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第84話 奇跡の生還

マーガレットは危険に目もくれず、森の中を一心に駆け抜けた。

ただただ、アシェルのことを感じたくて、それだけに集中した。


気づけば既に4時間ほど進んでいた。

奥に進めば進むほど悪路が襲う。

体力はとうに限界であった。

それでも歩みを止めない。


屈強な男たちで構成される部隊は、マーガレットの姿をはるか後方から捉えるのが精一杯であった。


「隊長、限界です。き、休憩を」

「甘ったれるな!女に負けて悔しくないのか!」


隊列は乱れ、ついには弱音を吐く者が出ていた。

だが、隊長であるエドワード・トリキトスも友人であるアシェルの無事を心底願い、部隊を鼓舞する。


マーガレットは、近づいているはずのアシェルの鼓動が逆に小さくなっていることに内心焦りを感じていた。


だが、ちょうどその頃、1キロほど先に目立つほど大きな崖がマーガレットの目に映った。


 ーあの辺りから感じる⋯


このとき、マーガレットは初めて足を止め、目をつぶる。

ぼんやりとであったが、崖のふもとから微弱な魔力を捉えた。


 ーやっぱり、あそこにいる!


既にボロボロで、歩くのも困難なほどであった。

それでも、確かなゴールが見えたことで、気力で進んでいけた。


そして、1時間ほど茂みの深い悪路を進むと、30メートル先に、人が倒れているのをはっきりと目視した。

遠目からは金色の髪、いつも仕事で着用する紺色のシャツ。


 ーあれは⋯アシェルだ!間違いない


マーガレットは自分の持てる最後の力を振り絞って、全速力で駆け寄った。


「アシェル!」


マーガレットが見たのは、おびただしい数の傷を負い、ぼろぼろとなって、無惨な姿で仰向けになっているアシェルの姿であった。


完全に意識を失っており、辛うじて生をとどめている状態。

すぐに治療をしなければ死んでしまうことが誰にも分かるほど危険な状況だった。


マーガレットは倒れていたアシェルに駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめる。


「アシェル、アシェル!お願い、目を覚まして!」


当然何も反応など返ってくるはずもない。

それどころか、マーガレットの到着に合わせるかのようにアシェルの鼓動がどんどん小さくなっていく。

まるで最後に最愛のマーガレットに会うことを待っていたように。


マーガレットはアシェルを抱き寄せ、顔を近づけ、大泣きしながら何度も呼びかける。


「いやよ!お願いだから戻ってきて!」


ピクリともしなかった。

だが、絶望的な状況の中、アシェルの顔を間近に見ると、自然とこうすべきでないかと感じた。


マーガレットの頭の中には、アシェルと過ごした日々の記憶が超高速で回っていく。

 王国中枢養成学院で初めて出会ったときのこと、

 レストランフリーでの初デート、

 あの遠征でどんな困難でも守ってくれると誓ってくれたこと、

 フリーラのことで一緒に悲しんだあの夜のこと


4年間で蓄積した無数の思い出たち。


マーガレットは目をつぶると、アシェルの口にそっと唇を近づける。


本能?

いや、それは愛する者をたとえ自分の命と引き換えにしても救いたいという純粋な気持ちであった。


 ー届いて!


