47話 reloadとdelete
□ □
‐Side ひなた‐
沈黙の中でじわじわと感じる親和性。
最初は、入ってきた奴が空間と同じ青だと感じた。
青いところに青いやつが来たのだから、この空間は奴の空間なのか、と。
そのあと遅れて感じ始めたのは、こいつと俺の馴染みの良さ。
なんの違和感もない。
こいつが俺で、俺がこいつな気もしてきた。
いや、俺はここまでイケメンではないが。
いいや、俺もこれぐらいはイケメン・・
恐ろしい勘違い。錯覚を起こしそうになる。
「なあ」
「・・」
「ちょっと見てもいいかな」
「・・・」
無言は了承だと受け取るぞ。
それでも見ていいものか少し迷っていると
じわりと濃い青が染み込んできた。
うっ
重い。いや、哀しい・・か。
こいつの記録には、悲しさしか記録されていない。
会えない
会えない
会えない
会えない
一体どれだけの質量の「会えない」が詰まっているんだ。
まるで、俺の背中にものすごい重さの哀しみがのしかかってきたような息苦しさを覚えた。
□ □
‐Side 呟く‐
人間という生き物が発生して以来、悲しみも喜びも生きる理由になってきた。
ある人生で愛する人と結ばれない経験をした。次の人生は愛する人と結ばれて添い遂げてみたいと願う者もいれば、恋愛など必要ないと切り捨てる者もいるだろう。もっと細かく言うのなら、1つのものが次元を分けてそれぞれの目的で生まれて生きることさえある。
次はどんなことをしようか、そんなワクワクを求めつつ、反省も繰り返す。時代のせいでできなかったこともあるだろう。だけどそのできなかったことも、次へと繋がることがある。
いつまでも同じ想いに囚われてしまえば、そこから動けなくなる。
動かないことを選択する者もいる。
彼女を探す。愛しい彼女と会いたい。
それを繰り返す内に、出会って愛し合うことではなく「彼女を探す」ことが目的にすり替わっていることに気が付かない者がいる。
彼女を失った悲しみと苦しみにばかり目を向け、心のどこかで「こんな自分は許されるべきじゃない」と決め、永遠に会えない。
次元を変えても星を変えても、時代を変えても、異世界転生をしようとも会えないのだ。
救われたいと願うのに、現実から目を背けて漂う。
救われたいと思ったとき、「救われない自分」が完成する。
彼女を探すと決めたことで、「探さない」ことを選べなくなってしまう。
助けてくれる神様なんていない。
どんなに神の存在を願っても、自分が自分を許さないのだから。
□ □
‐Side 環‐
「今から、ですか?」
「いや、早朝が良いじゃろうの。あそこは常に人がいる場所だからの」
「ああ、それで泊まり・・」
「いや、それは明日に限らなくても構わんのじゃ」
「?」
「今から、環ちゃんの過去を見てもらうつもりでの」
「過去・・」
「わしが勝手に全てを見せると、壊れてしまうかもしれん」
「・・」
「それでも、それに耐えうる器じゃとわしは思う」
「そうでしょうか」
過去の全てを知って壊れるのなら、知りたくないと思ってしまった。
「それでものう・・あまりにも多い。環ちゃんに自分で選んでもらうほうが良いじゃろう」
「選ぶ?」
「人間、そう簡単に壊れるようにはできておらん。壊れそうなときは無意識に制御がかかる」
「なる・・ほど?」
「わしが繋がって見せる中で、必要なものを見ればよい」
「・・そのぐらいであれば」
「そのぐらい、ではないんじゃがのう」
しょうちゃんから軽快な様子が消えて、私の不安が増した。
でも・・さっき菊池くんに何かをしてもらって、私がしたことで誰かが迷子になっていて、わたしができることがこのことなら、「やる」という選択肢しかない。
自分のためならやる気は起きなくても、人のためなら迷わず動ける。
そんな人になりたい。
そんな人でいたい。
それとも、そんなふうに思うのすら間違えているのだろうか。思考は次から次へとキリがない。
・・ごちゃごちゃ考えるのは好きじゃない。
「やります」
「橘」
「はい」返事をしてから橘さんは部屋から出ていった。
「橘が戻ってきたら始めるの」微笑む老人に、黙って頷いた。
□ □
‐Side ひなた‐
圧倒的な青に飲み込まれてしまった。
そうだ、会えない。会いたい、会えない。
会っちゃダメなんだ。
会えるなんて思う資格すらないんだ。
彼女を求めて、求めすぎて、彼女の声も顔も忘れてしまった。
□ □
‐Side 環‐
橘さんがバケツや毛布を持って戻ってきた。それを渡される。
「バケツ?」
「胸の前で抱えるように持って下さい」
ソファの方へと誘われ、寒くもないのに毛布にくるまれる。
「あの?」
「身体的にきついかもしれません」
吐くということだろうか。吐きたくないな。
それでも、何かあったときに迷惑をかけたくないので言われた通りに毛布の中でバケツを抱えた。
「もう嫌だと、いつでも言っておくれの」
優しく言ってから、私の額に冷たくてカサついた指先を当てた。
▲ ▲
‐Side ?‐
近づけてなるものかと見張り続けていたそれは、分裂を繰り返しとても小さなものに変化した。
