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第87話――その中心にいる少女――


授業を終えたホークスは、教室を出るとそのまま周囲を見渡した。

(……ウィンは……魔法の訓練か?)

 足は自然と訓練場へ向く。

 そして。

「……なんか増えてないか?」

 思わず足が止まった。

 訓練場の一角。

 そこには――

 ウィン。

 そして。

 6人の令嬢たち。

 いや、正確には。

 “ウィンを中心に円を描く令嬢たち”だった。

 セリス。

 セレフィーナ。

 ミレイユ。

 そして残り3人は――

 明らかに「最初は別の目的」で近づいた者たち。

 だが。

 全員、同じ顔をしていた。

(……なんだあれ?)

 柔らかく。

 緩みきった表情。

「えっとね!さっき教えてもらったやつで――!」

 ウィンが杖を構える。

 無邪気な声。

 楽しそうな笑顔。

 その中心で。

「――ウィンドスフィア!」

 風が集まり、球体を成す。

 まだ不安定だが確かに形にはなっている。

 マジックドールへと放たれ。

 軽く揺らす。

「できたっ!」

 ぱあっと笑顔が弾ける。

(可愛い……)

(今の何……癒し……?)

(育てたい……)

(妹に欲しい……)

 それぞれが、それぞれの方向で完全に落ちていた。

「すごいですわウィン様……」

「今の発動、昨日より安定してますわ」

「えへへ、ほんと?ありがとうっ!」

 そのやり取りに。

 全員が更に虜になる。

(……ダメだこれ)

 ホークスは遠くから見ながら、静かに結論を出した。

(平和だな……)

 少なくとも危険はない。

 むしろ。

(……増えてるけど)

 先程より確実に人数が増えていることだけが問題だった。

 だが。

「……まぁいいか」

 ウィンは笑っている。

 周りも笑っている。

 なら。

 今はそれでいい。


 ホークスは踵を返す。

(俺は俺でやるか)

 向かう先は自習室。

 扉を開けると。

 そこには静かな空気。

 受付に立つエルミナが気づく。

「……ホークス様」

 軽く頭を下げる。

「少し相談がある」

「はい、何でしょうか?」

「付与魔法とマジックシールドについてだ」

 エルミナは一瞬だけ考え。

「……付与魔法は専門外ですが」

「マジックシールドでしたら、以前研究しておりましたので」

「お力になれるかと?」

「そうか、助かる」

 2人はテーブルに向かう。

 向かい合って座る。

「どう使う予定ですか?」

 エルミナが問う。

「魔法陣を使うマジックシールドを主軸にする。耐久を上げつつ、展開しながら移動できる形だ」

 ホークスは今の魔法の構想を説明する。

「……理にかなっていますね」

 エルミナは頷く。

「魔法陣を使用したマジックシールドは耐久性に優れますし、範囲維持にも向いています」

 そして続ける。

「一方で、魔法陣を使わない場合は――」

「発生が速く、魔力消費が少なく、形状変化が可能です」

「なるほど、使い分けする手もありだな」

 ホークスはノートに書き込む。

 戦術へ変換していく思考。


 その頃

 ――同時刻。

「ここが自習室だよ!」

 ウィンの声。

 その後ろには。

 8人の令嬢。

 先程よりさらに増えていた。

「エルミナさんに見てもらおうね!」

 ウィンが扉に手をかける。

 だが。

 ふと。

 止まる。

「……あれ?」

 扉を少しだけ開ける。

 そっと覗く。

 そこには。

 ホークスとエルミナ。

 二人きり。

 向かい合い。

 ノートを広げ。

 真剣に話している。

「…………」

 一瞬の沈黙。

 そして。

 ほっぺが膨れる。

「……お兄ちゃん……」

 小さく呟く。

 じわじわと。

 感情が膨らむ。

「なんで……2人で……楽しそうに」

 完全に。

 嫉妬のぷんすこモード突入。

(えっなに今の)

(お兄ちゃん呼び!?)

