の軍は進軍した」
「獣王国の領地をいくつも落とした」
ホークスは目を細める。
それほどの軍事行動が、偶然のはずがない。
ボンブは続けた。
「だが……アクタールは突然、暗殺された」
ホークスの眉が動く。
「暗殺……?」
「そうだ」
「闇魔将の軍は統率を失い、侵攻は止まり、やがて後退していった」
ボンブは低い声で続ける。
「そして後に宣戦布告の書状がすり替えられていた事が判明した」
「そして、その指示を出したのが」
一拍置く。
「アクタールだった」
応接室の空気が重く沈んだ。
ホークスは黙ったまま考える。
戦争は偶然ではない。
誰かが、意図して火を大きくしたのだ。
ボンブは静かに続けた。
「だが……それで終わりではない」
ボンブの表情がわずかに曇る。
「その後、闇魔将を継いだ者がいた」
「アクタールの娘――」
「ビオラ・ノクスヴェール だ」
ボンブは静かに続けた。
「アクタールが死んだあと――」
「闇魔将を継いだのは、その娘だ」
ボンブは小さく頷いた。
「まだ若かった」
「だが、闇魔将の座を継がざるを得なかった」
重い沈黙が落ちる。
「だがな」
ボンブは低く言った。
「当時の炎魔将派閥の貴族ども、そして先代の風魔将であるジーンとその派閥の貴族どもが……」
「アクタールの罪を、すべてあの娘に背負わせた」
ホークスの眉がわずかに動く。
「領地も財産も取り上げられ、そのうえで領地防衛の契約まで結ばされた」
ボンブは拳を軽く握る。
「闇魔将派閥は貴族派閥だった。儂と当時の氷魔将のイース殿は王家側だ。立場上、あの娘を庇うことができなかった」
ボンブは悔しそうに目を伏せた。
「光魔将のレインも同じだ。光の教団の立場上、闇の者と深く関わることは禁じられていた」
「……むしろ叱責する側に立たねばならなかった」
「女王陛下も戦争の原因である闇魔将側の者であるビオラを庇うことはできなかった」
重い声だった。
「儂は……今でも後悔している」
応接室が静まり返る。
ホークスは黙って聞いていた。
ボンブは続ける。
「戦争はその後も続いた。その中で炎魔将ブレイデッドは、魔獣将アルクに討たれた」
ホークスの目が少し細くなる。
「そして先代の風魔将であるジーンは突然の病死だ」
ボンブの声はどこか疲れていた。
「ビオラは前線に立ち続けた。だが禁忌の闇魔法を使い続けた代償で」
一拍置く。
「右目」
「左腕」
「そして――子を成す力」
「すべてを失った」
ホークスの表情がわずかに曇る。
ボンブは静かに続ける。
「戦える状態ではなくなったのだ」
「そこで当時、新たに炎魔将を継いだブレイデッドの息子であるバレッドが動いた」
「バレッドは父親であるブレイデッドが独断侵攻した事を引き合いに出しビオラの罪を不問とした。シェルクも先代風魔将である父親のジーンが病死したことでビオラへの罪の追及をしなくなった」
「それでビオラは、闇魔将を退いた」
ボンブは少し遠くを見る。
「……だが、まだ終わりではなかった」
ホークスは黙って聞く。
「バレッドは決めた。父ブレイデッドの罪である独断侵攻の罪を償うとな」
ボンブの声が低くなる。
「魔獣将アルクを討つと決めたのだ」
応接室が静まり返る。
「出陣の前、バレッドは女王陛下と六魔将全員に頭を下げて一つ願い出た」
ボンブは静かに言う。
「もし私が帰らなければ、我が弟であるグレン・イグナートを頼みます、と」
ホークスはわずかに目を伏せる。
ボンブは続けた。
「そして……アルクと一騎討ちをした」
静かな声だった。
「……結果は討死だ」
ボンブの顔には、はっきりと悲しみが浮かんでいた。
「愚かな者たちの欲のせいで……若い者たちが罪を背負った」
拳がわずかに震える。
「儂は……それが今でも許せん!」
しばらく沈黙が続いた。
やがてボンブはホークスを見た。
「だからこそ、アルクを討ち、この戦争を終わらせたお主には、感謝している」
ホークスは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして静かに頭を下げる。
「……話しづらい話でしたよね」
「ありがとうございました」
応接室には、長く続いた戦争の重みだけが残っていた。
第53話―終




