プロローグ③ 賢者、転生する
不思議な空間で、クラウドは目を覚ました。
いや、目を覚ましたというのはおかしな表現だった。
「……む? 先ほどまで美女に囲まれていたと思っていたのだが」
彼はついさっきまで、美女に囲まれて美味な食事で舌を楽しませていたのだ。
どこで?
死後の世界だ。
世界を脅威から幾度となく守ったクラウドは、死後の世界で褒償を得た。
未来永劫、楽園で過ごす権利を神から授かったのだ。
生前から楽しいことが好きで世界中を旅しては赴いた先の娯楽を堪能していた彼は、これ幸いと美女を侍らせ、贅沢三昧で過ごしていた。
そう、確かに彼は先ほどまで美女にひざ枕されながらフルーツを食べていたのだが……。
「クラウドよ」
「おお、我が神!」
見知らぬ場所に戸惑っていたクラウドに、声がかけられる。
その主は、かつて彼に魔王が復活するという啓示を与えた神であった。
「魔王の出現の前に、あらゆる者が魔法を使えるようになる魔導書を残したそなたの功績は誠に見事なものであった」
「私にできることをやったまでです、我が神」
クラウドはうやうやしく頭を下げる。
その姿からは、先ほどまで美女に甘えまくっていた様子など想像もつかない。
「誰もが私のような強力な魔法が使えるようになり、それが軍隊となれば魔王といえども敵ではありますまい」
「ふむ。そのことなのだがな、クラウドよ」
「何でしょう?」
「お前の話では、誰もがお前のように強力な魔法を使えるということだったな」
「ええ、その通りです」
クラウドはうなずきながら、しかし、不穏な空気を感じていた。
「何か問題が起きたのでしょうか?」
パシリーーじゃなく、弟子のハッコウが何かヘマでもやらかしたのだろうか。
考えられる可能性としては、魔導書によって悪意ある者が強力な魔法を使えるようになってしまったか? そして、世界に戦乱が起きたとか……。
何しろ誰でもーー素質がない人間でもーークラウドのような強力な魔法が使えるようになる魔導書だ。
悪用すれば戦争に繋がる恐れは十二分にある。
(いや、でも相手は魔王だ。戦力は一人でも多い方がいい。しばらくは混乱が続くだろうが、魔王が現れればみんな一丸となって戦うだろ)
戦争が起きても、人間が全滅するよりはマシだろう。
自分はやるべきことはやったのだし、と思いながら顔だけは真面目を装いつつ他人事のように考えるクラウド。
しかし、彼の考えは一部を除いて間違っていた。
「問題と言えば問題じゃ。お前の弟子のハッコウが魔導書を複製して世界中に配っておる。来るべき魔王との戦いに備え、一人でも多く魔法を使える者を増やそうと考えているようじゃ」
「……つまり、世界中でその魔法を悪用されていると?」
「いや、違う」
予想していたものと違う答えを聞き、クラウドは耳を疑う。
「私の使っていたような強力な魔法を使う者が増え、世が混乱しているのでは?」
「そうではない、そうではないのじゃ、クラウド」
おかしい。
それではどんな問題が起きているというのか。
「まさか、魔導書を読んでも魔法が使えないのでしょうか?」
ありえる話だ。
理論は完璧だったはずだが、急いでまとめたためにどこか間違いがあったのかもしれない。
「それも違う。いや、その通りと言えなくもないのだが……」
「……どういうことでしょうか?」
歯切れ悪く言う神に、クラウドは重ねて問い掛けた。
「お前の残した魔導書を読んで学んだ者だが、確かに魔法は使えるようになった。その点では、お前の功績は未来永劫を楽園で過ごしたとしても余りあるものと言えるだろう」
「では、何が問題なのでしょうか?」
「……お前は、あの魔導書を読めば誰でも強力な魔法を使えるようになると言ったな」
「え、ええ。もちろん素質によって多少の上下はあるかもしれませんが、誤差の範囲になるかと」
「しかし、魔導書を読んだ者が使っている魔法の力は、お前の足元にも及ばぬほど弱いのだ」
「何ですって!?」
神が言っていることがわからず、思わず聞き直すクラウド。
自分のまとめた魔導書が間違っていたのだろうか?