(可愛すぎません?)

(怒ってるのに可愛いって何!?)

(私もお姉ちゃんって呼ばれたい……)

 令嬢たちは全員さらにウィンの魅力に深く沈む。

 ウィンは気づいていない。

 自分がどれだけの人間を堕としているのか。

 その“魔法”の強さに。

 まだ、誰も抗えない。


「だからこの場合、魔法陣のフレームを少し広げて――」

「ええ、その方が耐久は安定します」

 ホークスとエルミナは気づかない。

 会話は完全に“研究者のそれ”。

 ノートに次々と書き込まれる式。

「ただその分、魔力の維持コストが上がるな」

「はい、ですが前線での防御なら――」

 自然と距離が近くなる。

 同じ紙を覗き込み。

 同じ思考を共有している。

 そして。

 少し楽しそうだった。

(……なんか)

 足を止める。

(2人とも楽しそう……)

 じわっと。

 胸の奥がもやっとする。

 そのまま。

 つかつかと近づき。

 二人のすぐ横まで来て。

 ぷくっと頬を膨らませる。

「……なんだか楽しそうだね」

 拗ねた声。

 不機嫌だとわかりやすい顔

(きた……!)

(怒ってる……可愛い……)

(なんですのこの破壊力……)

(守りたい……)

 令嬢たち、完全に沈没。


 ホークスは顔を上げる。

「ああ、ウィンか」

 少しだけ驚き。

 そして――

「お前もお友達たくさんできて楽しそうだったしな」

 何気ない口調で。

「邪魔にならないように、こっちはこっちで勉強してたんだ」

 その言葉は、ほんの少しだけ棘を含んでいた。

 本人すら気づかない程度の。

 わずかな嫉妬。

「……ふーん」

 さらに頬が膨らむ。

 目を逸らす。

(なにそれ……)

(こっちだって……)

 言葉にしない感情が、くすぶる。

 ほんの一瞬。

 空気が、少しだけ硬くなる。

(……これは)

 エルミナは即座に察して静かに口を開いた。

「ウィンさん」

 柔らかく。

「ここに来たということは、何か聞きたいことがあったのですよね?」

 自然な流れで。

 空気を切り替える。

 その一言で。

 張りかけた糸が、ほどける。

「……あ、うん!そうだった!!」

 少しだけ気持ちを戻す。

「さっきね、みんなで魔法をノートにまとめたの!」

 ぱっと表情が明るくなる。

 単純で。

 素直で。

 だからこそ。

 周りを巻き込む。

(戻った……!)

(よかった……)

(やっぱり笑顔が一番……)

 令嬢たち、再び癒される。

 ホークスも、わずかに息を吐く。

(……まぁいいか)

 さっきの感情は流す。

「じゃあ持ってこいよ、エルミナと一緒に見てやるから」

 ウィンは嬉しそうに頷く。

「うんっ!」

 そして振り返り――

「みんな入って来て!一緒に勉強しよう!」

 その一言で。

 雪崩のように令嬢たちが入ってくる。

 静かだった自習室が。

 一気に賑やかになる。

 その中心にはやはりウィンがいた。


 自習室。

 テーブルを囲む形で。

 ホークス。

 エルミナ。

 ウィン。

 そして――

 8人の令嬢たち。

 静かなはずの空間は、今や完全に“交流の場”と化していた。

(なんかまた、増えてないか?)

(確か、昨日見た炎魔将派閥の令嬢か?)

(……まぁいいか)

「…じゃあ、ここから整理していくか」

 ホークスがウィンのノートを手に取る。

 ページをめくるとそこには、びっしりと書き込まれた魔法理論。

 風魔法の効率的な習得手順。

 魔力配分の最適化、威力増強のための構成

射程延長のコツや魔力消費を抑える流し方

 それぞれが異なる視点でまとめられている。

「……これ」

 思わず手が止まる。

(かなりいいな、わかりやすくてかなり的確だ。しかも色んな使い手の視点で書かれている)

 単なる授業内容ではない、実戦を見据えた理論。

「よく……ここまでまとめたな」

 素直な感想が漏れる。

「……ええ」

 エルミナもノートを覗き込む。

 目を細める。

(この魔力配分の図……)

 頭の中で、自分の知識と照らし合わせる。

(近接魔法に関しては私の魔法よりこちらの方が僅かながら魔力効率がいい……?)

