第82話 賭け
「おい、やりすぎたか。死んでないよな?」
「一応脈はある。気を失っているだけだ」
ザリア・ズレッタはアシェルに徹底した魔法攻撃を加えたため、殺してしまったのでないかと冷や汗をかいていたが、弟のゾイン・ズレッタが生存を確認すると安堵した。
「ロープで縛って例の場所に運ぶぞ。目隠しを忘れるな」
「おう」
ザリアの指示で、一番年下である三男のジオリ・ズレッタがアシェルの体を何度もロープで縛っていく。
「こいつ、魔法痕がかなりついてるぜ」
「ああ、このまま殺すわけにはいかない。
平民がまさか魔法を使えるとは予想外だ」
ゾインがこう話すと、ザリアは少し苦々しい様子で答えた。
3人の計画はあくまでもアシェルを事故に装って殺すこと。
証拠を残すわけにはいかない。
アシェルのことを目にかけているトリキトス派閥につけ込まれるわけにはいかないためだ。
だが、アシェルの予想外の応戦により、魔法痕が至るところに残った。
このままでは魔法による他殺の疑いが消えることはない。
アシェルを縛り終え、仕上げに目隠しをつける。
「仕方がない。ポーションを飲ませて魔法の傷を減らしておけ」
「しゃくだがそうするしかなさそうだな」
ザリアがゾインに対し、こう指示する。
ポーションは魔力をもつ者に対し、体を治癒させることができる原液だ。
魔力を供給することで体の治癒力が凄まじくあがる。
念のために持参してきたポーションを使うことになるとは。
3人は高級品であるポーションを使ってしまうのが惜しかったが諦める他なかった。
ゾインは、気を失っているアシェルの口を無理やり開け、少しずつ流し込む。
かったるそうに続けると、5分ほどでポーションの瓶が空になった。
「終わったぞ」
「ああ。魔法痕が消えるまでは待つしかないな」
「じゃあ、先に例の場所に運んでおこう」
そして、3人は予定どおり、殺害場所に予定した大きな崖に向けて、意識の戻らないアシェルを抱えて移動し始めた。
それから半日ほどの時間が過ぎていた。
どれくらい時間が経ったのだろうか?
俺は意識を取り戻していた。
目の前は真っ暗闇。
ここがどこなのか皆目検討もつかない。
体全身の痛みは残っているが、なぜか体中が火照っており、少し気持ちよさを感じる。
だが、体が何か邪魔されて、身動きを取ることができない。
この感覚は縛られているのか?
それすらわからない。
辛うじて唇を動かすことができるだけ。
だが、一つ言えることは、ここが森の中であること。
そして、近くに人の気配を感じることだ。
おそらく、あのときの連中だろう。
俺が生存していることを知れば何をされるか分かったもんじゃない。
冷静に状況を分析すると、とても恐怖し、体に震えを感じていた。
俺が意識を回復して30分程度が経った頃、こちらに向けて声が大きくなった。
「兄貴、こいつやっと意識取り戻したぞ」
そんなとき、暗闇から声が届く。
「まだ魔法痕が消えていないな。後5時間ってところか」
「ああ、あれを飲ませておけ」
急に誰かが俺の顔を持ち上げて、口元に液体を押し込んでくる。
これは飲んでも良いものではないはずだ。
だが、体を動かせず、飲むことを拒否することができない。
吐き出す力も残っていない。
3分ほどかけて、謎の液体を飲まされ続けていた。
味は不味いが、喉がカラカラだったということもあって、思いの外喉元を通ってくる。
ーこの味は酒?
思わぬ味に俺は心のなかで困惑していた。
「兄貴、飲ませたぞ」
「眠りにつくまでしばらくそのままにしておけ」
だが、少し時間が経つと、急に眠気が強く襲ってくる。
遠のく意識の中、これは睡眠薬入りの酒だと感づいた。
そして、そのまま俺は再び意識を失った。
それから3時間ほどの時間が経過していた。
その頃、再び意識を回復した俺は視界のない中、体をピクリとも動かさず、頭だけを巡らせていた。
俺は3人から急襲を受け、魔法攻撃で半殺しにされた。
だが、体の痛みは時間とともに消えてきている。
おそらくポーションを飲まされたのだろう。
一度飲んだことがあるからよく分かる。あの感覚だ。
だが、一度殺しかけた俺にポーションを飲ませて何の意味があるのだろうか。
殺さないということなのか?
