第75話 新体制
協会長選挙から一夜が明けた。
今回の選挙は、かつてないほど代弁者協会に深い爪痕を残した。
歴史上、これほど激しい選挙はなかっただろう。
親プリビレッジ派についた者、つく寸前だった者、最後まで伝統派を貫いた者―
それぞれが自分の立ち位置を露わにし、今後の力関係が大きく変わることは誰の目にも明らかだった。
この日、俺が執務室でずいぶんと溜まってしまった書類を整理していると、ある人物が部屋を訪ねてきた。
「少し……話をしてもいいですか」
振り返ると、そこにはトーレスの姿があった。
彼の裏切りについて、けじめをつけなければならない。
逃げるつもりはなかった。
「自分が間違っていました。申し訳ありませんでした」
トーレスは開口一番そう言うと、涙を浮かべ、深々と頭を下げた。
彼のやったことは簡単に許せる話ではない。
だが、それでも本人の沈んだ態度を見ると、突き放すこともできなかった。
「頭を上げてください。これからです。仕事で信頼を取り戻してください」
それなりに時間はかかることだろう。
彼には代弁者として立ち直る機会を与えるべきだと思った。
それに、問題行動があったのは何もトーレスに限られたことでもない。
多くの親プリビレッジ派が似たようなものだったのだろう。
彼らを干しておくほど代弁者協会には人的余裕はないのだ。
新協会長ネフィスの下、次に注目されていたのは理事の人事だった。
理事は協会長を含めて七名。
理事会は協会の最高意思決定機関であるが、各理事の権限も絶大だ。
代弁者協会にくる相談は各理事に割り振られ、理事の責任と裁量のもとに平の代弁者を使用し、動いていく。
だからこそ、親プリビレッジ派の不正も表にでてくることはなかったのだ。
理事に与えた権限の制御。今後、ネフィスの手腕が問われることになるだろう。
理事の選定は協会長の専権事項であるが、これまでの慣例では基本的にキャリア順で選ばれていた。
だが、今回に限って言うと、協会長自身が異例の若さであり、過去の慣例がどこまで維持されるかは疑問であった。
そのため、とりわけ親プリビレッジ派のポリエス、レトロス、バッハの3人の理事の処遇に、誰もが注目していた。
理事の選任発表までは3日程度である。
この間は、理事の人事にかかる憶測で話が持ちきりであった。
そして、早いもので理事のメンバーの発表の時がやってくる。
この日の暮れ、代弁者協会内の中央広場に理事名簿が掲示されることになっていた。
このときばかりは、我先にと代弁者が広場に集まっており、俺が到着したときには人だかりができていた。
予定時間になると、代弁者のイザベルと受付係が、大きな紙を持参し、掲示を始めた。
ついに理事の発表だ。
張り出された瞬間、前方からどよめきが起こった。
「……やっぱり、ポリエスさんとレトロスさんは外されたか」
そんな声が俺のもとにも届いてくる。
前協会長のテレスを含めると、少なくとも理事のポストに3枠は空いた。
問題はそれを埋めるのは誰になるのか。
一人は、ジュリスト。
ネフィスを長年支えてきた中堅の代弁者で、今回も選挙戦ではネフィスのために動いていた。納得の人選だ。
二人目は、アーズ。
彼も中堅の代弁者であるが、重鎮の代弁者トリキシアの一番弟子とされる人物だ。
おそらくネフィスが協会長の椅子を譲ってくれたトリキシアに報いるための人事と思われる。
―そして、最後の一人
「アシェル!!」
そのとき、掲示の前方にいたパリシオンが、こちらを振り返って叫ぶ。
「なんでそんな顔してるの!? 理事に選ばれてるの、アシェルだよ!!」
「……え?」
言葉の意味が理解できず、人をかき分けて掲示の前に出た。
一番下に記された名前。
『理事 アシェル』
紛れもなく、俺の名だった。
たった二年のキャリアで理事―
自分のことながら、これには全く現実感がなかった。
周囲の代弁者からの視線が、重く刺さる。
称賛、困惑、反発、嫉妬。入り混じった感情。
さすがの俺もこの状況にはとても耐えられなかった。
そのため、何も言わず、逃げるようにその場を離れた。
執務室に戻ると、しばらく一人で考え込んでいた。
なぜ俺なのか?
