第一章⑥ 謁見の間にて
「賢者の生まれ変わりだと……」
国王の表情が驚愕に染まる。
それは周りを固める家臣たちも同様だった。
にわかには信じがたいのだろう。だが、事実だ。
「証明してやろうか?」
ちょうどクラウドがそう言った時だった。
「陛下! ご無事でしょうか!?」
異変を感じた衛兵たちが現れたのは。
そして瞬殺されたのは。
衛兵たちは、まるで重しでも乗せられたかのように床に倒れ伏したのだ。
「重力魔法!?」
「あんな強力な魔法が使えるとは……まさか、本当に賢者の生まれ変わり……?」
「いや、ハッコウが本物の魔導書を読ませたのかもしれん!」
クラウドの発した魔法の威力に、本当に目の前の子供が賢者の生まれ変わりなのかと信じ始める家臣たち。
一方で、本来の魔導書で魔法を習得した可能性もあった。
そのほうがーー本当の魔導書があったほうが彼らにとっては都合がいい。
議論が始まろうとするが……。
「あー、そういうのいいから。お前たちが信じる信じないはどうでもいいんだ」
クラウドには、そんな問答をするつもりはなかった。
「大切なのは、お前たちが私に協力する気があるかどうかだけだ」
そう、あくまでも彼が求めるものは国の協力ーーという名の一方的な利用だ。
そのために、草の根活動をして、デモを起こさせたのだから。
ハッコウを牢屋から出し、博物館から魔導書の原本を奪ったあの日から今日まで、クラウドたちは密かに国王のやったことを市井の民に暴露しつづけてきた。
最初に説得をした兵を始めとして、王宮勤めの衛兵を除いた兵のほとんどはクラウドの味方だ。
そのため、デモの気配を上に報告せずにいた。
また、決行前日の夜、デモの参加者には隠蔽魔法をかけて待機させていた。
これで夜が明けると同時に、それまで存在を感知できなかった大量の国民が兵たちの前に現れたというわけだ。
こうして、クラウドはデモによる奇襲を成功させたのだ。
「ふむ……言い分を聞くに、このデモを起こしたのは君たちか」
玉座に座る王が、クラウドたちを見下ろしながら問い掛ける。
「ご明察」
「なぜこんなことを?」
「何、私の弟子をずいぶんと可愛がってくれたと聞いてな。私は優しく、愛情深いことで有名だ。可愛い弟子が着せられた汚名は雪がねばならん」
え? 優しいとか愛情深いとか初耳なんだけど、とハッコウは思った。もちろん口には出さなかった。
「それに、また同じことをされてはーー捕まえられてはたまらんからな。お前たちが私の不肖の弟子にしてくれたことを白日のもとに晒し、民による監視をつけさせてもらったわけだ」
「なるほど。これで君たちに何かあれば、民衆からの我々に対する信頼は地に落ちる……ということか」
「そういうことだ」
「……しかし、こうは思わないのかね? 君たちの持つ本物の魔導書を手に入れ、その強力な魔法で民を鎮圧する、とは」
「そうなったら残念だ……」
クラウドは肩をすくめた。
「お前らを皆殺しにしなきゃならない」
瞬間、放たれた殺意に、部屋の中にいるほとんどの者がすくみあがった。
確信する。
彼がそうしようと思えば、すぐに実行できる。
それほどの力が、この子供にある。
「……何が望みか?」
「私たちはただ魔法を世界中に伝えたかった」
その、クラウドの答えになっていない言葉に、国王と家臣たちは何を言っているのかと首を傾げる。
そんな中でも、言葉を返したのはやはりというか国王だった。
「それを信じるとして、しかし、弱い魔法しか使えない魔導書を配ったのはそちらでは?」
言外に、やってることと言っていることが違うことを咎めているような国王。
確かに国王としてはそう思うのも仕方のないことだろう。
だが、それはあくまでも誤解である。
「簡単に言えば、魔導書に不備があった。そのせいで魔法は習得できるが、意図よりもだいぶ弱くなってしまった」
「ふむ、不備が……」
「私とて、魔王の脅威から世界を救いたい気持ちはある。本当だ。心の底からそう思っている」
どこをどうすればここまで嘘くさく言えるんだろうか、とハッコウは思った。
「そこでーー」
クラウドは一冊の本を取り出す。
魔導書ーーの原本ではない。ハッコウが作った複製魔導書だ。ただしーー
「これはその不備を直した魔導書だ。お前たち、これ……欲しくないか?」
「ーーっ!!」
写し間違いのある箇所に赤を入れて正しい内容を記したものだった。
この内容を改めて複製し直せば、強力な魔法が使えるようになる。
国王たちからすれば、喉から手が出るほど欲しいものだろう。
「思ったのだよ。ハッコウが捕まったと知った時に。私は世界を救うためにこの魔導書を残した。しかし、混乱のもとになるのであれば、残さなければよかった、と」
もちろん、これはクラウドのブラフである。
正直な話、クラウドにとって滅びさえしなければ世界がどんなに混乱しようが知ったことはないと思っている。
だが、この交渉の場では効果があるものだった。
もっとも、さらに効果があるのはこの次の台詞だったのだが。
「世界が滅ぶのも、仕方ないな……」
国王たちが震え上がる。
クラウドはこう言っているのだ。
自分に従わなければこれはやらない。
魔導書がなければ世界は魔王に滅ぼされる。
それが嫌なら金輪際、自分たちに逆らうな、とーー。
「今後、世界に混乱をもたらさないと誓うのであれば、私はすぐにでもこの魔導書を渡す準備がある。しかし、誓わないと言うのであれば……仕方ないな。その旨を国民に伝え、私は他の国にこれを持っていくとしよう」
さらなる脅し。
そんなことをされれば、今起きているデモとは比べものにならない暴動が起きるだろう。
国から人もいなくなる。
しかも、他の国が正しい魔導書を手に入れれば、ダイヤモンド王国はすぐに攻め入られてしまう。
ましてやーー今は魔法使いがいなくなってしまったのだ!
