第76話 改革の影で
ネフィス新体制が発足し、いつの間にか2週間が過ぎていた。
この頃には、代弁者協会内も落ち着きを取り戻し、正常化しつつあった。
親プリビレッジ派のポリエスとレトロスは、理事に再任されなかったうえに、両名には示談金の横領による代弁者規則違反という形で処分が下されることになった。
最終的に、両名は代弁者を事実上引退する形に追い込まれた。
ネフィスのジャッジは強行なものであり、当初は反発の声もあがったが、協会長という立場に強い権限があるため、徐々にその声も静かになっていった。
一方、2年目の代弁者であり、歴史上最年少理事になった俺に向けられる視線は様々であった。
抜擢を歓迎してくれる者、嫉妬やその他の思惑から面白く思わない者。
それぞれの代弁者が異なる態度で接してくる。
だが、最後は自分の意思で就任を受諾した。
他人にどう思われようと、改革の一助になると誓ったのだ。
「アシェル、いや、アシェルさん、相談があるんですが」
「やめてくださいよ!イザベルさん。なんで敬語?」
代弁者協会の廊下を歩いていると、10年目の先輩イザベルが声をかけてきた。
「さすがに理事にタメ口はできないです」
「敬語禁止!これは理事としての命令です!」
俺が理事になったことで、親しい仲間たちも困惑していた。
伝統的に、代弁者の上下関係は厳しいものがあった。
だから、年下の上司の存在は扱いがきっと難しい。
「指揮時はともかく、普段はイザベルさんが先輩であることに変わりありません」
「そうね⋯」
それでも、徐々にこの状況に仲間も慣れてきてはいた。
新体制での最初の課題は、親プリビレッジ派の処遇。
リーダー格のポリエスとレトロスは表舞台から姿を消した。
だが、各々の代弁者がもっていたプリビレッジとのパイプを清算することは容易でない。
プリビレッジに忖度する悪癖も簡単に消えないことだろう。
「ネフィスさん、親プリビレッジの代弁者の扱いしますか」
「まずは徹底的に教育していく他ない」
理事に就任したばかりのジュリストがネフィスに質問すると、ネフィスもこの問題には頭を抱えていた。
人手が足りていないため、親プリビレッジ派だった代弁者にも仕事を回す必要がある。
単純に入れ替えというわけにはいかない現状がある。
ここ最近は、俺とネフィス、ジュリスト3人で頻繁に会議を行っている。
そんな会議の中、俺は二人にある提案をした。
「理事による代弁者の管理を強化させるのと同時に、理事同士も互いが監視できる仕組みにするのはどうでしょうか」
これまでの運用は各理事の責任でやっていたので、他の理事が干渉する余地もなく、事件処理を知ることもなかった。
そのため、平民の相談をどのように対応するかは一理事の責任として終わっていた。
監視が届かないことにより、親プリビレッジ派による怠慢を許していた側面がある。
「理事の管理を強化していくしかないか。確かに、重鎮の理事のさぼりも問題だな」
「そうですね。締め付けを強くすることになりますが、やむを得ないでしょう」
ネフィスとジュリストはそんな提案に理解を示してくれた。
理事間で相互に牽制が機能していれば、仕事の濃度は高まるはずだ。
それに代弁者毎の質の差異をなだらかにしてくれる。
本来あるべき代弁者協会の姿に近づいてくれるだろう。
「バッハ理事の扱いが少し難しいですね」
バッハは親プリビレッジ派の理事であったが、ポリエスらと異なり、表立った行動をみせていないため、理事から外せなかった。
そんなバッハだからこそ、理事への締め付けには抵抗を見せることだろう。
「事件処理の統一性を持たせるために、定期的に理事相互で事件処理を調査する運用を始める」
理事会ではネフィスが強い態度で臨み、政策を訴えた。
もちろん、バッハは予想通り抵抗を示し、また、伝統派の重鎮のトルキシア、オリジの両名も苦々しい様子だった。
だが、新任理事のアーズは親プリビレッジ派の後処理のためにはやむを得ないと理解を示し、賛成多数が見えていたため、バッハらも渋々であったが受け入れた。
こうして、理事の相互牽制の担保として、事件処理の調査制度を導入することが決まったのであった。
一歩一歩であるが、代弁者協会内の浄化が進んでいく。
選挙が終わっても、新体制の中で俺の業務は増えてしまい、忙しさも相変わらずであった。
そのため、恋人のマーガレットともなかなか会えていなかった。
それでも選挙から1月が経過した頃、少し落ち着いたこともあって、家族が改めて理事就任のお祝いをしてくれるという話となった。
そして、姉のカナディがマーガレットをその席に招待してくれたという話だった。
マーガレットと顔を合わせるのは久しぶりなので嬉しい気持ちと緊張もあった。
その日、俺が自宅に帰ると、既にたくさんの料理がテーブルに並んでいた。
「今日はご馳走よ、カナディがレストランフリーからお持ち帰りしてくれたから」
母のナーディアが鼻高らかにこう述べている。
平民の食卓とは似つかわしくない品数だ。
もちろん、レストランフリーの名物トンカツも含まれていた
父のトシェルと姉のカナディがわくわくした表情でテーブルに座っている。
だが、招待した肝心のマーガレットがなかなかやって来ない。
さすがに、招待客を待たずに食事をスタートさせるわけにもいかない。
「約束の時間がだいぶ過ぎたけどこないね。もう日が暮れているのに」
そんな状況に、カナディが心配そうにつぶやく。
その後もマーガレットを待っていたが、やってくる気配がなかった。
俺が帰ってきて既に2時間が経過しているというのに。
「アシェル、何か連絡入っているか」
「…特に」
トシェルもすっかり待ちくたびれた様子だ。
外はすっかり暗闇になっていた
それからもみんなで待っていたが、マーガレットはついにやってこなかった。
マーガレットの身に何かあったのだろうか?
マーガレットが約束を破ることなんて初めてなので、少し嫌な予感がする。
結局、この日は夜遅くに家族だけのお祝いをしてもらう形になったが、胸の奥に、小さな棘が残った。
その翌日。
俺はマーガレットのことが心配であったため、家を訪れていた。
「こんにちは。マーガレットはいますか」
「あら、アシェル?一体急にどうしたの?」
家のドアを開いたのはマーガレット本人であった。
俺の来訪に少し意外そうな表情を見せている。
「昨日はどうしたんだよ?みんな待ってたんだよ」
「ん?パーティーって昨日だっけ?勘違いしていたわ。
それより、私、今から出かけないといけないの」
マーガレットの言葉はたったこれだけであった。
俺の来訪にも自分の用事を優先し、会話の時間もくれなかった。
表現は少し難しいが、まるで他人行儀。眼中にないというか⋯。
彼女の中で何か心境の変化でもあったのだろうか。
だが、俺自身もしばらく彼女と会う時間すら作ってあげられていなかった。
彼女のそっけない態度に文句を言える道理はない。
しばらくは彼女の様子を静観し、どこかで謝罪して仲直りする必要がありそうだ。
終
理事のバッハ 56歳
親プリビレッジ派に数えられていた理事の生き残り。
ポリエスとは師匠の代弁者が同じであり、弟弟子のような存在で親プリビレッジ派として動いていた。
ただ、本人があまり活動的なタイプではなく、ポリエスが頭数として囲っていた側面があるため、目立った悪事はでてこなかった。




