第83話 繋がる魔力
体が寒い、苦しい・・・。
ただ、それだけを感じる。
自分が一体何者なのかも分からない。
わずかに意識を取り戻したのは、かなりの時間が経ってからだろう。
かすかな記憶に残っているのは長く宙を舞って、最終的に瀕死の重傷を負って倒れているという事実。
ここがどこかなんて分からない。
深い茂みがあり、森の奥深い場所だろう。
こんな所に誰かが助けに来ることなんて考えられない。
仰向けの体勢でピクリとも動けないでいた。
かすかに右目を半開きにできる程度である。
あのとき、魔力を巡らせて、落下の衝撃から上手に防御することはできたはず。
だが、想定外が一つあった。
目に映る崖の高さは10メートル程度でなく、50メートル、いやもっと高かった。
まさに断崖絶壁の崖。
もうどうでも良い。
こんな苦しみならば、一層のことひと思いに殺してほしい。
でも、なんとか生き抜きたい。
どうか奇跡が起こってほしい。
そんな心の葛藤が意識を保つ間、頭に浮かび続けていた。
17年間の人生。
前世で死んだ年齢よりも4年も若い。
前世でも急な落雷によって街中で倒れ絶命した。
なぜ若くして急死することになるのか?
前世では簡単に死を受け入れられたが、まだやりたいことがたくさん残っている。
それにもう会えないと思うと悲しくなる。たくさんの人。
だが、時が経つにつれて、奇跡を願う思いは薄れていく。
生の希望は絶望的だと悟っていくためだ。
思い返せばあっという間の時間だった。
もし、次に目覚めることがあれば俺はどの世界にいるのだろう。
薄れる意識の中、最後に思い浮かんできたのは来世の願い。
次こそは平等で美しい世界に長く生きていたい。
命の灯が消えかけ、ついに思考も止まってしまった。
ちょうど同じ頃、王城の第二王子公邸では、第二王子ニコル・アーステルドの元に、一報が飛び込んでくる。
「殿下、ご報告があります」
「エドワードかい?」
ニコルの元に慌ててやってきたのは、側近のエドワード・トリキトスである。
「先ほど、代弁者協会から連絡が入り、アシェルが行方不明となっているようです」
「なんだって!?」
「昨日、南の森林に平民と訪れると言い残し出ていったきり、朝になっても戻ってきていないそうです」
ニコルは昨日から妙な胸騒ぎを感じていた。
そして、このタイミングでの一報。
「連中は凶行に及んでしまったのかもしれないね」
「はい。あまりにもタイミングが良すぎます」
ニコルは思わず頭を抱え込む。
―もっと警戒しておくべきだった
だが、アシェルも魔力持ちだ
なんとか生き残っているかもしれない
ニコルは咄嗟にそう考えると、声を震わせる。
「すぐに探し出せ!ズレッタに内偵を送れ!」
エドワードに国王近衛隊の捜索と、ズレッタ邸への密偵を指示する。
このときばかりは普段の穏やかな姿と異なり、相当取り乱した様子であった。
さらに、時を同じくする。
アシェルの恋人マーガレットは、自宅で一人ふさぎ込んでいた。
頭の中にはモヤがかかり、とても正気でいられない気分。
あの日、ズレッタ家でアシェル殺害計画を耳にし、ずっと体に異変が生じていた。
仕事も数日休んでいた。
ー私、何か大事なものを忘れている気がする
それもとてもとても大事な・・・
意識の中で、もう1人の自分に抵抗している感覚があった。
ー私は一体何者?
アシェル・・・?アシェルって誰?
コンコン。
そのとき、部屋がノックされた。
「マーガレット、お客さんが来ているわよ」
母のマーリアスが部屋に呼びにきたのだ。
「誰?」
「パリシオンさんよ」
マーガレットがか細い声で尋ねると、学友のパリシオンが家に訪ねてきたことを理解した。
パリシオンが家を訪ねてくるなんて初めてのことだ。
マーガレットはその驚きもあって、パリシオンの用件にすぐに意識が向いていた。
「分かったわ。ちょっと待ってもらって」
マーガレットは体調が優れない中、すっかり乱れた髪をとかし、着替えを済ませると、部屋から出てきた。
そんなマーガレットの目に写ったのは、見たこともないほど鬼の形相をしているパリシオンの姿であった。
マーガレットはあの温厚なパリシオンの異変にたじろいでいた。
「アシェルが森で行方不明になって帰ってこないんだ。聞いてるんでしょ?」
「何の話?」
「アシェルがいなくなったんだよ!」
パリシオンの慌てふためいた姿とは異なり、マーガレットは、パリシオンの言葉の意味が理解しきれず、キョトンとしていた。
「なんでそんなに冷静なんだよ!
