第85話 静かなる対峙
国王近衛隊の拠点に運ばれて1週間が経過しようとしていた。
この間は黄泉を彷徨う感覚であった。
どうやらかなりの重体だったらしい。
短期間に2度も魔力供給を受け、回復させたことが仇になった。
無理に自然治癒力を爆発させたため、体の細胞に大きな負担をかけてしまったのだ。
だが、ようやく意識がはっきりし、ベッドに座る程度は可能になった。
コンコン。
「アシェル、起きてる?」
ちょうどそのとき、俺の元に見舞いにやって来たのはマーガレットだった。
意識が朦朧とし続ける中、毎日来てくれていたらしい。
マーガレットは数ヶ月間、魔法で意識を干渉されて人が変わってしまった。
それでも、魔法に打ち勝ち、自分を取り戻した。
二人で面と向かうのはずいぶん久しぶりという感覚だ。
「顔色がずいぶんよくなってきたね」
「やっと、頭の中がクリアになってきたよ」
「そう⋯」
俺もマーガレットも思わず、互いから視線をそらす。
少しだけ気恥ずかしさが残っている。
それでも俺はどうしても聞いておきたいことがあった。
「あのとき、薄れていく意識の中、マーガレットを思いっきり感じ取ったんだ。
もしかして、魔力覚醒したの?」
「うん、どうしてか分からないけど、そうみたい」
薄っすらであったが、マーガレットから確かに魔力を受け取ったことが分かった。
マーガレットも俺と同じ平民として魔力を独占するプリビレッジとは全く異なる環境で生きてきた。
それなのに、いきなり、それも身近で二人も覚醒することなんてあり得るのだろうか。
だが、これは幸運なことでもある。
この世界の理とも言える魔力は、人生のテーマとして密かに追いかけてきた。
たまたまかもしれないが、マーガレットというサンプルが増え、これから追求しやすくなってくるはずだ。
「どうせならさ、一緒に魔力を磨いてみない?訓練しようよ」
「えー?訓練?」
思わぬ提案にマーガレットが困惑気味な表情を浮かべる。
「うん、そうそう!一緒にやれるなら、デートになって一石二鳥だよ」
「何よ!それがデートって!」
思わず、二人で見合って笑いがこぼれる。
これがきっかけで何かの糸が切れた感じがした。
それからしばらく他愛もない話で盛り上がり続けた。
まるでこれまでの時間を埋め合わせるように話が止まらなかった。
この時からさらに1週間が経過した。
この頃には、自力で歩ける段階まで回復を果たしていた。
そんな今日も病室に誰かがやって来たようだ。
コンコン。
扉が開くと、マーガレット。
そして、後ろにはエドワード・トリキトスの姿があった。
「お前、まだ生きていたのか?くたばったかと思ったぞ」
「な、なんとか」
言葉とは裏腹に、エドワードは嬉しそうな表情だ。
「わざわざありがとうございます」
「まぁそろそろなと思って。対応を決めないといけない」
エドワードはそう話すと、真剣な表情となった。
これまで、体に障るということで事件のことは何も聞かされていなかった。
だが、そろそろ向き合う頃合いだろう。
もっとも、自分の中では目星がついている。
それに、一つ思い出したことがある。
男の1人は王国中枢養成学院で見た記憶があった。
あれは間違いなく、マーガレットの1つ上の兄ジオリ・ズレッタだ。
「密偵によると、向こうもどうやらお前の生存を知ったようだ」
エドワードの説明によればこのままではズレッタ家が再び俺の命を狙ってきかねないという。
もちろん、口封じのためだ。
それに、マーガレットが既に魔力干渉から解放されていることも認識しているはずだ。
マーガレットもそのターゲットになるかもしれない。
「明日、マーガレットと王城にこい。殿下と謁見し、対応を決める」
「はい⋯」
こうして、ニコル・アーステルドのもとで対応を協議することになった。
翌日、俺は国王近衛隊の護衛をつけてもらい、極秘に王城にはいっていた。
「アシェル、すっかり元気になったようだね」
「ご心配をおかけしました」
ニコル・アーステルドは痛々しい俺の姿を見ると、いつものように不気味に微笑んだ。
「エドワード、ズレッタに動きはあるかい?」
「特にありませんが、おそらくこちらの動きを窺っていると思います」
「まずは今回の事件、当事者が集まったことだし、整理してみようか」
ニコルは落ち着いたトーンでこう話すと、事件を総括し始めた。
今回の暗殺事件は、長であるサリュード・ズレッタ本人が首謀し、実行犯は3人の息子たちである。
