55話 それぞれの行先 (風呂)
□ □
「なんか臭いのう」
「しょうがないだろ」
魚の匂いなのか、藻の匂いなのか全身くまなくびしょびしょで臭い。
気温はそこまで低くないだろうにガタガタ震え始めている。
爺を残して橘さんが渡してくれた紙袋を持って車に乗り込んで着替える。タオルもあるし汗ふきシートまであるし、車の椅子に座らないように床にしゃがんで服を全部脱いで、体を拭いてから着替えた。
「髪が臭くて乾かないのだけはどうにもならないか」
池のほとりのベンチに座って、のんびりサンドイッチを食ってる爺の隣に座る。
「彼女はどこ」
「まだじゃのう」
「これ、もらう」
袋の中にあるおにぎりを掴んで開けようとしていたら、横から温かいスープを渡された。
冷たい指先を温めながら、ゆっくり飲むと体の中から温かさが伝わっていく。
「俺、なんか今・・幸せだわ」
「ほお」
「池に落ちて、なんか臭くて寒いけど」
「サンドイッチも美味しいしのう」
「爺、何個食ってんだよ」
「まあまあ食ったかの」
「平和だな」
「そうじゃな」
池に落ちたからだろうか、今生きていることを強く意識した。
□ □
‐side 玲央‐
このままここにいたら、永久に同じ時を過ごすんだろうか。時間という概念もなく、年も取らず、喉の渇きや空腹もなく、ただ1人。
そんな風に想像すると、恐怖に飲み込まれそうになる。
いやまて。
俺はお気楽だ。
どんなときでもどこか客観視したり、楽しみを見つけるのが得意なはず。
ほら、ここにいれば会社に行かなくて済むじゃないか。
・・働かなくていいけど、疲れたときに飲むビールやラーメンがないのはつまらないな。
まだ最終回を迎えてないアニメ、見たい。
まあでもそれは我慢できるっちゃできるか。
ここにいたら悲しみも喜びもないだろうな。
悲しみはいらないけど、喜びがないのはつまらないか。
そんなことを考えていたら、どこかで声がした気がした。
考えることも飽きてきたから、ゆっくりそっちへ向かっていく。
□ □
‐side 環‐
やっと前進したと思ったら
・・・どちらに行けばわからなかった。
異世界側なのか、現実の池の中なのか。
池で溺れるのはいやだなあ。
異世界なら苦しくないかな。
迷いながらも、私とオルビスが楽しく暮らせるところがいいと思った。
それがどこであっても一緒にいられたら。
そんな風に思ったら、異世界側に来た。
ずぶ濡れで、草がたくさん生えている地面に寝転び、綺麗なモクモクと浮かぶ白い雲を眺めていると、ぐるぐると世界が回るようなめまいは落ち着いてきた。
そろそろと起き上がって、オルビスを探す。
「オルビス?」
返事はない。
周りを見渡しても人らしい姿はなく、オルビス本来の姿も見当たらない。
だけど・・
また離れてしまったという感覚もない。
じゃああちら側に行ったのかと目を凝らす。
「・・・見えない」
重なるように見えていた本来の私の世界が全く見えなくなっていた。
「うーん」
ほんの少しだけ「やっと会えたのにまた世界が離れてしまって、永遠に会えない運命にどう抗えば私は愛しい人と結ばれるの?世界を悲観して悲劇のヒロイン気取りで誰かに助けてもらえるまで待ってたら歳を重ねてしまい、墓に入る直前に時間が巻き戻って異世界やり直しの件」って、すごい流行らない物語だよね、なんて現実逃避をした。ほんの数秒で現実に戻る真面目さよ・・。
現代日本で生きて自然と身についた見えないスキル(日本人スキル)が発動。
まずは着替え、それから通信手段の模索、あとは・・
って対策を考えていたら、
「どうやらお困りのようだ」
と、声をかけられた。
□ □
‐Side 平和な世界‐
「ほーお。・・人生とは驚きの連続じゃな」
「何が見えた?」
「なあに、いらないものを捨てるにも人によって色々なやり方があるということじゃ」
□ □
‐side 環‐
声をかけてくれた人についてすぐ近くのなんだか古い建物にはいる。
フードを深くかぶってまるで黒魔術師のよう。
怖いと思う気持ちがないわけじゃないのに、なんとなく懐かしいような気もしてついてきてしまった。
困っているところを助けてもらっているとはいえ、見知らぬ怪しげな男性に連れられて密室に入る危険性とずぶ濡れで街を歩き回る羞恥とを再考していたら、
「異世界から来ましたよね。もしかして、レオやシューバとお知り合いですか?」
と言われた。
危険性が5%ぐらいに下がった気がしてついてきた建物内は、進むごとにどこか近代的な感じがする内装と、外観からは想像できないほど奥へと進む感じから、なんらかの魔術が働いているのだろうと自然に思い至る。
池から感じていた「何か」はきっとこれなんだろう。
受け付けのようなところで、女性に先導が代わり、
「ゆっくり整えたらお話を聞かせてください」
そう言われた。
なんだか筒のようなものに入らされ、あっと言う間に洗われて乾く。これもまるで全自動風呂のようだ。上から水が溜まっていくのに下からちゃんと流れて行くので、手すりを持てば呼吸を確保できるし怖くなかった。
自動で開いた筒から出たら、着替えが用意してあり、よく見たら私の着ていた服もあったけれど、これからのことを考えてこの世界の服を借りて着替える。
魔術であっても、なぜか根本的な考え方みたいなものが現代日本となんだか似ている。
途中まで案内してくれた女性は「ここからは一人で進んでください」といい去った。
どうやって目的の場がわかるのか。足元が光っている。
進むごとに先へと明かりがつき、後ろを振り返ると消えている。
もうどう進んだのかさっぱりわからない。それが目的なのかもしれないけれど。
明かりが灯ったドアをノックしようとしたら、ドアじゃないところが開いた。
「こちらへ」
手招きされた部屋へと入る。
広い部屋にジオラマのようにびっしりと街が並んでいた。
□ □
Side‐ 玲央
「どこだよ、ここ」
どちらかと言えば異世界を意識していた。
足を踏み入れたのはベッドとキッチンのようなものがある部屋だ。
どういうことだ?と振り返ると、青い裂け目のようなものが小さく
なっていってるのが見える。
またあそこに戻るのは・・やめておこう。
この部屋に入った途端、身体がガタガタと震えだした。
そうだ、俺は池に落ちてびしょ濡れだった。
どこかわからない部屋ではあるものの、ここに出てきた意味ぐらいはあるだろうし、あとから謝ればいいかと風呂場を探す。幸い湯が出るようなので、浴槽に溜めながら手を温める。
ガタガタ震えるのは少しマシになったので、もう服ごと浸かった。
全身を湯に漬けて、その状態で服を脱いでいく。
冷たく貼り付いた服などとてもぬげそうになかったから。
服を脱いでついでに石鹸で洗い、湯を一度抜いてもう一度溜める。
洗った服は浴槽のフチにかけて、綺麗な湯でしっかり温まって生き返った。
「もう・・めちゃくちゃだな」
意識だけが青い世界に行ったのかと思っていたが、どうもそういう感じでもない気がする。
あの青い世界の哀しみをみんなで分担して、それを俺は吹き飛ばす・・っていうより、消化した・・?
ちゃんと俺に取り込まれてから、色を無くして一体化したような。
で、そこから出たらこの部屋だろ?
ってことはここはあの青い奴の?
じゃああいつはどこに行った。