 わずかに驚きが混じる。

「この構成……理にかなっています」

 静かに評価する。


「えっとね!」

 ウィンが少し照れながら言う。

「みんながいっぱい教えてくれて……」

 ノートをぎゅっと抱える。

「書いたんだけど……」

 少しだけ、声が小さくなる。

「……まだ半分も分かってないの」

 一瞬。

 令嬢たちの時間が止まる。

(なにそれ可愛い……)

(頑張ってる……偉い……)

(理解できなくて落ち込んでるの可愛すぎる……)

(守らなきゃ……)

 保護欲、限界突破。

「大丈夫ですわウィン様!」

「むしろこの内容で半分理解できてるのがすごいです!」

「一緒にやればすぐですわ!」

 口々にフォローが飛ぶ。

 だが内心は。

(抱きしめたい)

(なでなでしたい)

 そんな空気を横目に。

 ホークスは少しだけ口元を緩める。

「これを一日で全部理解するのは無理だ」

 断言。

 だがその声は柔らかい。

「だから――」

 ウィンの顔を軽く見る。

「これから少しずつやればいい」

「焦る必要はない」

「……うん」

 少しだけ安心した顔。

 そして。

 また笑う。

(尊い……)

(何この空間……)

(兄妹……尊すぎません?)

 そして同時に。

(あの人……)

 ホークスを見る。

(思ってたより優しい……?)

 “怖い人”

 その印象が。

 静かに崩れる。


「この内容ですと――」

 エルミナが指を置く。

「風魔法は用途ごとに分けて使うのが良いですね」

「射程重視、威力重視、防御補助……」

「いくつかのパターンに分けて運用できます」

「だな」

 すぐに理解する。

「風魔法は応用が効く」

 そしてウィンを見る。

「魔法剣士として戦うなら、特に相性がいい」

「近接にも絡めやすいし――」

「遠距離への対策にもなる」

 一拍置いて。

「まずは杖で安定して撃てるようにしないとな」

(……え?)

 一瞬の静止。

 そして。

(剣士!?)

(この子が!?)

(え、危なくないですの!?)

 一斉にウィンへ向く。

 小柄な体。

 まだ幼さの残る顔。

 そして。

 にこにこしている。

(……え?)

 一瞬の静止。

(剣士……?剣士!?この娘が!?)

(この子が前に出て戦う……?)

 ウィンを見る。

 小さな背中。

 まだ未完成な動き。

 だが。

 さっきの魔法。

 必死にノートを取る姿。

 思い出す。

(……この子は)

 ただ守られるだけの子ではない。

(前に出て戦う子なのだわ)

 その理解が、同時に全員の中で生まれる。

 そして――

(なら)

(私たちが――)

(ちゃんと教えないと)

 空気が変わる。

 ただの“可愛い”ではない。

 責任を伴った感情。

「……ウィン様」

 セリスが静かに口を開く。

「風魔法は、もっと応用が効きますわ」

「防御にも、回避にも使えます」

 その声は、どこか真剣だった。

 他の令嬢たちも頷く。

「私も、分かる範囲でお教えします」

「危険な場面でも使える形にしましょう」

「一緒にやりましょう、ウィン様」

 それぞれの言葉。

 だがその根底は同じ。

 守りたい。

 そのために。

 強くなってほしい。


 ――それは、ただの好意ではない。

 守るために、支えるために、育てるという選択。

 小さな笑顔を中心に集まった想いは、

 やがて“力”へと形を変えていく。

 まだ誰も気づいていない。

 これはただの交流ではなく――

 未来を変える、小さな始まりだということに。


第87話―終


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