第79話 効き始めた刃
本日は陳情の審査のための理事会だ。
早速、代弁者から提出された陳情を各理事が回し読む。
審議は午後からであった。
だが、提出された陳情案を読んでみると、全体としては出来が良くないという印象。
刺激的なテーマとは裏腹に、プリビレッジに配慮しすぎるものばかりだったからだ。
主張が折れているもの、エビデンスに欠けるもの。
そもそも思考力のレベルに低いものが多かった。
平民は幼少期から教育を受けるわけではない。
平民の中でも裕福な者が進む王国中枢養成学院の存在はあるが、それでもわずか2年間の公教育を受けるにすぎない。
プリビレッジの子息が公教育を受ける5年間よりに比べれば圧倒的に短い。
今後は、代弁者協会の中でも思考力を磨くための勉強会を開いていくべきではないか提案しようと思う。
いずれにせよ、提出された陳情案から果たして今年採用できるものがあるのか不安だ。
そして、午後になり、ネフィスが理事会の真ん中に着座し、議事を進行する。
「皆さんの中で、公証場に関する陳情で推薦できるものはありましたか」
ネフィスの問いに対し、すぐに答える者がでてこなかった。
だが、違う視点での意見が出てくる。
「そもそもそんな陳情を出すべきものはない」
発言をしたのは理事のバッハだった。
今更ながらの意見を述べてくる。
ネフィスはそんな発言をするバッハに向けて問いただす。
「テーマは前回の理事会で可決されました。今更そんなことをおっしゃるのはなぜでしょうか?」
「こ、公証人は法の番人だ。公証場の制度は、王令でも公平な裁きをすることが前提とされている。1ヶ月考えたがテーマ自体がおかしい」
バッハは過激な行動はないものの、親プリビレッジ派の生き残りであり、どこまでもプリビレッジの肩をもつようだ。
俺はハッハに向けてすかさず反論をする。
「王令の体裁がそうなっていても、現実は違います。実際に多くの代弁者は体験しているはずです。公証人の裁量が大きすぎるうえに、プリビレッジに忖度をします。とても公平性を担保できる仕組みにはなっていません」
俺がこう言うと、ハッハは少し黙り込み、理事会の場がしばし静かになった。
「まぁテーマの件はいい。問題はそのテーマに対する陳情案として相応しいものがあるかどうかだ」
バッハがこう言うと、理事会は陳情案の審議に移った。
俺にはこのテーマに関して、実効性のある陳情として一つ気になる案があった。
そのため、それを取り上げる。
「公証人による不公平な仲裁が判明した場合、公証場を管轄する統治省に、代弁者協会から公証人の更迭を求めることができるという案があります。これはどうでしょうか」
実はこの案は、同期のパリシオンから提出されたものだ。
もちろん、事前に陳情案について相談を受けており、俺自身も納得した内容であった。
「公証人の更迭の要求などもってのほかだ。さすがに容認できん」
バッハは再び声を荒げ、俺のことを指差しながら、糾弾するような口調だった。
「公証場の問題は分かるが、少々強すぎるのではないか」
他の理事からもネガティブな意見が出てくる。
「これはなかなか踏み込んだ内容だね。」
ここで、ネフィスが小声で呟く。
「はい。これまで王城の顔色をうかがうばかりで踏み込んできませんでした。
今こそ本当の平民の気持ちをぶつけるべきです」
「だが、ストレートに要求しても王城が認めるはずもない!」
俺がこの案を強く推すと、バッハも強く反論を続けた。
「あくまでも陳情であり、いわば王城との交渉です。
代弁者協会がはじめから弱腰では何も変えることができません!」
それでも、強い論調で再反論をすると、バッハをはじめ、他の理事も黙り込む。
状況を見かねて、理事のジュリストとネフィスが議論に割って入る。
「先日、協会長が所信表明しましたが、これまで放置されてきたプリビレッジの不条理には立ち向かうべきです。みんなで新しい時代を作ってみませんか」
「協会長の私もアシェルの意見には賛成です。陳情はあくまでも陳情です。
王城との対話の機会にすぎません。すべての責任は私が持ちます」
ネフィスがここまでのことを言ったため、以後異論がでてくることはなかった。
結局、バッハのみがあくまでも反対を貫いたが、最終的に王城に対し、不当な仲裁があった場合に、代弁者協会から統治省に公証人の罷免を求めることができる陳情案が可決されたのであった。