10秒、20秒・・・。


すると、マーガレットの体温が急上昇し、中から熱いものが溢れ、アシェルに注ぎ込まれていく。

アシェルと鼓動が重なる感覚とともに。


マーガレットは自分が何をしているのか理解していなかった。

だが、自分の中からすべてを振り絞った。


5分ほどこの状態が続く。

すると、かすかにうめき声が漏れてきた。


「う、う、う・・・」

「ア、アシェル!」


マーガレットは何度も呼びかける。

すると、アシェルはこれに反応したのか目がうっすら開く。


「マーガレット?」


か細い声でそう反応すると、マーガレットは思わず、号泣した。


「そうか、ここは天国なんだね・・・」

「アシェルのバカ!生きているの!」


マーガレットは改めてアシェルの体を強く抱きしめた。


だが、これ以降、アシェルの目が再び開くことはなかった。

それでもマーガレットはアシェルの鼓動が先ほどより強くなっていることをはっきりと感じていた。


20分ほど、そのままアシェルを抱きしめていたところ、野太い声が響く。


「アシェルは無事なのか!」


エドワードであった。

最後の力を振り絞り、エドワードと3人の国王近衛隊の男が急ぎ駆け寄ってくる。


「本当に、生きているのか!?」


エドワードは二人の元に近づくと、信じられないといった表情で覗く。


「確かに、魔力を感じる。一命をとりとめているようだ。

  だが、いつまでもこの状態は危険だ」


エドワードらはこれからどうすべきかを考えていた。


「まずは森を抜けるしかありませんね」

「ああ。森を出ると国王近衛隊の拠点がある。

  そこまでなんとかたどり着くぞ。交代でアシェルを背負う」


国王近衛隊の中で、速やかに今後の方針を決めていた。


「マーガレット、顔色が悪すぎるぞ。

  なんとかついてこい!」

「は、はい」


エドワードは、今にも倒れそうなマーガレットにも叱咤激励する。


マーガレットは慣れない道を6時間以上走り、また、先ほど目覚めたばかりの魔力の多くを失い、既に限界であった。


それでもアシェルへの想いが気力をぎりぎり持たせていた。


帰路は5人にとって地獄そのものであった。

迷う心配はなかったが、誰もがギリギリであった。


だが、国王近衛隊のプライドか、誰一人弱音を漏らさず、黙々と悪路を進んでいく。

特に、アシェルを背負う者は慎重な足取りで。

マーガレットは部隊からかなり遅れていたが、それでもくらいついた。


およそ5時間。

ようやく、森の出口が見えてくる。


森を抜けきると、エドワードが言っていた拠点が姿を現す。

5人はすぐさま拠点に入った。


拠点では、当直の衛兵たちが5人、いや、6人の変わり果てた姿に驚愕した。


「エドワード隊長、これは一体?」


全員が倒れ込み、立つこともできなかった。


「早くその男を運んで、治療を」


エドワードは最後の力で指示を出す。


こうして、なんとか最寄りの拠点に生きたままのアシェルを運ぶことを完遂する。


それから、5、6時間経過した。


マーガレットはようやく、立ち上がることができるようになる。


アシェルはいまだ治療室にいた。

容態は落ち着いてきていると報告を受けていたが、油断はできない。


本当はずっとそばにいたいという気持ちに駆られたが、大切な仲間に無事を知らせるべきでないかと考えた。

そこで、先に復活していたエドワードの姿を見つけると、声をかける。


「エドワード様、皆にアシェルの無事を伝えにいきます」


だが、エドワードは意外な答えを出す。


「だめだ。今バレると、刺客を送り込んでくるリスクがある」


エドワードは、ズレッタ派閥の謀略が失敗に終わったことが判明すると、証拠隠滅のため、再び命を狙ってくる恐れを危惧していた。


「せめて家族だけには」

「分かった。絶対に口外させるな」


なんとか家族に無事を伝えることの許しを得たマーガレットは、急ぎ、アシェルの家に向かっていた。

拠点からはそう遠くなかった。


そして、アシェルの家に到着すると、勢いよくドアを開ける。


すると、アシェルの家族3人が心痛な表情を浮かべテーブルを囲んでいる姿が目に映る。


「マーガレット・・・?」


父のトシェルがいきなり家に入ってきたマーガレットの姿をみて、ポツリとつぶやく。


「先ほどアシェルが無事発見されました。もう大丈夫です!」


マーガレットは、慌てながらも、無事を3人に伝えた。


3人は突然もたらされた朗報を聞くと、堤防が決壊したごとく号泣し始める。

マーガレットは母のナーディアと姉のカナディと抱き合い、アシェルの無事を喜んだのであった。


九死に一生を得たアシェル。

魔力を覚醒させアシェルを救ったマーガレット。


今回の事件は、王国の理が変わっていくきっかけになりうるものであった。

終


魔法世界メモ84

国王近衛隊の拠点とは?

国王近衛隊は王都の警察権をもつため、王都内に10箇所ほどの拠点をもっている。

王都の治安維持のために衛兵が配置されている。

なお、王国騎士団は王都外の警察権をもつため、王都以外のリコーラ大陸に拠点をもつ。


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