58話 消えゆくモラトリアム
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‐side ひなた‐
ナビが「目的地付近に到着しました」って言った。
痛いぐらいの鼓動と酸欠で倒れる寸前の荒い呼吸を必死に整える。
「車が負けるとはのう」
楽しそうな声で爺が近寄ってきた。
なんか言い返してやりたいけど、息をするだけで精一杯。おまけに汗も噴き出してきた。
「なんと」爺がまた公園の方を見ている。
「?」
ハアハアと呼吸をしながら尋ねるように爺を見た。
「ふむ」
「?」
「この先へ進みたいか?」
「・・進みたいっ」爺がすっと手を動かした。
「ここをまっすぐ進めば良いじゃろう」そう言って指差した先には池。
「ちっ」
「また、池じゃのう。ふぉっふぉっ」
しかもこっちのほうがなんか深そう。でも、先へと進みたい気持ちが強くてじっとしていられない。
「いくがよい」
言われなくてもっ。
走ったおかげで頭の中は空っぽになったみたいだ。何も考えず、一歩ずつ進む。
少し土手のようになったところを進み、柵を乗り越える。
「・・・爺」
「なんじゃ?」
「これ、無理じゃね?」
「青春じゃ」
「何がだよ!池に落ちるのが青春じゃねーよ」
「違ったかのう?」
「絶対落ちる。また池に落ちるのがわかる」
「じゃろうの」
「おい」
「しょうがないのう」
「つかまって行くが良い」
爺の視線の先を追うと、黒い奴らが来てた。
冷静になって周りを見ると、結構人がいる。
この瞬間に池に落ちても消えてもちょい騒動になるんじゃ?
なんて思っていたら、ぐらりと足元が歪んで、思わず膝をつき、空気が変わったのを感じて目を上げると、大きな樹
その前にいる彼女と玲央を見つけた。
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‐side 環‐
ひょこひょこと黒い子たちが後ろに下がっていくので、どうしたのかなと見ていたら、ひなたさんを連れてきた。
「あ」
「環ちゃん!玲央!良かった無事で」
ぐいんと引っ張られるようにこちらの次元(樹)へやってきたひなたさんは、異世界をスキップしたのだろうか。不思議に思っていると、ひなたさんからも青がこぼれ落ちてくる。
「あれ?まだ残ってたか」
落ちた青が停滞している青へと引き寄せられ、同時に空からも青が集まってきた。
「あ?」
不満そうにそれを睨む玲央さん。
想像を超える量の青。
世界中が青に染まったんじゃないかと思うほど。
その青がどんどん透き通っていく。
同時にどうしようもない寂しさと愛しさも込み上げてくる。
この現象をなんとなく理解してはいるけれど、自分の枠に当てはめて説明したくない。
ふとひなたさんのことが気になって振り返ってみると、どうしたの?というように片眉を上げて首を傾げてくれた様子に、オルビスを想う。
あの子もこうやって私に寄り添っていてくれた。
オルビスの形はなくなっても、こうやって残る。そんな気がする。
見上げた先のオルビスはあまりにも大きくて、こんなにも透き通っていく。
「変わるんだね、オルビス」
もう名前を呼んでも何も縛り付けることなんてない、きっと。
透明の渦が大樹を包んで少しずつ消えていく。
それと同時に大樹も薄くなる。
きっとこのままここから消えるのだろう、そう思って残された2人にどうするか尋ねようと思ったとき、ひなたさんの足元が崩れていくのが見え、慌てて手を掴む。
「やばっ」
ひなたさんの足元には池の景色が見える。
「黒ちゃんっ」
慌てて黒い子たちを呼ぶと、しっかり足元を支えて持ち上げようとしてくれている。
「こっちに集中しろ」
そう言って玲央さんがひなたさんを掴んで引っ張った。
「っ!城であってる?」
「たぶんっ」
大樹の景色で城を確認できてないけど、今はたぶん見えているだろう。
そこへ日焼けした筋肉の目立つ腕が加わってひなたさんを引っ張り上げるのが見えた。
「いてて」
すごい力で思い切り引っ張っているのだろう、ひなたさんが痛みを訴えたけれど、同時にしっかりとこちら側の土地に足をつくのが見えた。
黒い子たちがぴょこぴょことまるで喜んでいるように動いている。
「助かった!ありがとう」
「何があったのか説明してくれ」
「「・・・」」
ひなたさんと玲央さんと私が顔を見合わせて固まる。
正確に何があったのか理解しているのは誰なんだろう。
口を開いたのは
「ファンタジー」
玲央さん。
確かにファンタジー。でも今それを言う?