いや、それならば読んだ者が魔法を使えるようになるのは道理に合わない。
何か……何か予想外のことが起きているのだ。クラウドの予想を超えた問題が。
しかし、だと言って、クラウドに何ができるのか。
彼はもう死んでしまったのだ。
もう生前の世界で起きたトラブルを解決することなどできない。
それに、神はさっきも言ったではないか。
世界中の誰もが魔法を使えるようになった功績だけでも十分すぎる成果だと。
(私はもう何もできないし、安息の地も得た。あとは残った者たちが何とかするだろ。頼んだぞ、ハッコウ)
実はこのクラウドという男、世に言われるほどの英雄ではない。
彼が天災や魔物の軍勢から世界を守ったのは、ひとえに、彼の平穏を乱されたくなかったからだ。
世界というよりも、自分が堪能したい世界中の娯楽を守った結果である。
強力な魔法を使えるようになったのは、あくまでもその手段に過ぎない。
彼にとって幸運であり不幸だったのは、使えたら女にモテるぞと言われて始めただけの魔法が、自身の持つ素質にハマりすぎていたことだった。
そのおかげで、クラウドは賢者と呼ばれるほどに魔法を自由自在に操れた。
反面、脅威にも対応できるようになったため、息つく間もなく働き続けることになってしまった。
彼は決して英雄になろうとする人間ではなかった。
ハーレムを作って平和に暮らしたいという人間だったのだ。
ただ、世界が滅亡しては、ハーレムどころの話ではないし、自分の好きなものがなくなってしまう。
だから、仕方なしに対応していただけに過ぎない。それだけの実力もあったのだから。
そして今、その夢は叶っていた。
生きているうちに実現しなかったのは残念に思わなくもないが、これから永遠にハーレムで暮らせると思えば大したことはない。
(もう私の夢は叶ったのだから、誰が死のうが、世界が滅ぼうが関係ない。私はここで平穏に暮らすのだ)
そう決意した矢先である。
「というわけで、お前に問題を解決してきてほしい」
「……え?」
神から新たな啓示を授けられたのは。
「いやいやいや、我が神よ。何をおっしゃる。私はもはや死んだ身。解決せよと申されましても生者たちの世界には関わることはできますまい」
「心配するな。これからお前を新たな命として転生させる。さすれば再び、お前は世界を救えるだろう」
「は?」
クラウドの口から思わず素の言葉が出る。
また世界を救う? 嫌だ。このままハーレムでずっと暮らしたい。
ここで負けてはダメだ。言い返せ、クラウド。
「ざっけんなこのクソジジイ! 私は嫌だぞ、この楽園から出て行くなんて! またあのクソカスどもに便利屋みたいに使われるのなんざまっぴらごめんだ!」
「ほっほっほ、わかっておるぞクラウドよ。確かに生者の世界の危機は生者だけで乗り越えてこそ。それはワシも同じ思いじゃ。なればこそ、口汚い言葉を使い、自分はふさわしくないとワシに考え直させ、あくまでも生者に危機を委ねようとしておるのだな。わかっておる」
「ちげぇよ! 人の話を聞け! 自分に都合のいいように解釈してんじゃねぇ! ケシズミにするぞ!」
仰々しい言葉遣いをやめ、本性を現したクラウド。
だが、その言葉は神には届かない。
神はクラウドに向かって手をかざす。すると、何かの魔法が発動するのを感じた。これが転生魔法か。
「私は平穏な日々を過ごしたかっただけだ! それをあの天災やら魔物やらが邪魔しやがるから、降りかかる火の粉を払ったまで! この楽園から出て行ってまで世界を救う義理なんてーー」
「頼むぞ、クラウドよ」
「てめ、人が下手に出てりゃいい気になりやgーー」
最後まで言い切らせることなく、神はクラウドの魂を転生させたのだった。
ここまでがプロローグです。
次の話から第一章(ダイヤモンド王国編)が始まります。