国王が考慮したのはほんのしばらくの間だけだった。
「……他にも解決する方法はいくつかあるが、それを選ぶよりはあなたの言う通りにしたほうがよいだろうな」
陛下、と家臣の一人が思い直してほしいとでも言うように呼びかけるが、それを国王は一瞥して黙らせた。
クラウドは知っていた。
この国王は弱い。しかし、愚かではないことを。
弱いことを自覚していた。
弱い自分たちが生き残るためにどうすればいいかを考え、実践してきた。
かつて賢者に褒償を与えたのも、強者の牙が自身に向かないようにするため。
そうして、宥めすかして使ってきたのだ。
そういう小賢しいところを、クラウドは知っている。
だからこそ、この国王は自分の提案に乗るだろうとわかっていた。
「賢者殿……とお呼びすればよろしいか?」
「好きに呼べ」
国王は、すでに自分を賢者の生まれ変わりだと認めたようだ。
あるいは、クラウドが先ほど言ったように、信じるかどうかは大切ではないと思ったのか。
「では、賢者殿。よろしければ二つ聞きたい」
「何だ?」
「あなたがその気になれば、我々を虐殺することは簡単だったはずだ。もしくは、力づくで従えることも。それをしなかったのは何故だ?」
「……確かにお前たちを殺すのは簡単だが、それで国が乱れるのは面倒なんだよ。私は国の庇護など必要ないほどの天才だが、多くの凡人は違う」
そう言うクラウドの脳裏には、多くの人たちの顔がよぎっていた。
地方で名産物を作るのに一生涯を捧げる農家たち。
または、閑散とした地を観光地として盛り上げようとする村民たち。
あるいは、国民を守ろうとする弱い兵士たち。
一度目の人生で、彼は確かに国の庇護は必要なかった。
だが、国の庇護を得なければ生きられない人たちの生み出すものは嫌いではなかった。
というよりも好きだった。
だからこそ、彼は大陸のどこにでも赴いて脅威を取り除いたのだ。
そんなーークラウドが守ってきた人たちには国が必要だ。
「国なんか勝手にお前たちが治めてろ。私が生きやすいようにな」
賢者の言葉に、国王はともかく家臣たちはホッと胸を撫で下ろす。
そんな姿を見て、これも言うべきか、とクラウドは続ける。
「……生前、私は不思議だった。なぜ私よりも弱いはずのお前たちにいいように使われ続けなければならなかったのか、と」
繰り返しになるが、世界が滅んだら自分の好きなものを作っている者たちも死んでしまう。
それは困るからと自分が勝手にやってきたことだ。
また、様々な脅威を解決した後に褒償はもらった。
しかし、クラウドは知っていた。
偉そうに椅子で踏ん反り返ってるだけの奴らが賢者のことを便利屋のように扱い、舐めていたことを。
あくまでも王が使う側で、賢者は使われる側。
使われる側はおとなしく使われていればいいものを、と思っていたことを。
弟子ハッコウを捕まえたことこそが、その証明だ。
だから、思い知ってもらうべきだと思った。
賢者を便利屋のように使おうと侮ればこうなるぞ、と。
そしてーー
「また私をパシリに使おうとしたらこの程度では済まさんぞ」
世界を救う手段は与える。
もう、死者の自分に頼るな。
自分たちが生きてる世界は、生きてる奴らが守れ。
「承知した。私はそんなことを思ったことはないが、肝に銘じよう」
「ぬかせ、この狸が」
賢者が死んだことで忘れかけていた恐ろしい牙。
その片鱗を味わった国王は、決して逆らわないと心に誓った。
「ところで、魔導書の不備とはいったい?」
「写し間違いだ」
「はい? 何と?」
「写し間違いだっつってんだろ!」
その後、クラウドとハッコウは魔導書に何が起きたのかを説明した。
字が汚すぎたというくだりで、何人か「あー、確かにあれは……」みたいな空気になったが、彼らには賢者のキツいお仕置きが待っていた。
本文で触れてませんが、王様の名前あります。カーボネル=シ=ダイヤモンドです。
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