友人との再会
妻に内緒で有休を取った。都心に出るのは何年ぶりだろう。
指定のベンチで待っていると、「やあ」と声がかかった。どこかくたびれた印象の中年男性が近寄ってくる。
「おまえ……おまえか、俺をここに呼んだのは」
男は困った顔をして胸ポケットから封筒を出した。
「僕も呼ばれたくちだよ。覚えてるか、僕の名前」
封筒の宛名は間宮岳となっている。間宮は学生の頃の友人だ。中年男の顔をじっと見つめているうちに、知的でプライドの高かった学生と重なった。
「久しぶりだな。いやあ、老けたもんだな」
「おい、人のこと言えるか。まあ、三十五年ぶりだからね。よっこいしょと」
間宮は隣に腰かけた。
「腰を痛めていてね。長く立っていると辛いんだ」
「今はなにをしているんだ」
「おっと、個人情報はお互いに伏せよう。知ったところでよいことはない」
「本当におまえが俺を呼び出したんじゃないのか」
「綾川にもこの封筒が届いたんだろ」
「届いたが……」
リュックの中から取り出して間宮のそれと並べる。封筒もフォントも同じものだった。消印はこの公園のそばの郵便局であることはすでに調べていた。日付を見ると一緒に投函されたようだ。だが同じ封筒が届いたことにして俺を騙そうとしている可能性は否定できない。
「……もう一人、忘れてないか」
間宮の言葉で息を呑んだ。仙波弥生。女子学生だ。事件を知っているのは俺と間宮と弥生、その三人しかいない。
「じゃあ、俺たちを呼び出したのは仙波弥生、なのか……?」
「そうとしか考えられないだろう」
間宮は苦笑じみた笑みを浮かべた。綾川の鈍さを、あるいは弥生の不敵さに呆れているといった表情だ。
「おかしなもんだ。今の今まですっかり忘れていた」
「ふうん、ということは、綾川は充足した暮らしができているようだな」
「たんに忘れっぽいだけさ」
三人は同じ大学の学生で、親友とまではいかないがよく連れ立っていた。とくに俺と間宮は何をするにも張り合っていた。思い出の中の間宮には笑顔がない。それらの顔が具体的にどんな場面でどうして記憶に残ったのかもよく覚えていない。白い靄に包まれている。
弥生はもっとひどい。思い出そうとすると頭痛がする。不快な思いをするからやめておけと脳に忠告されているような気がした。
「なあ、残ってるか、金?」
間宮の問いに怪訝な顔をすると、間宮は小さく舌打ちをした。
「呼び出しの目的なんてそれしかないだろう。金で片が付けばいいが。ちなみに僕のほうはすっからかんだ」
「こっちも同じだ」
「……そうだよなあ。三十五年経ってんのに、どうして……」
「呼び出したのは本当に彼女なんだろうか。どうもおかしい。共犯者なんだぞ」
仙波弥生は共犯者だ。事件を警察に通報すれば弥生も道連れだ。共犯者が脅迫するだろうか。
ふいに愛嬌のある丸顔が浮かんできて、胸が詰まった。記憶の奥底に封じていたものがとたんに息を吹き返したかのようだ。
もし彼女が窮乏して寄越したSOSだとしても金銭的に助けることはできないだろう。説得して理解してもらうしかない。
「だいたい、大昔の事件じゃないか。もう時効だろ」
「殺人事件となれば時効はない。さいわいまだ死体は見つかっていないはずだが」
「ニュースを、今でも追いかけてるのか?」
「当り前だろう。身元がわかるものを一緒に埋めちまったんだぞ。行方不明の老人が殺人事件の被害者だとわかったら」
「だとしても、俺たちに繋がる線はなにもないさ」
そのとき、突然、小型犬がやってきてベンチに飛び乗った。綾川のリュックがバランスを崩し、ベンチから落ちて中身がこぼれ落ちた。
「あ」
「すみません。リードがはずれちゃって」
三十前後と思われる女が小走りに駆け寄ってくる。
冷静を装ってリュックの口をしばる。一瞬のことだったから見られてはいないはずだ。
間宮は動物好きらしく、犬の首筋を撫でては深刻な表情を一転させ、だらしなく眉尻を垂らしている。
「可愛いですねえ」
「ポンコは犬好きか否かを見抜けるんですよ。助かりました、ありがとうございます」
女は犬にリードを繋ぐとこちらに顔を向けた。
「大丈夫ですか。壊したものがあったら弁償します」
「あ、いえ、大丈夫です」
「怯えてます? 犬がお嫌いですか」
「別に、嫌いでは……」
ポンコと呼ばれた犬は急に俺に向かってキャンキャンと吠え出した。犬好きか否かを見分けるというのは本当らしい。
「よかった。犬好きに悪人はいないって言いますもんね。ではお二人とも着いてきてください」
そう言って女は踵を返しすたすたと歩きだす。
間宮は頬をひきつらせた。
「あんたが手紙を……? あんたは誰だ、何者なんだ」
女はくるりと振り返って首をわずかに傾けた。
「自己紹介いたします。藤堂千世といいます。仙波弥生さんの主治医です」




