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藤の里医療院

 藤堂のベンツは都会を駆け抜けた。綾川と間宮は後部座席に座っている。

 何を訊ねても「病院でお話しします」としか答えてくれないので、車内は無言になっていた。

 二時間近く走ったろうか、車窓から見えるのは豊かな緑。坂を上がったり下ったりを何回か繰り返し、やがて木立の間から三階建ての人工建築物が現れた。病院の持つ威圧感は感じられず、小規模な学校といった感じだ。『藤の里医療院』と書かれている。

「ここに仙波弥生が……?」

 町から遠く離れたこの病院は長期療養を必要とする患者が入院しているらしい。療養というよりは行き場のない患者の収容施設なのではないかと綾川は疑った。奥へ奥へと進むうちに、二度と外へは出られないのではないかと錯覚しそうになる。

 藤堂は看護師や入院患者とすれ違うたびに必ず会釈をされる。と思ったら院長室と書かれたドアを躊躇なく開けたので腑に落ちた。

 部屋の隅に犬用サークルがある。ポンコを柵の向こう側にそっとおろすと、若すぎる院長は「そちらでおくつろぎください」とソファを示した。消毒薬と犬の臭いがするソファだった。ローテーブルには白いレースのテーブルセンターが敷かれ、その上にガラスの灰皿が載っている。どこか懐かしい、昭和の佇まいだ。

「仙波さんがこちらにいるんですよね。会わせていただけるんですか」

 間宮が居心地悪そうなようすで訊ねると、藤堂は胸もとからレコーダーを取り出して再生した。

『それでね、ゼミで一緒の間宮岳と綾川雄二はサークルに所属していなかったから、よく私と』

 ほんの数秒で藤堂は止めた。

 仙波弥生の声で間違いない。記憶のそれよりやや低いが明瞭だった。三十年の月日が一瞬にして縮まる。

「仙波さんは若年性認知症です。症状が不安定で身寄りもないため当病院で保護しておりますが、残念ながら認知症の進行は薬では完全に止めることはできません。今日会った人の顔も明日には忘れてしまいます。しかし昔のことは鮮明に覚えておられます。事件のことも詳細に……。念のため、動画も撮らせてもらいました」

「同い年が認知症とはショックだ。仙波さんは若い頃すごく溌剌としていたんでね、こみあげてくるものがありますよ。しかし先生、患者の『妄想』を信用しすぎではないでしょうか」

 間宮は妄想の語を強調した。

「それに患者のプライバシーを軽んじている。守秘義務……はありますよね」

 藤堂は間宮の言葉には動じなかった。

「だからご相談をしたかったんですよ。警察に通報する前に」

 守秘義務には職務上知りえた患者の犯罪も含まれるのではなかったか。

「作話の可能性もありましたので名前が出たお二人が実在するかを先に調べさせてもらいました。あと埋めたとされる場所。仙波さん、よく覚えてらっしゃいましてね、現場まで案内してくれました。半信半疑でしたが、掘ってみたら、出てきたんですよ」

 間宮が息を飲む気配がした。俺は平常心の仮面をつけて、キャンキャンとうるさい犬を見つめた。通報するというのは、藤堂が発見したものについてだろう。

 藤堂は悩まし気な顔でため息を吐く。

「それで、仙波さんの話に信憑性が出てしまったんですよね。さて、では面会に行きましょう。ご案内します」

「あ……」

 藤堂は自ら追い詰めた情けない男達の顔に微笑を向けると、ふいに突き放すように立ちあがった。

 間宮がちらりとこちらに視線を送ってきたが、気づかないふりをした。どうしたらいいのか、俺にだってわからない。


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