第77話 歪み始めた歯車
先日、理事会で決まった事件処理の監視制度。
反発の声もあったが、早くも効果が現れていると実感する。
とりわけ、中だるみしている中堅代弁者が動きが良くなったのが一目瞭然だった。
代弁者協会での労働時間が伸びており、また、相談にきた平民から後日礼状が来る件数も伸びてきている。
少なくとも以前より平民の満足度も上がっているように思える。
着実に代弁者協会の浄化が進んでいく。
早速、ネフィス新体制に手応えが出てきていた。
だが、そんな実情の中、心に引っかかっていることがある。
それはマーガレットの存在だ。
マーガレットの家を訪れてから2週間が経過したが、全く音沙汰がない。
4年ほどの期間、交際をしているが、あんなにそっけなかったことは一度もないし、それに表情がまるで別人であった。
何か良からぬことが彼女の身に起こったと考えるべきかもしれない。
このままでは仕事にもろくに集中できていない。
正直、自己嫌悪にもなる。
このままでは良くない。
待ち伏せをして、もう一度ちゃんと話すべきだ。
俺は、居ても立っても居られない思いで行動する。
この日、早めに仕事を切り上げると、マーガレットの家の付近で彼女の帰りを待った。
マーガレットの母のマーリアスに言えば、家で待たせてくれると思うが、なんとなくその気になれなかった。
大きな木に寄りかかって身を潜めながら、しばらく待っていた。
マーガレットはなかなか帰ってこない。
とっくに国王近衛隊の仕事は終わっているはずだ。
一体どこで寄り道をしているのか?
それから2時間ほど経ち、辺りがすっかり暗くなった頃、ようやくマーガレットらしき姿が現れた。
「マーガレット!一体何があったんだよ」
俺は一目散にマーガレットの前に出ると、声をかけた。
「あなた、こんなところで何をしているの?」
「最近、全く顔を合わせないし、心配になるよ。なんか事情があるのでしょ?」
必死にこう言うと、マーガレットはまるで俺が何を言っているのと言わんばかりのキョトンとした表情だ。
「あなたが知りたいことが何かわからないけど⋯。いいわ。
多忙になった事情を話すわ」
マーガレットはあくまでも他人行儀という感じだった。
「最近、私、プリビレッジの交流会に参加しているの。ほら、血筋もあるし。
王国を支えているのはプリビレッジだから、すごく刺激になるわ」
「どういうこと?交流会って⋯?」
マーガレットから出た言葉は驚くべき内容であった。
それからマーガレットは雄弁に語りだす。
プリビレッジ中心の世界の偉大さ、神ソディーナの正当性。
マーガレットが昔から毛嫌いしていた価値観であった。
「あなたももう少しプリビレッジに感謝すべきだわ」
俺はそんなマーガレットの話を聞き流すのが精一杯だった。
「ごめん、今日は帰るね」
「ちょっと」
終いには気力を失い、話を無理やり切り上げ、その場から逃げるように去ってしまう。
その帰り道、理解が追いつかず、ひどく混乱していた。
もはやマーガレットは別人にしか思えない。
普段は「アシェル」と呼ぶのに、ずっと「あなた」と呼んでいた。
まるで赤の他人と話すようなよそよそしさが心に刺さった。
…なぜこうなった?
頭の中で原因を必死で探した。
こんなとき一番に思いつくのが、、、
「他に男ができた」という可能性。
プリビレッジの男ができたと考えれば合点がいく。
4年もの歴史がそうもあっさり崩れるのは納得できない。
違う。これは違う。
だが、だとしても、他に一体何があるのか?
見当がつくはずもない。
マーガレットに会ったことでより一層、心が揺らいでしまった。
こんなとき、やれることは一つしかない。
信頼のできる友人に相談することだ。
マーガレットと会って2日後のことである。
俺は、王城に入り、第二王子ニコル・アーステルドとエドワード・トリキトスの元を訪れていた。
「久しぶりだね。まずは理事就任おめでとう。
期待以上の速度で掌握してくれて嬉しいよ」
久しぶりに会ったニコルからは選挙の慰労の言葉をもらう。
しかし、ずいぶんと嬉しそうなのがかえって怖い。
「ありがとうございます。ですが、今回の件はエドワードのおかげです」
「いいってことよ」
あらためて協会長選挙のときに一役を買ってくれたエドワードに礼を述べた。
エドワードの協力がなかったら、親プリビレッジ派の悪事を表に出すのは難しかった。
これには感謝の思いしかない。
「それでエドワードに別件の相談がありまして」
「なんだ、またお願いか?」
一度大きな借りを作っているが、俺は藁にもすがる思いでお願いをすることにした。
「実はマーガレットがなんだかおかしくなりまして」
俺は早速、マーガレットに起きた異変について事細かに話し、エドワードに探りを入れるように頼み込む。
エドワードは、国王近衛隊で働くマーガレットの上官にあたり、彼女の普段の姿をみることが可能な立場であるためだ。
「彼女、君にゾッコンだったように見えたけど」
ニコルもこれには少し意外そうに呟く。
二人は驚きで思わず顔を見合わせる。
「まぁそれくらいならお安い御用だ。了解した」
エドワードは俺のそんな要請を快く引き受けてくれた。
普段の様子が分かればきっとそこにヒントがあるはずだ。
少しだけホッとした瞬間であった。
だが、ここでニコルから思わぬ言葉を耳にする。
「そういえば、一つ君に忠告しないといけない」
ここで思わぬ話題が出てくる。
「あのズレッタ家がトリキトスや伝統派の代弁者に報復する動きを見せている。
よっぽど選挙の件で恨んでいるようだ」
まさかの逆恨みだった。
これは考えたくもない話であるが、親プリビレッジ派を通じた影響力を失ったのは彼らにとっても痛かったのかもしれない。
「君はその選挙で中心的役割を担っているから、これからは用心したほうが良いね」
「お前もしばらく外での活動は控えろ。それに魔力の訓練も怠るな」
ニコルとエドワードから強い口調でこう告げられてしまう。
どうやらこれは真剣に考えるべきことのようだった。
理事に就任したばかりで代弁者の業務が山積みであったが、考えなければならないことが増えていく。
「わかりました⋯。気をつけます」
身を守ることも確かに大事だ。
それに、マーガレットが変わったことと、このズレッタの動きに何か関連があるかもしれない。
だが、このときは事態が取り返しがつかないほどに動いていたことに認識が不足しており、俺はズレッタ家の問題についてあまり真剣に考えていなかった。
終
魔法世界メモ77
勤労者の労働時間は?
労働基準法のような法制度はなく、時間という概念でなく、あくまでも雇用主から与えられた仕事を完遂させることが求められる。請負のような勤務形態と言える。
代弁者のような仕事は、代弁者協会から割り振られた仕事さえこなしているように見えればいかようにもサボることができる。




