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第74話 癒着

「アシェル、前へ」


テレス協会長の指示を受け、俺はついに壇上に上がった。

会場の空気はいよいよ投票が近いということもあって張り詰めている。

この場での一言一言が、選挙の帰趨を決める。

プレッシャーはなくはない。それでもここで成し遂げる必要がある。


「私が主張したいことは一つあります。

  ですが、その前に、外部から証人をこの場に招く許可をいただきたい」


この予想外の発言にはざわりと会場が揺れた。

「部外者を入れるのか?」

「選挙の場だぞ!」

とりわけ親プリビレッジ派に与する者から不満の声が上がる。


だが―

「以前にも言ったが、ここは自由な討論の場じゃ。特段禁止事項はない」

テレスが静かにそう告げると、反対の声は次第に収まった。

「許可する。呼ぶがよい」


俺は協会長と会場に一礼し、会場の外に合図を送る。

ほどなくして、一人の平民が入ってきた。

落ち着いた物腰だが、緊張しているのは明らかだった。


「彼は最近、代弁者協会に相談を持ち込んだ一般の平民です。

  本人の同意を得たうえで、この場に来てもらいました」


その男はユリウスだ。

もちろん、俺の幼馴染であり、親友のユリウスだ。

ユリウスはゆっくりと壇上に上がると、深く頭を下げる。


「では、あなたの相談内容を簡潔に話してください」


ユリウスは少し息を整え、語り始めた。

「商売で取引先のプリビレッジと揉め、暴行を受けて大怪我を負いました。

  そのうえに、迷惑料と称して十万キルスを無理やり支払わされました」


会場が謎の平民の発言に未だにざわついている。

それでもユリウスは続ける。


「私はそのプリビレッジと公証場で戦うことを希望しました。

  しかし、相談した代弁者から、『これ以上争えばさらなる制裁がある』と繰り返し説得され、最終的に代弁者が話をつけてきた金額で示談に応じるよう勧められました」


この時点で、俺がユリウスに何を言わせたいのか、会場の多くの代弁者は理解できているようだった。


「示談金として受け取ったのはいくらでしたか」

「二万キルスです」


「あなたは納得して受領したのですか」

「まさか。怪我を負い、そのうえで十万キルスを奪われて納得できるはずないですか」


俺はここで、一枚の書類を掲げた。


「これは、その際に作成された示談に関する相談記録の写しです。

  協会に正式に残っているものです」


記録の存在に、空気が一段と重くなる。


「では、あなたが相談した代弁者とは誰のことですか」


ユリウスは、本人たちに目線を送りながらはっきりと答えた。


「レトロスさんと、トーレスさんです」


一瞬、会場が静まり返った。

しかし、その直後、レトロスが立ち上がる。


「待て待て。平民のためを思っての判断だ。相手は何せ有力なプリビレッジだ。

  無理に争えば、被害が拡大しかねん。妥当な対応を取ったまでだ」


もっともらしい弁明だった。

だがここからが本題だ。


「なるほど。平民のため⋯ですか」

俺は一度、言葉を切った。


「ああ、そうだとも。だからこそ、二万キルスもの示談金を勝ち取ってきた。

  これが円満解決を目指す我々のやり方だ」

レトロスは、これを好機とばかり、会場に向けて説得するように語りかける。


「では、もう一人。平民とは別の立場から証言をしてもらいます」


レトロスの勝ち誇った態度を横目に、俺はそれを無視するように話を続けた。

再び、会場がざわめく。


「いい加減にしろ。ここは代弁者のための場だぞ」


外部から証人を更に呼ぼうとすることにブーイングが大きくなり、さすがに反発は大きかった。

だが、それでも。


「わしは議長としてその申し出を認める。

  ここは自由な討論が保障されておる。黙って聞くことじゃ」


テレスの強い口調に、再び会場が静まり返った。

そして、次に入ってきたのは、堂々とした立ち姿の青年だった。


「トリキトス家次男のエドワード・トリキトスさんです」


俺がその名を告げた瞬間、ポリエスとレトロスの顔色がはっきりと変わった。

エドワードは誘導されて、同じく壇上に立つと、静かに口を開く。


「俺は先ほどの平民を殴ったということで示談交渉の相手となったプリビレッジだ」


エドワードの言葉に会場が本日一番ざわついた。


「あなたはレトロスさんにどのような話を持ちかけられたのですか」

「平民が騒いでいるので、三万キルスだけでも返してもらえないかと言われた」


もはや会場からどよめきは起こることもなく、ただ静かな空気となっていた。


「あなたはその要求に納得できたのでしょうか」

「まぁ、怪我をさせたうえに、手出しがあるわけじゃない。

  それに平民が騒いでいるだけなら無視したが、見返りもあったからな」


エドワードからの思わぬ発言に会場の視線が、一斉にレトロスに集まる。


