第78話 進展と停滞
ネフィス新体制発足から3ヶ月。
新体制ではたるんでいた代弁者に対する引き締め政策を次々と実行していく。
直近では、モチベーションアップのために代弁者の評価制度を構築した。
代弁者の俸給は完全に年功序列の固定であった。
だから、どんなに仕事を頑張ったとしても俸給は変わらない。
もっとも、プリビレッジの資本で働く平民は新入りから俸給がほぼ変わらないことが一般的である。
代弁者は年功序列でも上がっていくだけマシであるところもあった。
だからこそ、代弁者の俸給を変えようなどという考えは夢にもでてこない。
そのため、予想外の改革は思いのほかインパクトが大きかった。
「アシェルさん、俺もやっただけもらえるってことっすか?」
「ムラーキはまだ一人で仕事できないからちょっと早いかな⋯」
「そんなぁ」
多くの代弁者は新しい制度に困惑気味であったが、それでもネフィスによる改革の真剣さを肌で感じ、浸透しつつあった。
やればやるほど報われる。アメとムチでうまく緩急をつけた施策。
想像以上にネフィスの手腕は敏腕だ。
前協会長のテレスは彼のそんな素質を見抜いていたというわけだ。
ちょうどこの頃、王城に提出する陳情策定の時期であった。
陳情は、年に一度の平民から王城に要望を出すことのできる機会。
平民の代表である代弁者協会にとって重要な任務である。
昨年は、なんと新人代弁者の俺の税制度の改革案が採用され、しかも政策の実現が叶ったという思い出がある。
こんなことは異例である。
そんな陳情制度に対しても、ネフィスは独自に考えを打ち出す。
本日の理事会において、代弁者協会での陳情の策定が議題に上がっていた。
「陳情の運用を変えていくべきだ。もっと合理的に進めていく」
ネフィスが冒頭でこう述べる。
これまでは各代弁者からテーマを自由に選ばせて陳情案を策定させ、理事会で良さそうな案を選ぶというプロセスであった。
ネフィスは長く続いたこのやり方にも懐疑的であった。
「伝統をもっと重んじるべきだ。いますぐ変える必要はない」
重鎮理事のトリキシアらはあくまでもこの議題に反対する構えだ。
古い人間ほど過去のしがらみに囚われがちだ。
確かに、俺の目からみても、このプロセスには問題があるように思えた。
代弁者が適当に好きなテーマを選んで陳情を起案しても、質があがってこない。
同じテーマでなければ厳密な比較が難しく、知恵をあわせることができないためだ。
そこで、俺もネフィスに同調する形で意見を述べることにした。
「理事会が陳情のテーマを指定して、代弁者に策定させるのはどうでしょうか」
だが、反対の声が大きくなる。
「テーマをどうやって絞るんだ?」
「代弁者には裁量がある。裁量を奪うというのか?」
俺も一応理事の立場にあるとはいえ、まだ代弁者歴3年にも満たない新参者。
格好の捌け口になりやすく、いちいち批判も辛辣だった。
それでも簡単にはめげてやらない。
「組織として日頃から平民の声を集計し、集まったデータを元に選ぶべきです」
平民にとって何が困っていることなのか。
それを恣意的でなく、客観的なデータを元に施策を推進していく。
「理事会は正しい判断をするためにありますからね」
「ああ、そうだ。アシェル案に私も賛成する」
ここで理事のジュリスト、そして、ネフィスの一言が入る。
異論も残ったが、最終的にネフィスの説得を受ける形で、全会一致で陳情の策定について可決されたのであった。
その後、理事会で決まった今年度の陳情のテーマが3つ発表され、代弁者が任意に1つのテーマを選択し、陳情をまとめることになった。
また、陳情の出来具合に対しても、人事評価の対象となることもちゃっかり通達された。
期限は1ヶ月。
代弁者評価制度が始まり、そのうえに陳情も策定しなければならないため、かつてないほど各代弁者にとって忙しい1ヶ月になっていった。
代弁者が目の色を変え、仕事に励む。
そんな中、俺はというと、理事という管理職の立場のため、自ら実務に出ることは激減していた。
それに陳情も審査する立場にあるため、起案をする必要もない。
だからといって、暇というわけではなく、受け持った代弁者の事案に対する決裁など机仕事はそれなりに忙しかった。
それに、ニコル・アーステルドの指示もあり、魔力の訓練も並行させる必要があった。
仕事は順調。
だが、この間も、恋人のマーガレットと顔を合わせることはなかった。
ある日、以前調査を依頼していたエドワード・トリキトスの報告が伝書鳥を通じて届いていた。
「特に変わった様子はない。淡々と仕事をしているようだ」
エドワードからもマーガレットの様子に特に不審な点はないとの報告。
何もつかむことはできなかった。
本当に胸が苦しくなる。
まさに八方塞がりだった。
だが、マーガレットの職場がダメなら他を当たる他ない。
ある日の夕方、俺は喫茶店で人を待っていた。
「久しぶり!」
「時間作ってもらって悪いね」
恋愛相談と呼ぶかは分からないが、相談できるのは学友のリサリィしかいなかった。
リサリィは女子同士であり、マーガレットと親しい間柄。
たまに会っているという話をよく耳にしていた。
「で、あんたたち、別れたん?」
第一声で、リサリィのツッコミが入ってくる。
「え?なんでそう思うわけ?」
リサリィは斜め上を向き、思い出すように話を続ける。
「マーガレットがアシェルの話を全然せんくなって。
うちが聞いても『別に。』しか言わんし。だけどねー」
だが、リサリィの目からみても長い付き合いになるマーガレットの様子に違和感があったようだ。
「マーガレット、少し目の色が変わったような印象があったんよ。
うちから見ても、違う印象があるというか」
「それ、どういうこと!?」
リサリィから出たのは思わぬ言葉であった。
だが、それが何を意味するのかは想像がつかなかった。
しばらくリサリィとマーガレットのことを話し込んだ。
「アシェルも可愛そうやから、探ってみるわー」
そして、リサリィなりにマーガレットのことを探ってくれるということになった。
頼れるツテは限られている。
リサリィが何かヒントとなるものを見つけてくれることを切に願う。
時間が経つのは早いもので代弁者から提出された陳情の審査をする理事会の当日となった。
理事会が指定したテーマは次の3つであった。
・公証場における審理の公平性を担保する改革陳情
・平民の労働環境改善のための改革陳情
・平民に分配する魔法石の増量を求める改革陳情
代弁者協会がこれまで提出してきた陳情からすると、どれも刺激的なテーマであった。
いずれもプリビレッジ至上主義とは真っ向からぶつかり、プリビレッジの既得権益を狭めるものだ。
こんな刺激的な陳情を出せば、王城側がどういう反応をするのか。
少なくともプリビレッジ社会からの反感は必至と思われる。
だが、裏を返せば、平民の生活、平民の権利にとっては背に腹は代えられないほど重要な課題であるのも事実。
この刺激的なテーマに対し、各代弁者がどれだけ説得力を高め、マイルドな形で折り合いをつけられることができるか。
理事会の審査はその点が鍵になってくるだろう。
終
魔法世界メモ78
リサリィ 17歳
赤いショートヘアーの女子。
王国中枢養成学院を卒業後、財務省で働く。
マーガレットとフリーラと仲良し三人組であった。