いや、目隠しをされてきつく縛られていること、そして、眠らせてまで俺の回復を待っている状況はさすがにおかしい。
魔法で殺すことはまずいが、別の方法ならよいのか?
一体なぜ?
生き残るためにひたすら考える。
焦りと恐怖と戦いながらも、状況を俯瞰してみるように心がけた。
魔法で殺してしまうと、犯行がバレてしまう?
今、俺のことを魔法で殺して疑われるのは・・・。
ズレッタ家だ。
俺はニコル・アーステルドからズレッタが襲ってくる可能性を警告されていた。
そんな中、俺が魔法という手段を用いて殺されていたとしたら、トリキトス派閥とともに、ズレッタ派閥の犯行を疑うだろう。
場合によっては、プリビレッジ派閥間の戦争の火種になる。
そんな事態はズレッタ側も避けたいはずだ。
だとすると、考えられるのは、証拠を残さずに俺を殺すことだ。
いわゆる、完全犯罪というやつだ。
事故にみせかけて殺そうという魂胆だろう。
そして、その事故は樹海の中で起こることになる。
ここで一番起こりうる事故は、転落死か。
この段階で、今後起こることはなんとなく理解しつつあった。
では、俺はこの絶望的な状況の中、どうすれば生き残れる?
あくまでも事故死を装うということならば、どこか高い崖から落とすはず。
もちろん、その直前には当然、俺の目隠しと拘束を解くはずだ。
その瞬間が最後のチャンスだ。
魔法を使って襲いかかれば逆転の目もあるかもしれない。
だが、肝心の魔道具が手元にない。
そもそも、魔力に長けるあの3人を相手に勝てる見込みはあるか?
そうなると、生き残る方法は一つだけだ。
転落する時に、全身に魔力を込め、転落の衝撃から体を守る。
どれほどの高さかは分からない。
だが、10メートル程度の高さであれば、それで軽症で済む可能性が高い。
そのまま姿をくらませる。
この方法に賭けるしかない。
この作戦で大事なことは最後まで眠ったふりをして、落下する時に魔力を発動させることだ。
いつ来るかは分からないが、眠ってしまったら、確実に死ぬ。
起きていることを悟られてもだめだ。
絶望的な逆境でも決して諦めなかった。
俺が意識を取り戻して2時間ほど経ったくらいだと思う。
体の感覚から完全に傷が消えた感じがしていた。
ピクリとも身動きをとらず、あくまでも眠ったふりをする。
そのとき、ついに人の気配が近づいてくる。
「そろそろいいか」
「待ちくたびれたしな。やるぞ」
小声だったので誰の声かは分からなかったが、ついにその時が来たようだ。
俺の体が持ち上げられ、どこかに運ばれていく。
そして、1分程その状態が続き、その動きが止まった。
体を縛っていたロープが、足、腕、胴体からはなれていくことを感じた。
残すは手首と目隠しである。
これが外された瞬間に俺の体は落下していくだろう。
とてつもない緊張もあってか、心臓の鼓動がものすごい。
だが、こいつらに俺の動きを悟られるわけにはいかない。
必死で目をつぶったまま、寝たふりを続けた。
そして、ついに目隠しが取られ、最後の手首の縄も外れる。
「せーの」
その声が聞こえ、体が宙を舞った。
ー今だ!
体が落下していく中、俺は全身に魔力を巡らせて、身体強化を図った。
ありったけの魔力を防御のために。
だが、落下が止まらない。
それは感覚的なところなのかもしれない。
まるでゆったりとした時間だった。
ズドン!
もの凄い衝撃が体全身に生じたのが分かった。
終
魔法世界メモ82
プリビレッジ派閥の対立の歴史とは?
王国ではプリビレッジが4派閥で分かれているが、300年の歴史の中で派閥間で何度か小競り合いがあった。
だが、魔法大戦争の凄惨な記憶が残っていたため、大きな衝突まで発展しなかったが、プリビレッジ不可侵の原則は反省のなかで生まれた苦肉の策であった。