「それはどのような見返りですか」

「代弁者協会が商業系プリビレッジとつながっているので、我が派にその情報を流すというものだった」


ここでとんでもない爆弾発言が飛び出した。


「結局、示談の話は最初だけだったが、その後はトリキトス家と良好な関係を築きたいということで事件を理由に、何度もやってきた」

「それは違う!」


レトロスが声を荒らげる。

だが、エドワードは一瞬レトロスに冷たい視線を送ったが動じることはない。


「平民の救済よりも、派閥との付き合いを何度も懇願してきた。

  長である父上との面会も執拗だった」


今度は候補者のポリエスから怒号があがる。


「アシェル、おまえが仕込んだのだろう?こんなのインチキじゃないか!」 


会場の視線が全て俺に向けて注がれてくる。


「確かに、エドワードさんはユリウスに暴行もしていませんし、お金も奪っていません。僕が両名にそのように振る舞うようお願いをしました」


静かな口調でこう話すと、会場からはものすごい怒号が起こった。


「そんなことをしてただで済むと思うなよ!」

「そこまでして勝ちたいのか!」


俺は流れてくる様々な罵声に耐え、しばらく黙っていたが、ここからが勝負とばかりに口を開いた。


「皆さん、これが親プリビレッジ派の正体です。残念ながらプリビレッジ側から情報が出てこないため、これまで実態を証明できませんでした」


もちろん、会場の怒号は消えない。エスカレートした恫喝まがいの言葉すら聞こえてくる。


「平民が理由もなく一方的に殴られ、そのうえに大金をとられたという事案であるのに、まともに戦おうとしない。それどころか、癒着を持ちかける。平民の利益を考えない、こんなことが許されるのでしょうか!」


会場の雰囲気に合わせるように、俺のテンションとともに声が大きくなっていく。


「皆さん、何か重大な事実を見落としていませんか」

ここが勝負どころだった。


「エドワードさんは三万キルスを手渡しているのに、被害者のユリウスはレトロスから二万キルスしか受け取っていない。

 たとえ仕込みだったとしても、実際に受け取った金を抜いている。これは代弁者規則の重大な違反じゃないか!」


俺が動かしがたい重い事実を指摘すると、さすがに会場の空気が一変した。

これには、ポリエスらも呆然とした表情であり、とりわけ伝統派の代弁者が唖然としたように彼らに視線を送る。


 ―もう十分だ


「代弁者の皆さん」

俺は会場を見渡し、はっきりと言葉を投げる。


「これが親プリビレッジ派の実態です。平民のためではなく、プリビレッジという権力のために動く」


静まり返る会場。

俺の一言一句に注目が集まっていた。


「プリビレッジとの融和路線? 違います。ただの癒着です。

  むしろ、平民の利益を犠牲に代弁者が私利私欲を満たすものです」


誰かが息を呑む音が聞こえた。


「代弁者の武器は、魔力でも権力でもありません。圧倒的に人口の多い平民からの信頼です。その信頼を代弁者が売った瞬間、我々は何者でもなくなる」


数秒の沈黙の後―

会場からまばらであったが拍手が起こり始めた。

しかし、やがてそれは、大きなうねりとなった。


「皆さん、もう一度原点に戻りましょう。代弁者は言葉でプリビレッジという権力に戦う。平民のために。それが王国のバランスを保つ原動力です。どうかこのことを見失わないでください!」


俺は黙って頭を下げると、そのまま壇上から降りていった。


「……ご苦労じゃった」

テレスはしばらく余韻に浸った後、ゆっくりと立ち上がる。


「他に意見を述べたい者がおらぬか。おらぬなら決を採る」


さすがにこの空気では誰も、再び壇上に立とうとはしなかった。


「では決をとる。ネフィスを協会長とすることに是とする者、挙手せい」


俺は、もちろん迷いなく右手を上げた。

周囲を見渡すと、次々と手が上がっていく。迷いながらの者も多かった印象を受けた。

それでも、会場のいたるところから想定を超える数の挙手であった。


そして、テレスが票を数え終える。

「ネフィス、三十三票!」


既に勝負は決まっていた。それでも。

「ポリエスを協会長とすることに是とする者、挙手せい」


上がる手は、まばらだった。


「ポリエス、九票。残りは棄権とみなす」

結果は、明白だった。


「新協会長は―ネフィスじゃ」


その瞬間、会場から一斉に大きな拍手が響き渡る。

そして、テレスとネフィスは壇上に上がると固く握手を交わした。

この瞬間、第十六代代弁者協会が正式に誕生したのであった。

終


魔法世界メモ74

代弁者規則とは?

代弁者協会は私的自治が許されており、代弁者が守るべきルールを自ら定めている。

特に利益供与を受けることは重大な規則違反と位置付けられ、代弁者協会は代弁者個人に除名や言及などの制裁を加えることができる。


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