指に刺さるトゲのように。
▲ ▲
‐Side 環‐
「うぅ・・」
気持ちが悪い。頭の中をかき回されている。
平衡感覚がなくなり、今自分が横になっているのか座っているのかわからない。
背中を温かい手でさすってくれる誰かのおかげでなんとか正気を保てている。
次々に流れている景色を見つめ、たまに気になる景色を掴んだら、おぞましいものを見せられる。
能力があるからと、目を潰され、血を残すなと家族を殺される。
もうこんなの見たくない、そう思うのに気がついたらまた景色を掴んでいて、
今度は巫女のような装束で祭り上げられている。予知の女神・・予知を外すのが怖い。怖いから予知など見たくない。なのに「何を見たか」と問われ苦し紛れに答える。
じわじわと周りが望む未来を語るようになり、外れると「能力が落ちた」「もういらない」「子孫を残せ」と望まない結婚を強いられ、子供を産めば私は殺された。
私を殺せば能力が子供に移るから、だって。
見たくない。
特別なんていらない。
特別だからと死ぬまで牢のような場所に閉じ込められている。
空も見えない。花はどんな香りでどんな色をしていたのだろう。
時折、祝福を求められる。
「祝福」
何ひとつ祝福を得られていない私に祝福を願うのはきっと彼らが特別だから。
特別なんていらない。
人間に生まれてくるのはもう嫌だ。
次に掴んだ景色には、何も無かった。
空も人間もいない。
穏やかな気持ちなのに、何もないことに罪悪感のようなものを感じている私。
特別じゃないことはこんなにも平和で、こんなにも穏やかでいられるのかと思うのに、殴られていない私は頑張っていないのではないかと焦りを覚えるのだ。
その場所から私はいったいどうやって出たのだろう。
頭が痛い。
吐きたくない。
涙が首へと流れるのを感じながら意識を失った。
□ □
‐Side 爺‐
「なんとのう・・」
「まだ続けますか?」
「今夜はもう無理じゃろう」
「では、部屋に運んでおきます」橘が小楢を呼びに出ていった。
「さて、アイビーちゃん」
一部始終を見ていた彼女の意識を探る。
見たくなかったのだろう、部屋の隅に小さくなって隠れるように座っていた。
「よく頑張ったの。えらいえらい」
何を言われているのかわからんでも、ふっと緊張が緩むのが見てとれる。
環ちゃんが連れてきたもので溢れたこの空間を、ちょいちょいと掃除して部屋を出た。
□ □
‐Side シューバ‐
自分のための準備を一旦済ませて外に出ると、部下が走り寄ってきた。
「彼は街に出て行かれました!」
「そうか」
それならば一旦屋敷に戻ろう。あちらでも通用するかもしれない価値のある物を取ってこないと。
□ □
‐Side 玲央‐
街を探索しつつ、魔法生物とかいないのかとふと思った。
禅だとか仏像だとか、
いや別に仏像がこの世界にあるわけではなく、浮き方が仏像みたいだっただけなんだけど、妙に和風の魔法感があるんだから、精霊だの、妖怪だの、色々いてもおかしくないだろう?
そういや、虫がいないな。
日本だって都会だと少ないけれど、注意を向けると結構いる。
商店が並ぶ通りを抜けて坂道をあがっていると、左手に森のような木立が見えたので、立ち入ってみることにした。
□ □
‐Side 環‐
誰かに運ばれるのはわかったけれど、頭の中が歪んだように平衡感覚がなく、遠慮して自力で歩くと言い出す気力が湧いてこなかった。
あれだけおぞましいと思う人生を見たのに、肝心なものに手が届いた感じがしない。
ということは、またあの気持ち悪さを味わうのだろうか。かなり嫌だ。
どこか客室のような部屋に連れて来られて、ベッドの上に下ろしてもらった。
ありがとうと声を出すと吐きそうになったので、手を合わせて感謝を伝える。
「今夜はこちらでお休み下さい。着替えなどはこちらに置いておきますので、体が回復したらお風呂でもなんでも使用可能です。飲み物などは冷蔵庫にありますので」
再びゆっくり手を合わせる。
運んでくれた男性とともに橘さんが出ていこうとして戻ってきた。
「・・正気を保っていられる人を初めて見ました」
「?」
なんと答えていいのかわからないし、言葉も発することはできない。
そのまま沈黙が満ちて彼女は出ていった。
とにかく頭がフラフラとして目が回るので、横になって目を閉じる。
私が選んだ記憶の中に、何か心が温まるものがあった気がする。
ほとんどが人の目だった。期待して縋るように見てくる目、蔑むように見てくる目、ひどく歪んだ視線、叫び出したくなるようなものばかり。
だけど、その中に何かが・・いる。
私が名付けた可愛いもの。
自由にしてあげたかった。名前からも自由にしてあげたかった。
名前をつけて縛り付けちゃダメだと思い、思い出さないようにしていた。
ただ私を好きだとそばにいてくれた存在を、じわりじわりと私は思い出した。
それをまた呼ぶのは、やはりまた縛り付けてしまうことなのだろうか。
神様が神様だと名前をつけられてしまったように、私はそれをまた「私の可愛いもの」として存在させてしまうのに、無性に会いたい。会いたいが膨らんでいく。




