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第88話――魔女っ娘ウィンちゃんと優しい火の魔法――


 ノートの整理が一段落した頃。

 ホークスがふと口を開く。

「ウィン、風魔法もだいぶ様になってきたな」

 ウィンが少し嬉しそうに顔を上げる。

「ほんと?」

「ああ」

 軽く頷く。

「風魔法を杖で撃つのに安定してきたら、次は火の魔法の種類も増やすといい」

「え、火も?」

 ウィンが少し驚く。

「火の魔法は近接戦闘での相性がいい。瞬間火力も出せるし詠唱も近接仕様なら比較的速い、使いどころは多い」

 そして視線を令嬢たちへ向ける。

「火が得意な奴はいるか?」

 一瞬の沈黙。

 そして。

「……はい」

 セリス、続いて。

「……私も」

「わたくしも、ですわ」

 カリナとノエリア。

 炎魔将派閥の三人が名乗りを上げる。

 だが。

 どこか少しだけ、ぎこちない。


 ほんのわずか。

 昨日の自習室での無礼な振る舞いがよぎる。

(……ああ)

 ホークスは気づく。

 昨日、自習室で絡んできた連中だ。

 だが――

「ちょうどいい」

 気にした様子もなく、話を続ける。

「ウィンに近接で使える火の魔法を教えてやってくれないか?」

「射程は短くていいが高威力、詠唱は短めで……できれば魔力消費も軽いものがいい」

 具体的な条件を提示する。完全に戦う者の目線。

 セリスが一歩前に出る。

「……承知しましたわ」

 その声は、先程よりもはっきりしている。

 そして。

「その前に――」

 一瞬だけ目を伏せる。

「昨日の件、失礼いたしました」

 静かに頭を下げる。

 カリナとノエリアも続く。

「……申し訳ありませんでした」

「軽率でしたわ」

「別にいい。もう終わったことだ」

 特に気にしていない声音。

 そして。少しだけ声が柔らかくなる。

「それより――」

 全員を見渡す。

「ウィンと仲良くしてやってくれ」

 空気が止まる。

(……え)

(そんなことを……)

 予想していなかった言葉。


「……はい」

 セリスが答える。

「こちらこそ、ウィン様と仲良くさせていただきますわ」

 自然と笑みがこぼれる。

 他の令嬢たちも続く。

「よろしくお願いします」

「ぜひご一緒させてください」

「いっぱい教えますわ!」

 どこか嬉しそうな声。

「え、えっと……」

 少し照れながら。

「こちらこそ、よろしくね!」

 ウィンはぺこっと頭を下げる。

その瞬間

(可愛い)

(無理)

(尊い)

(守りたい)

(お姉ちゃんって呼んでほしい)

 全員の思考が一致する。

(……)

 それを見て。

 ほんの一瞬。

 ホークスの表情が緩む。

(……やっぱり)

 心の中で。

(ウィンはいい子だな)

 笑顔が広がる。

 派閥も、立場も関係ない。

 ただ一つ。

 “中心”だけが、そこにあった。

 ――ウィン。

 その存在が、すべてを繋いでいた。


 気がつけば――

 窓の外は、茜色に染まっていた。

 長く続いた議論。

 書き連ねられた理論。

 熱を帯びていた空間が、ゆっくりと静まり始める。

「……そろそろだな」

 ホークスが椅子を引き、立ち上がる。

 その一言で。

 現実の時間が、戻ってくる。

「夕飯の時間だ」

 その言葉に、令嬢たちは一瞬だけ動きを止める。

 ほんの僅か、だが確かに。

 “離れがたい”という感情が、場に滲む。

「……もう、そのような時間ですのね」

 セリスが小さく呟く。

 いつもの凛とした声ではない。

 わずかに、名残を含んだ声。

「本日は……失礼いたしますわ」

「……また明日」

「ええ……」

 誰もが言葉を選ぶ。

 この時間を壊さないように。

 別れ際

 自習室の外。

 廊下の光は柔らかく、長い影を作っていた。

「じゃあね!」

 ウィンが、ぱっと笑う。

 迷いのない笑顔。

 そして。

 両手で、大きく手を振る。

「また明日、みんなで勉強しようね!」

 その瞬間、時間が止まる。

(……可愛い)

 誰もが、同じ言葉に辿り着く。

(なにこれ)

(どうしてこんなに……)

(離れたくない……)

 胸の奥を掴まれるような感覚。

 だが。

 それでも令嬢たちは。

「ええ、もちろんですわ」

「楽しみにしております」

「必ず参りますわ」

 “貴族”としての礼を崩さない。

 そのまま、静かに背を向ける。

(帰ったら――)

(明日教える内容、全部まとめる)

(あの子が困らないように)

(絶対に、役に立つものを)

