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第86話 仕事復帰

快晴のこの日、俺は代弁者協会本部の前に立っていた。

1ヶ月ぶりということもあり、扉を開くのも緊張する。

あんな事件だから、みんなどんなリアクションになるのか⋯。


しばらく躊躇していると、突然扉が開いた。


「あれ、アシェルって復帰してたの?」


先輩代弁者のイザベルが出てきたのだ。


「はい。ずいぶんとあけてしまいました」

「そっか。まぁ仕事頑張ってねー」


そう言うと、イザベルは駆け足であっさり出かけていった。

これには思わず、拍子抜けしてしまう。


だが、気を取り直して中に入る他ない。

まずは協会長に復帰の挨拶をしに行くのが筋だろう。


俺は少しばかり勇気を振り絞って協会本部に入ると、早足でネフィスの部屋に向かった。

そして、そのまま協会長の部屋を訪れると、待ってましたとばかり、ネフィスはにこやかに出迎えてくれた。


「ずいぶん久しぶりだな」

「はい。大変ご心配をおかけしました」


ネフィスは休んでいる間も、代弁者協会内の意識改革に忙しかったようだ。

気のせいかもしれないが、少しやつれた気がする。


また、ネフィスが言うには、俺が南の森から戻ってこなかったことで代弁者協会が騒ぎになったが、ネフィスの計らいでうやむやにし、いつの間にか協会支部にしばらく出張していると話をすり替えてくれたそうだ。


「アシェルは堂々としていればいい」

「ありがとうございます」


そして、この1ヶ月間の協会内の動きを話したのもつかの間、ネフィスの顔が真剣なものに変わる。


「それで、この間に何が起きたんだ。

  私の元にも王城から少しくらい情報が入ってはいたが」


ネフィスは改めて、事件の真相について尋ねてくる。


さすがにネフィスにだけはきちんと話しておくべきだろう。

マーガレットのことは話から避けつつも、ズレッタ家による暗殺未遂事件について顛末を説明した。


「なるほど、そんなことがあったのか」


ネフィスは頭をかきながら、俺のことを憐れんだ目でみる。

だが、それも一瞬のことに過ぎなかった。


「ズレッタ派閥の動きが当面大人しくなるのであればこちらもやりやすい」


代弁者の本分は、抑圧された平民の地位を改善させることだ。

平民の利害は、主に商業系プリビレッジと衝突することが多い。

そのため、この局面は代弁者協会にとっても千載一遇の好機というわけだ。


ネフィスは既に一歩先を見通していた。

さすがは協会長。すっかり板についている。


「ところで、1ヶ月仕事を休むってことがどういうことか分かるよね?」


ネフィスは最後にこう述べると、俺に山積みの書類を手渡してきた。

そんなネフィスの目は、悲惨な事件にあったばかりの人間を労るものでなく、生易しいものではなかった。


 ーこの人、意外とドSなのか⋯


初めてネフィスに対して、心の中でツッコミをいれた瞬間だった。


しばらく地獄の残業が待っているようだ。

理事という立場にある以上、これも仕方がないことであるが。


「アシェルさん帰ってきたんすね。おかげで俺もいそがしかったっす」

「アシェル、いつの間に戻ってきたんだ?」


ネフィスの部屋を出ると、外で順番待ちしていた後輩のムラーキと先輩のジムトリィが声をかけてきた。

俺が理事に就任したため、ジムトリィにムラーキのチューターを引き継いでもらっていた。


「おかえりなさい。私も心を入れ替えて頑張っていますよ」


こう話すのは以前一悶着あったトーレスだ。


「なんで黙っていくんだよ!心配したんだから!」


こちらは学友で同期のパリシオンだ。

誰よりも俺の身を案じてくれていたのだろう。


それにしても代弁者協会内は活気に溢れている。

ネフィス新体制で実行した理事の監視システムと、代弁者の評価制度がみんなのモチベーションをあげていることが目に見えてわかる。


この世界には、乗り越えなければならない高い壁がたくさんある。

だが、どれだけ困難であっても、みんなで力を合わせ、自分たちの意思で変えていこうとしている。


代弁者が平民のために頑張っている姿は改めて素晴らしいものと感じる。

これが本当の『やりがい』というものなのだろう。


17年前の俺は、そんな感覚を一度も持ったことがなかった。

今でもたまに思い出す。


前世の俺は、自分の意思で生きたという実感ももったことがなかった。

親に言われるまま勉強し、人と競い、気づけば周囲との距離ばかりが広がっていた。

ただ一つ、幼い頃に見た弁護士だけが憧れだった。

理不尽に声を上げ、自分の意思で行動し、人から信頼される。

そんな人間になりたいと思って、法学を学んでいた。


だが、その夢すら叶うことはなかった。

不慮の事故で、21歳という若さで死んでしまった。


「アシェルさん、この案件も確認お願いします」

「了解!」


山積みになった書類を抱えながら、ふと思う。

もしかすると、俺は今、あの頃なりたかった人間に少しだけ近づいているのかもしれない。

もちろん、弁護士ではない。

ここは前世とはまるで違う世界だ。


それでも、自分の意思で道を選び、理不尽な目に遭っている人間のために働き、同じ目的を持つ仲間たちと力を合わせている。

前世では最後まで得ることのできなかったものを、今の俺は当たり前のように手にしている。


前世の俺が今の自分の姿を見たら、どう思うのだろう。

少しくらいは、羨ましいと思ってくれるだろうか。

終

魔法世界メモ86

前世の俺ー結城佐久とは?

厳格な父親とヒステリック気味な母親の間に一人っ子として生まれる。

幼い頃から受験に追われる日々。

最終的には結果を残し、超一流大学に進学し、法学を学んでいた。

だが、21歳のある日、街中で落雷により死亡する。


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