ネフィスの意図が全く分からない。
確かに、選挙戦には貢献したのかもしれない。
だが、理事というポストはその見返りで与えられるものであってよいはずがない。
もし、見返りにポストをもらうことになれば親プリビレッジ派のやってきたことと変わらなくなる。
俺は必死に答えを求めていると、部屋に突如ノック音が響いた。
「入るよ」
ゆっくりドアが開くと、そこにはネフィスの姿。
「一体どういうことですか!?」
「珍しく動揺しているね」
ネフィスはそう言って、穏やかに笑った。
「代弁者協会を改革し、プリビレッジに支配された理を変えるためにも君の力が必要だ」
言葉は静かだが、とても重い。
「ですが、まだ2年目の代弁者に理事は重すぎます」
「大丈夫。君は他の代弁者にない視点と胆力を持っている」
ネフィスは俺の肩にそっと手を置く。
しばらくはこのやり取りが続いた。
だが、いつの間にか新体制で取り組む課題や優先順位について話題が移っていた。
「個々の代弁者で仕事の質が違っていてはダメだ」
「そうですね。平民しても誰に当たるかで満足度が大きく違うのでは問題です」
徐々に話すうちに、不安は使命感へと変わっていった。
―もはや逃げる理由はない
結局、俺はその日のうちに、ネフィスに対し、理事就任を承諾することになった。
理事を受諾したちょうどその頃。
4大プリビレッジの一角、ズレッタ家では緊急の家族会議が開かれていた。
「……あの平民、負けよったか」
長のサリュード・ズレッタの低い声が響く。
長男ザリア・ズレッタ、次男ゾイン・ズレッタ、三男ジオリ・ズレッタ。
三人の息子も全員集まり、険しい表情を浮かべていた。
「ポリエスは出禁にした。二度と顔を出すなと」
「ああ。奴隷落ちにしてもいいくらいだろう」
「それで、次はどうする?」
三人の息子がそれぞれ発言をする。
そして、次第に怒りの矛先はトリキトス派閥へと向いていた。
「選挙でもあのトリキトスが一枚噛んでいたようだ。これは看過できん」
ゾインは怒りを噛み締めながらこう話す。
「マーリアスの店に小麦を回したのもおそらくトリキトスの仕業だ。
戦争するか?戦争するか?」
ジオリが血気盛んに言う。
だが、二人の弟に対し、長男のザリアが制した。
「少し落ち着け。さすがに正面衝突はこちらも損が大きい。
ここは頭を使って行動しろ」
サリュードは黙って息子たちの発言を聞いていたが、ザリアの言葉に頷いた。
「ザリア、お前にすべてを任せる。
トリキトスに与する者――そして、我らに楯突く代弁者を徹底的に追い詰めろ」
「了解した。金と人を使う。裏から攻めていく」
最後に、サリュードはマーガレットと年の近いジオリに目を向ける。
「マーガレットをこの場に連れてこい。男の件は認める、とでも言ってな」
「親父……あの魔道具を使うのか?」
サリュードの不穏な言葉を最後に、ズレッタ家の会議は終わった。
ズレッタ家は、今回の代弁者選挙を受けて、静かに、だが確実に動き出していた。
終
魔法世界メモ75
理事の平均キャリアは?
理事になれるのは年功序列の人事を前提にすると、平均で35年から40年目のキャリアが必要となる。
現協会長のネフィスは25年目で理事になったが、それですら歴代最年少の理事の誕生と騒ぎになった。