なお、残りのテーマに関しても、激しい議論の末に陳情案が固まった。
平民の労働環境の改善という改革テーマについては、年に一度、使用者が労働者と労働環境の改善について話し合いを持つことを義務付けるという陳情案が可決された。
ただし、平民に対する魔法石の増額給付という改革テーマについては、具体的な方策を示すことなく、魔力の財源を増やすことが難しいため、提出が見送られた。
こうして、今年は2つの陳情を王城に提出することが決まった。
ここから2つの陳情の論拠を整理し、補強していく。
1週間程度、俺が中心となりその作業を行ったが、ようやく正式な陳情が完成し、王城に提出することになった。
「アシェル、お疲れ様」
陳情を提出すると、協会長のネフィスとジュリストからねぎらいの言葉をかけられた。
「これが改革の第一歩になるとよいのだが」
そう話すネフィスの目は力強いものがあった。
その頃、陳情が提出された王城では揺れていた。
陳情がかつてないほど強烈であったことに驚きをもって受け止められたためである。
「平民のぶんざいで、王の面前裁判だけに飽き足らず⋯」
王城、プリビレッジの多くは、代弁者協会の戦う姿勢への変化に苦々しい思いを抱いていた。
プリビレッジの世界でも様々な思惑が存在する。
今回、王城が提出された陳情に対し、どのような決断を下すのかは流動的であり、全く見えない。
陳情に対する正式な回答がでるまで少なくとも数カ月はかかることだろう。
だが、少しの変化が起きるだけでも、今回の成果としては十分だと思う。
陳情を提出し、1ヶ月が経過したころである。
陳情を提出した成果と思える話が耳に届いてくる。
「アシェル、聞いて聞いて」
「どうしたんですか。イザベルさん」
10年目の代弁者であるイザベルが何やら慌てた様子で話しかけてきた。
「久しぶりに公証場で事件の仲裁を申し立てをしたのだけど、公証人がこれまでとは違って傲慢な感じじゃなかったの」
それは想定したものとは異なる変化であった。
「陳情を提出したことで、プリビレッジである公証人に対して心理的な圧力になったんですかね」
隣にいたパリシオンがこう呟いた。
別の日にも報告があがってきた。
「以前、アシェルさんに相談した従兄弟のヘルースの職場っすが、最近プリビレッジの暴力が減ったそうっす」
「あの暴力的なプリビレッジが?」
ムラーキは目を輝かせて俺にこう話す。
現時点では、王城が陳情にどのように対応していくのかは分からない。
実際、陳情に対応する形で、王令の改正が検討されているという話は一切でていない。
だが、代弁者協会が強い姿勢にでたという事実が、プリビレッジの世界、一人ひとりのプリビレッジに対して、一定の抑止効果が出てきていることは目に見えてきている。
プリビレッジに言いなりであった平民が本気で怒っている。
そのことが彼らに伝わるだけでも十分な抑止になりうるということだ。
だが、気をつけておくことがある。
プリビレッジの中には過激な者も多いという実情だ。
プリビレッジに対して与えた心理的影響が大きいということは、その分の反発も大きいはずだ。
いわば諸刃の剣でもある。
以前、ズレッタ派閥が俺に対して報復のターゲットとする話はニコル・アーステルドらから耳にしていた。
もしかすると、俺に限らず、真面目に問題に取り組む代弁者にも、身の危険が及ぶかもしれない。
大きな権力に戦うということは、自分の身を守れることが前提になる。
少なくとも各代弁者にはこれからの行動に慎重さを求めておくべきかもしれない。
それに俺個人には、プライベートの問題も残ったままだ。
なんとしても、マーガレットがおかしくなった原因を突き止めなければならない。
これから先、プリビレッジから反撃がありそうという俺の予感に、漠然とした不安を感じる自分がいたのであった。
終
魔法世界メモ79
魔法石の給付とは?
王国では生活に必要な灯りや熱などを魔導具を通じて利用している。
その原動力は魔力であり、プリビレッジが税として王国に一定の魔力を供給し、それを王城が平民に魔宝石にして給付する。
生活に欠かせないインフラであるが、平民に行き届く量は多いとはいえず、魔法石の増額給付が平民の要望として最も多い。