アシェルが死ぬかもしれないんだよ!」
「何がなんだか分からなくて・・・それに私に関係あるの?」
パリシオンはマーガレットからの想定外の発言を耳にし、このときばかりは一瞬驚愕する。
それでも、すぐに声を荒げる。
「みんな南の森を探している!
なんでマーガレットは何もしていないんだよ!!」
パリシオンはマーガレットの両肩を強く掴み、体を揺らしながら強く言う。
だが、マーガレットには響いている様子がなかった。
「もういいよ!」
そんなマーガレットの様子に、パリシオンは業を煮やし、突き放し走り去っていった。
マーガレットはただただ呆然とパリシオンの後ろ姿を眺めるだけであった。
マーリアスはそんな二人の会話を後ろで黙って聞いていた。
パリシオンが勢いよく走り去ると、後からマーガレットにそっと近づいた。
「マーガレット⋯それでいいの?
アシェルさんがこんなことになって」
「お母さん?」
マーリアスはそう言うと、涙を流しながら必死で諭す。
「あんなに愛していたじゃない?
本当のあなたはそんなんじゃないわ」
次の瞬間、思いっきり、手のひらでマーガレットの左頬を叩いた。
パン!!
「目を覚まして!お願いだから!」
マーガレットは母親から人生で初めて手をあげられて、一瞬何が起きたのか分からず、放心状態となった。
「お、お母さん?」
だが、生まれて初めて感じるあまりにも強い刺激であったためか、マーガレットの体の中で急に熱い何かが回りだす。
そして、その熱い何かが溢れ出すと、徐々に頭のモヤが晴れていく。
ー私は一体何を?
そうだ。アシェル!アシェルが危ない!
次の瞬間、濁っていたマーガレットの目の色がいつもの色に戻り、すっかり正気に戻っていった。
マーガレットは現状を概ね把握し、自分が今やらなければならないことを強く意識した。
そして、娘のことを思いっきり叩き、その場でうなだれ、手で顔を覆って泣きじゃくるマーリアスの肩に優しく触れる。
「お母さん、プリビレッジのお父様が殺すって・・・。私、助けなきゃ!」
「あ、あなた、正気に戻ってくれたの!?」
マーガレットは一度だけ頷くと、マーリアスに「いってくる!」とだけ言い残し、急いで南の森に向けて走り出した。
森までは走っておよそ1時間の距離。
道中、マーガレットの中に後悔の念がよぎってくる。
それでもアシェルの無事をただ祈るような気持ちでいっぱいだった。
そして、マーガレットは森の入口にたどり着く。
すると、そこにはエドワードが率いる国王近衛隊の部隊がいた。
ニコルの指示でアシェルの捜索に出ていたのだ。
「お前はマーガレットか?」
「はい。エドワード様。
アシェルはこの森の奥にいます。早く探さないと危険です!」
「どういうことだ?なぜお前に分かる?」
マーガレットは正気に戻ってから、感じたことのない感覚が自身の中にあることに気づいていた。
その感覚がアシェルの居場所に導いてくれる。
「私、アシェルのことを感じるんです。たぶんこれが魔力というものです。
微弱ですが、だいぶ距離があります」
「なんだと?お前がアシェルの魔力を感じられるというのか?」
マーガレットはさきほどの強い衝撃をきっかけに、眠っていた力が呼び起こされた。
「はい。はっきりと分かります」
「お前もプリビレッジの血を引いているのだから、ありえないとはいえんな。
分かった、信じよう。部隊全員をお前が指す方向に向けて捜索させる」
エドワードも捜索のアテがなく困っていたところ、思わぬ話が転がり込み、食いついてきた。
マーガレットが指し示す方向。
それを信じて、部隊は瀕死のアシェルのもとに急いだ。
もちろん、マーガレットは誰よりも先に森の中に飛び込んだ。
残された時間はもう少ない。
終
魔法世界メモ83
魔力探索の現実は?
魔導具を通じて、魔力発動をトリガーに探索することのできるものはある。ただし、発動された魔力量と距離によっては難しい。
単純に人の魔力を探知できるのは、一般的に敏感な者が魔力発動者と目と鼻の先にいるときくらいである。
微弱な魔力を遠距離から探知できるのは、特殊能力か、または何らかの変異がなければ説明がつかない。