正気に戻ったマーガレットの証言もあるし、何より俺自身、ジオリ・ズレッタのことを思い出している。
加えて、トリキトスが送った密偵がユーケルと名乗る平民の身柄を押さえている。
ユーケルというのは偽名で、エリザというのが本名らしい。
既にズレッタの指示で俺を森に連れ出したことを自供している。
つまり、ズレッタ一族の犯罪行為の立証は十分という状況だ。
「さて、これからどうしようか」
ニコルがトリキトス家の名代としてこの場にいるエドワードに対し、意見を求める。
「アシェルは殿下の庇護下にありますし、我が派閥も同様です。
平民ではありますが、不可侵の密約を破るもので看過できません」
「明確な敵対行為にあたる⋯か」
プリビレッジ不可侵の密約。
プリビレッジ間の争いが激しくなった100年以上遡る。
魔法という絶大な暴力が全面的に衝突すると王国が滅びてしまう。
それは300年前の魔法大戦争の記憶を想起させるものだった。
そこで、危機感を覚えた当時の4大派閥の長が約定を交わしたのが始まりとされる。
プリビレッジの派閥関係者に対し、他派閥から暗殺を始めとする敵対行為を禁じ、これを破れば王の面前裁判という法により厳罰を与えること。
また、同時に、危険性の高い精神干渉系の魔法の使用を禁じることも合意されているのだ。
「今回の暴挙は決して許されないよ。それにアシェル平民でも代弁者協会の理事の立場にある。平民の代表に対する暗殺を放置するのでは王城の威光も地に落ちるね」
ニコルはあくまでも厳しい対応が必要という認識であった。
だが、エドワードはそんな強気に出るニコルを制止する。
「ズレッタ卿は派閥の長です。王の面前裁判で罰するというわけにもいきますまい。
我らと全面戦争になり、王都中が戦場になってしまいます」
俺は黙って二人の話を聞いていた。
正直言って、想定内の展開だ。
確かに、戦争になれば王城派閥であるトリキトスの武が勝るだろう。
だが、他のプリビレッジ2派閥がどう動くかは不透明だ。
ズレッタは商業派閥であるため、資金面で圧倒的に強い。
いずれにせよ、王都は無事でいられるはずもない。
必ず多くの平民に犠牲が出る。
それほど魔法の行使は危険なのだ。
「ではせめて、我が長、フリオ・トリキトスの名で強い警告を発しましょう。
今回は証拠も十分ですし、ズレッタ側から仕掛けるのはリスクが高いはずです」
ここでエドワードが現実的な提案を出す。
警告の内容はこうだ。
以後、アシェル、マーガレット及びその家族らに対する違法行為に出たことが判明した場合、トリキトス派閥が全力で報復措置をとる。
「そうだね。戦争を回避し、穏便に済ませるのだから、他の2派閥に僕らの正当性を示すことができる。少なくとも手打ちする他ないだろうね」
ニコルはいつも以上ににこやかな笑みを浮かべ、一応納得したようだった。
もっとも、ニコルの心中が決して穏やかでないことがこのときばかりは俺にもよく伝わってきていた。
だが、この場にそんな空気を読めない者がいた。
「アシェルは殺されかけたんです!そんな甘すぎます!」
話がまとまりかけた中、マーガレットが余計な口を挟む。
「もちろん、許さないよ。これから合法的に奴らの資金源を奪っていこうね」
ニコルはもはや敵意を隠すのをやめていた。
「殿下、悪い顔になっていますぞ⋯。マーガレット、お前も余計なことを言うな」
エドワードは自身の顔を左手で覆いながら呆れながらにこう述べた。
結局、先ほどの警告をだすということで話がまとまり、後日正式に警告が実行されるに至った。
その後、トリキトスの密偵から伝わった話では、さすがのズレッタもすっかりなりをひそめているようだ。
これで俺とマーガレットの身の安全も保障されたというわけだ。
そんな俺はというと、ニコルの命令もあり、体が完全に治るまで強制的に休まされていた。
だが、事件から一月が経とうとした頃、ようやくニコルの許しが出たため、明日より代弁者として仕事復帰することが正式に決まった。
終
魔法世界メモ85
プリビレッジの対立の歴史は?
王国は魔法大戦争を経て、約300年前に建国された。
当初はアーステルド1世のカリスマ性もあり、平穏な統治が実現したが、次世代に移ると、次第にプリビレッジ間の利権争い、権力闘争が増えていく。次第に、個から組織の争いに変貌し、いつしか現在の4派閥に分かれる。100年前にはその派閥の闘争が激しくなり、徐々に疲弊していく中、締結されたのがプリビレッジ派閥の不可侵の密約であった。