 決意が、静かに燃える。

 それは派閥でも、立場でもない。

 ただ一つ、ウィンのために。

 やがて。

 ホークスとウィン、エルミナの三人は食堂へ向かう。

 扉を開けた瞬間、空気が揺れる。

「……あれが」

「昼の……」

「闇魔将……?」

「近づくなって……」

「でも、あの子……」

 囁き。

 視線。

 ざわめき。

 好奇と、警戒。

 混ざり合った空気が、三人を包む。

 だが――

(どうでもいい)

 まるで風でも通り抜けたかのように。

 気にも留めない。

 席に着き、自然にフォークを手に取る。

「エルミナ、お前から見て、ウィンが魔法剣士として戦うなら、何が必要だ?」

 問いは簡潔。

 だがその中身は、完全に“実戦”。

 エルミナは一度、ウィンを見る。

 パンをちぎり、頬張る姿。

 無防備な笑顔。

 だが。

 その内にある“量”は、正確に測る。

(……内蔵した魔力的には、今使える魔法はランク2程度ですね)

 冷静に判断する。

「まずは魔力効率を最優先にすべきですね」

 静かな声。

 だが芯がある。

「ウィザード系統の魔法を軸に、不足する要素をメイジやソーサラーの魔法で補う形が現実的かと思います」

「特に後者は魔力消費を抑えた調整が前提になります」

 無駄のない説明。

「……なるほどな」

 短く頷く。

 思考はすでに次へ進んでいる。

(足りないなら――)

(削るか、補うかだな)

「なら基本は魔力効率重視で組むとして、足りない分は……魔道具で補う前提でも考えとこう」

「その方向で行きましょうか」

「んー……おいしい!」

 ウィンは2人が自分の魔法の方向性を話し合ってる横でパンをシチューに浸しぱくりと食べる。

 頬が緩む。

 目が細くなる。

 ただ、それだけで。

 幸せそうだった。

(お友達、いっぱいできたなぁ……)

(明日も楽しみ……!)

 戦術も。

 魔力も。

 難しい理論も。

 全部、遠くにある。

 ただ一つ。

 学園が楽しい。

 その無邪気さが。

 誰かの決意を生み。

 誰かの価値観を変え。

 静かに。

 確実に。

 世界の形を、変え始めていた。

 ――だが。

 その中心にいる少女は、まだ知らない。

 自分がどれほどのものを動かしているのかを。


――その夜。

 街の灯りが、ゆっくりと落ちていく頃。

 とある貴族用の下宿。

 その一室だけは、まだ灯が消えていなかった。

 机の上に積み上がる書物。

 魔法理論。

 戦術論。

 魔法剣士の指南書。

 戦士の戦術指南書。

「この構成だと魔力消費が多すぎますわ!」

「ええ、ウィン様の魔力量では維持が厳しいです!」

「じゃあここ、圧縮じゃなくて流す方向に変えましょう!」

 紙の上で、理論が組み替えられていく。

 ペンが走る。

 ページがめくられる。

「この詠唱、短縮できませんの?!」

「できますわ!、ただし威力が落ちます!」

「……なら威力は最低限でいいですわ!、当てやすさを優先しましょう!!」

 迷いはない。

 基準はただ一つ。

 ウィンにとって最適かどうか。

「近接で使うなら、発動速度を最優先に!」

「防御は風魔法と併用すれば補えますわ!」

「ならこの形で……いけますわね!!」

 理論が繋がる。

 派閥も。

 立場も。

 この場では意味を持たない。

 あるのはただ。

 魔法使いとしての思考と――

 同じ方向を向いた意志。

「この式……無駄がないですわ!」

「ええ、これなら魔力消費をかなり抑えられます!」

「……この魔法ならウィン様でもきっと使えますわね!」

 一瞬だけ、全員の手が止まる。

 思い浮かぶのは。

 あの無邪気な笑顔と、必死に努力する姿が脳裏に焼き付いて思い浮かぶ。

 帰り際の大きく手を振る姿。

 無邪気な声。

「……もっと……もっといい魔法を教えたいですわ!」

 その一言が、静かに落ちる。

 そして――

 空気が、変わる。

「このままじゃ足りません!」

「ええ!、まだ詰められます!」

「もっと効率を……」

「もっと実戦的に……」

 再び、ペンが走る。

 鬼気迫る勢いで思考が加速する。

 その姿は、もはや令嬢ではない。

 ただの――

 魔法使い。

 そしてその根底にあるのは、

 たった一つの感情。

 ――ウィンのために。

 その一念だけが、

彼女たちを突き動かしていた。


 その夜。

 彼女たちは――

 人生で、最も学び。

 最も考え。

 最も研ぎ澄まされた。

 すべては、ただ一人の少女のために。

 その積み重ねが、

やがて何を生むのか。

 まだ、誰も知らない。

 だが確かに。

 小さな灯は、今この夜に生まれた。

 ――ウィンのために。


第88話―終


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