思わず笑ってしまった。
一瞬のほほんとした空気に
「お前たちはいったいなんだ」険しい声が入ってきた。
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‐side アイビー‐
ふと思い出す。
王太子の婚約者に選ばれる前の私は、何を望み、何を楽しいと思って生きていたのだろかと。
身分の高い女性だからと求められるものはとても多かった。
勉強して、身につけたくもない流行を取り入れ、反発する心を持て余して逃亡したこともあった。
王子様の隣に立つ、というのは半端な覚悟では無理な場所なのだと思い知った。
そんなとき、シューバさまに憧れた。
こちらに来てから「アイドル」というものを知り、それを追いかける「ファン」の気持ちと似たようなものなのかもしれないと知った。偶像崇拝、この言葉を彼女から教わった。
シューバさまと結婚したいなどと思ったことはない。
王子妃という立場への覚悟が決まらない私にとって、シューバさまは逃げ場だった。
それだけ。
現実から目をそらし、憧れの切なさに恋をしている気分を味わい、何も覚悟ができずにフラフラと不満と不安だけを抱えていたからだろう。
この世界へと迷い込んだ。
この世界で生きられたら、と思った。
どうせ帰れないのだから。
帰りたいのかどうかもわからないし。
そうして過ごすこちらでの日々。
ここでも何の役にも立っていない。こちらで生きる覚悟もない。ただ帰りたくないと、子供のようにごねているだけ。
いっそ何もかも捨ててしまいたい。そう思っていた。
なのに。
じわじわと違和感を感じるようになってきた。
違和感を感じつつ、言語の勉強だと言い訳しながらひたすらこちらの世界の映像を見ている。
こちらの世界にいるから幸せというのは幻想なのだとわかってきた。
自分を幸せにできるのは自分なのだ。
こちらにいるから幸せなのではなく、あちらにいるから不幸せでもない。
怒りに似た焦りのようなものが増えていく。
何もかも中途半端で嫌になる。嫌になるならやめればいいのに。
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‐side 城のある世界‐
「その者たちは何じゃ」
現れた騎士に説明しようとしたら、なんだか威厳のある雰囲気の声が混ざってきた。
どことなくしょうちゃんを彷彿させる小さいおじさんが騎士の後ろにいる。
日焼けした体の大きい人がさっと頭を下げた。
ということは・・身分が高い人?なんて思っていたら、
ここに連れて来てくれた男性の首根っこを捕まえて、
「また隠し事か?」とニコニコ切れ散らかしている。そう、顔は笑顔でも怒りしか感じない。
日本人3人で顔を合わせ、どうしたものかと固まる。
「全て説明させていただきます」
日焼けさんがそう言って、ぞろぞろと移動することになった。
案内されたのは城の地下のような空間。
雰囲気は暗くて地下のようなのに、階段はひたすら上がってきたので、軽く汗をかいた。
窓もなく、天井も低く、照明も暗い。
「ユジュ」
「・・・」
「お前は知っていたのにわしに報告をしなかったということじゃな」
「・・・」
「いつもいつも」
「・・・」
「なんで教えてくれんのじゃあ!」
「ちっ」
「なんか楽しそうじゃの!なんかワクワクすることが起きているんじゃの?」
「めんどくさ」
「なんのためにお前を自由にしてやってると思っとるんじゃ!」
ジタバタという言葉がとてもぴったりくる様子に対して、こちらは塩対応という感じかな、うん。
深刻なムードではなさそうなので、周りを見渡してみる。
装飾のないクリーム色の壁を触ると何かに弾かれる感触。
「こちら風の結界、だね」ひなたさんが私の横にきて教えてくれた。
「単純だけど、堅牢」
ワクワクしたような輝きを宿した瞳に、楽しいんだなと微笑ましく思う。
「えっと・・」
「よし、バラす!」
「は?」
「もう怒った!」
「せ、説明するから」
「いいや、もう色々と時間切れじゃ」
「そんな・・」
「?」ばらすという不穏な言葉に思わず耳を傾けた。
「こいつはのう、」
「待って!」
「魔法使いのふりをした我が息子じゃ!」
「・・・え?」
「「ん?」」
何か不思議なことなんだろうか?
「あーあ・・言っちゃった」




